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才能がない私へ

 noteを始めた理由の一つに、文章を書けるようになりたいと思ったから。
語彙力を身につけて、自分の考えや気持ちを豊かに表現したいと思ったから。


 小中学生の頃から作文や読書感想文など書くことに対しての苦手意識というものが強くあった。特に賞をもらったことがなければ、褒められたこともない。

 就職してから医療職にも関わらず定期的にレポートやら、自分の行ったことを振り返ってレポートにするという機会が多くなった。レポートの課題が出ると向き合いたくなくてギリギリまで書かないタイプ。
 2年目の振り返りレポート発表会では、4人1グループになり、担当の師長さんがつく形で行われた。1人ずつ自分の書いたレポートを発表し、意見や感想を言い合うものだった。私の番がきたので読み上げると、師長さんが「とっても良かった。良い経験ができたんだね。」と目に涙を浮かべて褒めてくれたことがあった。人生で初めて人に褒められた文章。
 私としても思入れがあるエピソードを頑張って書いたので、その場でもらい泣きしてしまいそうなくらい嬉しかった。恥ずかしいので泣かなかったが、この記憶がnoteを書き始めようと思ったきっかけ。



 noteを初めて公開する時、何度も何度も見直して、誤字脱字がないか、稚拙な内容すぎないか、もう少し文字数増やすべきかなど、緊張しながら公開した。恥ずかしい気持ちと緊張があったが、一歩踏み出せたことへの達成感を感じた。


 何本か投稿した。

 文章の勉強をしようと他の人のnoteをたくさん読んだ。
読みすぎてしまうと、文章を書くことが怖くなった。いいねが多くついている文章は、読み始めてすぐに、その筆者が話しかけてくるような印象がある。長い文章でも、あっという間に読めてしまう。すごいなと思いつつ、悔しいと感じた。
 他の人の文章は読みやすく、ためになる内容であったり、インプットやアウトプットなどと意識が高いなと圧倒され、自分の文章を見返した時に恥ずかしくなる。知らず知らずに身についてしまった、他人と比較する癖がここでも出てしまう。

 note1本目投稿したときは喜びと達成感しかなかったのに、「悔しい」って感情が生まれるなんて驚いた。読んでもらえる文章にしたいという欲が出てきているなと感じて、それはそれで良いことじゃないかと思った。
 

 本やラジオで「文章を書くことは筋トレ」や「センス以上に鍛錬でどうにかなる」というのをきいた。だったら私も書けるようになれるのかな。まだまだ、入会したばかりのお試し会員状態のわたし。早くも幼少期から感じていた苦手意識は薄れて、楽しい気持ちでいる。


 才能なんてものはないのだから、やってみなくちゃ始まらない。遊び心を忘れずに鍛錬しようと思った。



ここまで読んでくれたあなた。どうもありがとう!