【第36話】存在しない誕生日
6月12日は私の誕生日。
これまでは、自分の存在を認められていないと感じる日だった。
小さな頃は誕生日を祝ってもらった記憶がうっすらとあるが、中学生頃になると家族全員が私の誕生日を忘れるため、祝ってくれるようにお願いしていた。
祝ってほしいと頼めば、晩御飯は私の食べたいものを継母が作ってくれて、父がケーキを買ってきてくれる。楽しくご飯を食べて、食後のケーキにはロウソクの火を灯して、みんながハッピーバースデーの歌を歌ってくれた。こういう日は、両親もほとんど喧嘩をせずに笑顔でいることが多かった。
友達の家族は、何も言わなくとも家族が誕生日を祝ってくれたと嬉しそうに話すのを羨ましく思ったことがある。私の家族は変だと思ったが、言えば祝ってくれるのでそれで良いと考えていた。
毎年6月になれば誕生日をリマインドするのだから、さすがに覚えていてくれるだろう。17歳を迎える年、私は一度自分の誕生日を言わないでおいた。家族が覚えているかどうか知りたかったのだ。
誕生日一週間前、家族は私の誕生日を話題にする素振りはない。サプライズでもあるかなと、期待していた。当日、家族はいつも通り。継母は私の食べたいものを聞くこともなく、いつも通り不機嫌な顔をしている。自営業の父は静かに本を読んでいるだけだった。そわそわして落ち着かなかった。
そして晩ごはん。テーブルには普段と変わらない料理が並ぶ。お互いと目を合わせない両親。食後にはケーキもない。「おめでとう」の言葉もない。完全に忘れているみたいだ。もうここまで来ると、ワザとなのかと思ってしまった。寂しい気持ちのままご飯を食べて自室へ行った。
誕生日は「生まれてきて良かった!」と実感する日じゃないんかな。高校生が家族に誕生日を祝ってもらえないだけで、寂しい気持ちになるなんて馬鹿げているとも思った。でも両親から毎日のように暴言を吐かれて、親の望むことをなるべく聞くようにして、ストレス解消のはけ口にされて、誕生日くらいは無条件で祝ってほしかった。「おめでとう」の言葉だけでも、自分が生まれてきてよかったと思えるのに…。私は存在していたらアカンのかな。
そんな気持ちを抱えながら、惨めな気持ちで17歳を迎えた。誕生日を忘れられたままでは嫌だったから、翌日誕生日を継母に伝えた。
「あれ、12日やった?言えばよかったのに。」
「なんでいちいち言わなアカンの?覚えててくれても良くない?」
「いちいちアンタの誕生日なんか覚えてられへんわ。」
「私の誕生日”なんか”か…。でも妹と弟の誕生日は覚えてるやん」
「それは…あの子らはまだ小さいから。」
私の誕生日を覚えていられないと言った時は、鼻で笑っていたのに、弟と妹の誕生日に関しては言葉に詰まり、動揺を見せる継母。一瞬だけ「私は彼女の実の子供じゃないからや」ということが頭をよぎった。
その考えは継母に対して失礼だし、言葉にしてはいけないことだ。後日、誕生日を祝ってくれたが何も嬉しくなかった。単なる憶測でしかないが、彼らは私の誕生日を「仕方なく」祝っていたんだろうな。
そして今年、私は30歳になった。
これまでの誕生日は惨めだったが、今年の誕生日は初めて「生まれてきて良かった」と思えた。私の好きな友達、旦那さん、旦那さんの家族からのビデオメッセージのおかげだ。
「Maiちゃんらしくいればいい」、「大好きよ!」、「30歳楽しんで!」など、みんな思い思いのことを言ってくれて、自分の存在が認められているのを実感して涙が止まらなかった。カナダのグランマは「過去の家族は忘れて、前を向いて自分の将来に集中しなさいね。私たちは無条件にあなたを愛しているよ」と言ってくれたのだ。
バッタモン家族に愛されなかったけど、旦那さん含め色んな人が私に愛情を注いでくれている。親から与えてもらっていない愛情をずっと恋しがっていたら、こんなに多くの人から愛されることはなかったかもしれない。
少しずつバッタモン家族を「過去」のことだと割り切り、自分の人生を良くしようと前に進んでいる。
惨めで寂しかった誕生日が、幸せな思い出に上書きされた30歳の誕生日。