♯24 近江商人は、なぜ三方良しなのか?
今月の一言:「マネジメントの機能は三方良し」
(この記事は約3分で読めます)
以前(第20号)、ドラッカーが提唱するマネジメントの役割と近江商人の教えである三方良しの類似性について、軽く触れました。
今月はその深掘り、そしてその教えを治療院事業に置き換えたときの考察を、一緒におこなっていきましょう。
みなさんは、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の 三方良し を聞いたことはありますか?
意味は読んで字の如し。
特に説明は不要だと思いますが、重要なのは「どの一方を欠いても商売として成り立たない。三方をバランスよく実践するのが肝要である」という点。
ドラッカー氏も、マネジメントが組織運営するうえで根幹とすべきこととして、同様の3点を提唱しています。
この3点、企業が永続的に発展することを望む際、どれも欠かすことのできない本質的な役割ですよね。
治療院経営で考えてみましょう。
まず①番の「独自の強みを活かした事業展開」
提供する施術サービスに特色がなく、どこの治療院でも得られるモノならば、その院を選ぶ患者さまにも、こだわりや特色はありません。
俗に言う、レッドオーシャンでの戦い。
独自の強みがない、あるいは独自性が外部に伝わっていない治療院に集まる患者さんは、基本的に「どの治療院でも良い」患者さん。
価格、クーポンや利便性、グーグルマップの星の数で院を選ぶ患者さんなので、他院へ行くことにも抵抗が少ない方々です。
次に②番。「社員がイキイキ働いている環境整備」
患者さんは治療に関しては素人なので、先生の治療技術自体を評価するのは困難です。
それゆえ、院に対する患者さんの評価基準は、治療だけでなく、受付や先生の対応、院内に漂う空気感も重要な要素となります。
どんなに素晴らしい治療方針や技術を院長が提供出来たとしても、働いている人に不満がたまっていれば、空気の淀んだ居心地の悪い治療院になってしまいますね。
そして③番。「社会に必要とされる」
例えば怪しげな施術や治療用具を売りにしている治療院。
あるいは効果が薄いと知りながら、言葉巧みに物販等を売りつける治療院。
仮に患者さん本人が納得したとしても、家族や地域に理解を得られない施術方法だったり、社会にとって望ましくない商法だったとしたら、早晩社会から締め出されてしまいます。
治療院経営の視点から考えた上述3点を書いていて、「おっ!」と気付いたことがありました。
当社(近江化成工業)は、近江商人発祥の地で有名な滋賀県五個荘にあります。
皆さんもご存じのワコールや伊藤忠も、実はこの五個荘地域から世界に羽ばたいた、近江商人発祥の企業なんですよね。
そして、近江商人といえば「三方良し」。
「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三方良しです。
では、なぜ近江商人は商売を繰り返す中、「三方良し」という商売哲学に至ったのでしょうか?
近江の国は、今でいう滋賀県。
東海道や中山道が通り、古くから交通の要衝でした。
京や大阪に向かう物資も、市(いち)を立てることで、全国様々な特産品が集まります。そして、近江商人の真骨頂は、そこで手に入れた物資をスタートに、全国へ行商に回ったこと。
近江からの行商人は、日本各地で販売と仕入れを繰り返します。
たとえば、近江で仕入れた麻製品を越前で販売。
そこで売ったお金で海産物を仕入れ、飛騨へ行って販売...などなど。
したがって、近江商人が日本各地で売るものは、必ずしも近江の特産品ではありません。
そんな行商人にとって、最も重要なのは「信用」です。
知らない土地なので、粗悪品を高い価格で売り逃げることも可能かもしれません。
しかし、そんなことをしたら、その相手から二度と相手にしてもらえないだけでなく、その地域から締め出されます。
また、他の近江の行商人仲間にも、大きな迷惑をかけることになります。
「買い手に信用してもらえる商いとは何か?」
「買い手の地域全体(世間)に喜ばれる商いは何か?」
「近江の行商人として、近江全体(世間)にとって良い商いとは何か?」
その商売の本質を突き詰めた結果、生まれた商いの哲学が、「買い手良し」「売り手良し」「世間良し」の「三方良し」だったんですよね。
① 先生の院の患者さまは、なぜわざわざ先生の院で治療を続けるのか?(あるいは、治療を途中で止めた患者さんは、なぜ来なくなったのか?)
② 先生の院の社員さんは、なぜ辞めることなく今も働いているのか?
(あるいは、退職した社員さんは、なぜ辞めることになったのか?)
③ 先生の院は、どのような活動を通じて社会に貢献しているのか?
(雇用・納税・ボランティア活動・役立つ情報発信等)
せっかくですので、先生の院にとっての「三方良し」を、ぜひ定義付けてみてください。