「秘密」なし、「分別」あり。私たち夫婦の境界線
仲良し夫婦サークルのお題「秘密」について考える。
私は、旦那さんに隠し事はしない。そもそも、顔に出やすい私と勘の鋭い彼では、「秘密」は成立しない。それにお互い思ったことは言うし、普段考えていることもよく話す。
秘密はないけど、分別はある。
例えばトイレの中、スマホや心の中まで知ろうとは思わない。私も何も疚しいことはないけど、知られたくない。多分、誰にも見せたくない「素」の自分があるからだろうな。
夫婦でもプライバシーは必要で、踏み込んではいけない・踏み込ませてはいけない領域は持っておくべきなんだと思う。あらゆる肩書を脱いだ「ひとりの人」として、自分を尊重するために必要だ。
旦那さんと出会う前は、何でも知る・見せることが、「信頼」と思った。元カレは、私が寝ている間に私のスマホをチェックし、父親は私の日記や財布を漁っていた。あれは「信頼」ではなく「侵害」だ。
プライバシーを侵害され続けた結果、私は父親や元カレの所有物になったように思う。「Mai」というひとりの人が何かを考えて行動するのではなく、父親や元カレが望むように振る舞う「女」にならないといけなかった。
それが当たり前だったから、旦那さんにスマホや日記を見せようとしたら、「Maiが話したくないこと、見せたくないものには興味ない。」と言われた。私を愛してないの?とちょっぴりショックを受けた。彼に合わせようとすれば、「Maiが思っていることを聞きたい。俺が望むことなんか言わなくていい」とピシャリ。
それから10年。最初は戸惑いもあったけど、彼のような言葉と行動が健全な人間関係なんだと知った。自分だけが大事にしたいことを持つことで、「私」がどうしたいのかがわかるようになった。
プライバシーがなければ、相手を傷つけることが「思いやり」と勘違いする。
分別があれば、「今言うべきこと」かどうかを判断できる。
無駄な争いも減って、関係が穏やかになる。お互いの領域を守りながら協力し合う生活は、楽しくて信頼に満ちている。彼の新たな一面を日々見つけるのも楽しみのひとつだ。