春になったら【穴の中の君に贈る】(毎週ショートショートnote)
冬眠したい。
きみがそう言って姿を見せなくなってからどれくらい経つだろう。
熊だってひと冬越せば穴から出てくるよ。
ぼくはきみが居るはずの場所にこうして毎日足を運んでいる。
いや、実のところ年を取るごとにここに毎日は来られなくなってしまった。
足がね、骨が脆くなって転んだらふた月も入院してしまった。
娘達がいろいろ世話を焼いてくれたおかげで、こうして杖をつきながらならゆっくりだが自分の足でこうしてきみの所に来ることができる。
しかし、やけに長くはないか?
冬眠だと言ってたはずだ。
冬を越し、水温む春になったらきみはそこから出てくると言っていたんじゃないか。
最後にぼく達は互いにしっかりと抱き合ったはずだ。
きみの匂い、声、柔らかな感触。
きみはいつもぼくに与えてくれた。
きみとのあの甘く満たされた時間はどうしても取り戻せないから、こうしてぼくはきみの好きな花を手向けることしかできない。
待ってておくれ。
もうすぐきみの眠る穴の中に逝くよ。