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「家族って何やろ?」の答え

血の繋がりがあって、無条件で子供を愛してくれる親がいて、テレビで見るような笑顔が絶えない家庭が「家族」だと思っていた。

いいな〜、とテレビを見ている後ろから聞こえるのは、お隣さんのリビングにまで響き渡りそうな両親の怒号と幼い兄弟たちの泣き声。それが子供の頃の日常だった。

 なんで私の家族は、怒ってばっかりなんだろう。

血の繋がりほど大事なものはなくて、どんなに酷いことをされても親を思うのが子供だと言い聞かせられた。家族だから心を許しているから、理不尽に怒ってもいい。悪いことをしてなくても両親が怒るのは、私の存在自体がいけないことだと、理解してきた。

でも旦那さんのお母さんの言葉で、「家族」のあり方が分かった気がする。

1人で日本に帰らないといけなかった時、実家はないし、継母や兄弟とは絶縁状態。ホテルと漫喫を転々とするか、と考えていた。過保護な旦那さんが「それはさせない!」と、彼の両親に連絡を取ってくれて、しばらく泊めてもらえることになった。

バッタモン家族のことは、旦那さんと結婚する前にある程度話していて、ご両親も事情は知っている。結婚の報告より、家族の話をするほうが緊張した。難ありな家庭を持った嫁を温かく迎え入れてくれるご両親。

お義母さんは、明るくてアクティブで楽しい人。お義父さんは、怒る顔が想像できない仏のような人。お義母さんとは一緒にスイーツを食べに行ったり、お買い物に出かけたりした。バッタモン家族のことで落ち込んでも、お義母さんには暗い気持ちを跳ね除ける力がある。

「MaiちゃんはMaiちゃんで、お父さんは関係ないからな〜。うちが実家やと思って、いつでも帰ってきたらええんやで!Maiちゃんの家はここやから。」

朗らかに笑うお義母さんを見ると、温かいものがこみ上げた。お義父さんはニコニコして頷いてくれていた。この時、旦那さんは賢人ブッダで、両親は菩薩だった!神々しい。すごいところに嫁いだかもしれん。と思った瞬間でもあった。

その言葉に甘えて、帰国する度お世話になっている。いつも変わらず、訪問を喜んでくれる。大事にしたい、大好きな人たちだ。

旦那さん家族と関わって見えてきたのは、

血の繋がりだけが家族じゃない。「家族だ」って実感できる気持ちが、血の繋がりのない人たちを家族にする。

いつの間にか私は、幼い頃に自分が望んでいた家族を手にしてた。

旦那さんという、絶対に私を裏切らない心強い味方もいる。旦那さんの両親も私を娘みたいに思ってくれる。

そこに甘えるのではないけど、頼れる人がいる「安心感」は心を支えてくれるもの。

ハグされているように心地良い。バッタモン家族にいる時には、感じなかった気持ちだ。

血の繋がりのある家族に愛されたかった、暴力と無縁の家族がいる人たちが羨ましくて仕方なかった。それを妬むうちは、自分の目の前にあるものが見えない。

バッタモン家族に愛されたかったのは、子供の時だけだ。当時の寂しさと愛されたいを勘違いしているだけだった。いま、愛してあげると言われてもお断り。

家族だから傷つけていい、わけがない。「家族だから」を言い訳にして、子供の良心を縛り付けないでほしい。

子供の頃に植え付けられた、親の常識を鵜呑みにしていたら、彼らが年老いて死ぬまで自分の人生を犠牲にしていただろうな。

バッタモン家族を離れることを選んだときから、何でも自分で自由に決められるようになった。だから「こういう人と家族になりたい」も選べたのだと思う。


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Mai🍁いとをかしな日常
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