いちょうが教えてくれたこと
どんなに歳をとっても、
大きなイチョウを見上げる視点は変わらない。
イチョウをみた一番古い記憶は、幼児の頃。
通っていた幼稚園の隣が神社の境内で、
大きなイチョウの木が敷地の際にありました。
朝、幼稚園に行くと園庭が黄色い海になっていて、
柔らかなその落ち葉のじゅうたんの上に乗ることが
たまらなく感動的でした。
上を見上げるとはらはらと黄色い葉を降らせるイチョウに
感じたものは、
「畏敬の念」というものだったのではと、
今思います。
こんなに柔らかくて美しくて
素敵なものを恵んでくれる
「自然」というものを
愛した瞬間だったように思えます。
緑の山も、青い海も見えない町でしたが、
私は確かにあの幼児の頃に神社のイチョウから
自然への畏敬、という感覚をもらいました。
天然記念物でもないし、有名でもないし、
何年生きてるのか知られていない、
ひっそりと生きてます。
お祭りで神社に来る子ども、
幼稚園に来る子どもたちを見続けている
あのイチョウの木。
遠くてなかなか会えないけど
またいつか。
いつまでも待っていてくれる気がするのです。
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