物語:青年と少女と黒い財布
神の国を信じる少女がいました。少女はある青年を好いていました。青年は働き者でした。とても純朴で人を疑うことも知りませんでした。青年の笑顔はとても爽やかで少女は目が合う度にニッコリと笑い合いました。
ある日青年は街の困りものに絡まれました。弱々しい青年はなすすべもなく、嫌がらせをたくさん受けて、身も心もズタボロになりました。今日のお給料もすべて盗まれてしまいました。
青年は思いました。なぜなにも悪いことをしていないのに、こんなにひどい目に遭わなければいけないんだ?!
「この世に神も仏もあったものか!」
青年は、一人怒りました。
そこへ、黒い服の人が来て言いました。
「そうさ、あんちゃん。そんなもんいるもんか!」
そうして、ニィーと冷たく笑いました。
「あんちゃんの願いを俺なら叶えられるぜ。ホレヨ!」
青年の手には、謎のカバン。まるで黒い財布のようでした。
「ああ!その黒い財布の中の金で願いは叶うのさ」
青年はこれをもらうわけにはいきません。と言いかけました。
ビュゥーー!
……。
突然の風に青年が目を覆うと、黒い服の人は消えていました。
残されたのは、ボロボロの怒りに満ちた青年と金の入った黒い財布だけでありました。
「どうしろってんだ」
青年はこんな気分の悪い金などパッと使ってしまおうかと思ったのでしたが、使い道がとんと思いつきませんでした。
青年には、金を使うような願い事がなかったのです。青年は、毎日をよく働きながら、仲良しの少女とのんびり暮らすことが何よりも幸せだと思っていたからです。
それで、その黒い財布を持て余して、交番にでも届けようと思い直しました。
交番には、誰もいませんでした。
青年は仕方なく黒い財布を机にドサッと置き、交番を後にしました。
すると、黒い服の人がまた角に立っていて言いました。
「復讐しないのかい、そうか、へなちょこなんだな」
青年はまだ腹がたちました。けれど、それにも増して、腹が減りました。グゥ~。
「金があれば食べ物も酒も買えるぜ?」
黒い服の人は笑いました。
「しかし……」
「食べ物があればお前の好きな女も喜ぶに違いないぞ?」
黒い服の人の言うことももっともだと、青年は迷いはじめました。
青年は結局、黒い財布を使い、夕飯をたくさん買って。それから、少女が喜びそうな装飾品も買うことが出来ました。
青年は、なんだか自分が立派になれた気がしたのでした。
夜、家に帰ると、少女はいつものように優しくむかい入れてくれました。美味しいスープを作ってくれていました。
「ただいま!」
「おかえりなさい」
少女の目が沢山のお土産を見つけると、とても驚いた表情になりました。
「どうしたの?」
青年は誇らしげにそれまでの成り行きを話しました。
街の困りものに絡まれたこと。お給料を盗まれたこと。黒い服の人に黒い財布を渡されたこと。それでお土産をたくさん買ったこと。
「それでこの旨そうな肉を買えたのさ!」
「……」
「そうだ! この素敵なティアラも君に似合うよ」
「……それは。……いらないわ」
「え?」
少女は悲しそうな顔をして、微笑みました。
「貴方が無事で帰ってきたのですもの。それで充分!」
「僕は、せっかく君が喜ぶと思って……」
「いいのよ、その食べ物とティアラは明日に交番へ返しましょう。事情を説明すれば、きっとわかってくださるはずよ。」
「そんな……」
すると、そのとき、トントン、と扉を叩く音がしました。
「はい?」
少女が出ると、小さな子どもが2人、震えていました。
「あらあら! さ、中には入って暖まって」
「君たち、ママは? パパは?」
二人の子どもたちは震えるばかりで、なにもしゃべれないようです。
青年と少女は毛布をかけてやって、作っていた温かいスープを食べさせてあげました。
スヤスヤと二人の子どもたちは眠りました。
青年と少女は、お腹が減りましたが、結局なにも食べないまま、薄い布団にくるまって、眠りました。
朝になりました。窓からは光が、差し込みました。
トントン、と、扉が叩かれました。
青年が扉を開くと、そこには朝の光のような眩しい天使が立っていました。
子どもたちは、目を覚まして、大きな笑顔になりました。
子どもたちは小さな翼を広げて、眩しい天使のもとへ飛んでいきました。なんと子どもの天使だったのですね。
眩しい天使は言いました。
「ありがとうございます。迷子になっていたこの子たちを、助けてくださったのですね」
青年と少女はびっくりしました。
「ありがとうございます。何かお礼を……ハッ!」
眩しい天使は険しい表情になりました。
「どうかしましたか?」
眩しい天使は、黒い財布を見つけたのです。そして、豪華な食べ物やティアラを見つけました。しかし、それらは使われたり食べられたりしていない状態でした。眩しい天使は、すこしホッとした様子で青年と少女に言いました。
「この黒い財布と食べ物とティアラは、悪いものです。私達が処分いたしましょう」
青年は、少し残念な気持ちになりました。
少女は、ぜひ、お願いします、と言いました。
眩しい天使は、そっと頷いて、青年と少女の幸せを祈りました。
すると、子どもの天使二人が、青年と少女のそばに寄ってきて、優しくニッコリとほほえみました。
青年も少女も、とっても幸せな気分になって、
「どうもありがとうございます」
とお礼を言いました。
天使と子ども天使たちは天へ帰っていきます。
「またねー」
「またねー」
「おしあわせに」
こうして、青年と少女は、ずっとずっと幸せに暮らしたということです。
メデタシ メデタシ……
え? 黒い人はどうしたのかって?
……風の噂によりますと、街の困りものたちにあの黒い財布を渡したとか、渡さないとか。確かに、街の困りものたちが羽振りがよくなった時期がありましたね。でも、その後は……自滅していったとかなんとか。そういう噂ですよ。あくまでも、噂、ですよ。噂。それでは。皆様もどうぞくれぐれもお気をつけくださいませね!
(おわり)