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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】⑲

巡礼11日目 前半

アヘス(Ages) ~ブルゴス(Burgos)

■打ち付ける雨

朝5時、起床時間を知らせる携帯電話の振動で目を覚ました。周りはまだ寝静まっていて、誰も起きる気配はない。

モゾモゾとベッドの上で身を起こし、前を見る。窓越しに打ち付ける雨粒が、今日の巡礼の厳しさを予感させた。

「あぁ、やっぱり雨は止まないか…」

致し方なし。こう言うこともまぁあるわなと、僕は支度を始めた。

■雨中行軍

天気予報通りの雨だった。

予想通り。そして、今日はブルゴスまで24km歩く。イースターの日はアルベルゲが殆ど閉まってしまうから、宿を確保するために12時までに街へ到着しようと言う計画も、変更無し。

携帯電話には、ライアンから短いメッセージが入っていた。

「先に出るよ。ブエンカミーノ!」

Buen Camino!=良い巡礼を! と言う意味だ。僕も短く「気をつけて、良い旅を」とだけ返しておいた。

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外はまだ暗闇に包まれていた。

僕達はヘッドライトを付けて歩き出す。この日、まずは夜が明けないうちにまず一つ丘を越えなければならない。

僕自身は夜間登山の経験があるから、暗い道を歩くことなど造作もなかったが、妻はそうも行かない。

「怖いなぁ…」

不安そうに着いて来る妻に対して申し訳なく思いながら、「絶対安全にブルゴスまで連れていくぞ」と意気込んだ。

その意気込みは、ペルドン峠で気付かされた、巡礼の始めに心に抱いていた傲慢な気持ちなどではなく、純粋に妻を守ろうと言う責任感だったことは間違いない。と思う。

水溜まりを避け、足場の悪いぬかるみを避けながら坂を登る。晴れていたら何てことない道すら、天候によっては驚異になり得る。

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十字架の建られてた丘の頂に着く頃には、ようやく辺りを見られるほどに明るくなり始めていた。

思わず記念撮影する。これが巡礼の初日あるいは幾日目かだったとしても、数日前までの歩き慣れていない妻だったら、心は折れていたかもしれない。その頃の僕なら、そんな彼女に腹を立てていたかもしれない。

二人仲良く雨の日を越えられたことは、二人の成長の証に他ならなかった。

僕達は既に靴がびしょびしょになる不快極まる状況の中でも、お互いが確実に達成感と、満足感を感じていたと思う。

■リオピコのバルで

峠を下り、カルデュエラ・リオピコ(Cardenuela・Riopico)と言う村の入り口のバルで休むことにした。

寒さに震えながら中に入ると、先客が6名ほど。その中にはライアンとヨンチャンもいた。が、様子がおかしい。

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ちょっと待ってヨンチャンどうしてそんなに濡れてるの?

奥歯までガタガタ言わして震えているヨンチャンに代わって、ライアンが教えてくれた。

「ヨンチャンはカッパを捨てちゃったんだ」

えええ!?

そんなことってある??

もう、僕も妻も二人して爆笑だった。そんなの、もう笑うしかないじゃないか!

聞けばヨンチャン、四日ほど前に晴れの日が続いたものだから

「これはもう使わないな」

と言ってカッパを捨てて、身を軽くしようとしたらしい。

いや、いるだろう

そこはカッパはいるだろう

百歩譲って何かを捨てて身を軽くして歩くと言う気持ちはわかる。

でもカッパは必要だろう?

もう可笑しくて仕方なかった。この子は本当に!最高だ!

見かねた妻が、「私のカッパで良ければ貸すよ」と言って自分のカッパを差し出した。

それが出来たのも、実は彼女が自分のカッパの他にゴアテックスのアウターと、ビニールガッパを用意していたからだった。

用意周到な妻の機転によって、ヨンチャンはカッパを手に入れることが出来たのだった。

ちょっと丈の足りないカッパを着ながら、それでもこれで1日歩けると言って笑った幸せそうな彼の顔は忘れられないくらい面白かった。旅の良き思い出だ。

■Singing in the rain

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ひとしきり笑い、熱々のカフェコンレチェを二杯ずつ飲み、体を暖めた僕達は再び歩き出した。あと20㎞弱か。

途中ひょんなことから日本人の女性巡礼者に会い、その後やっぱりライアンたちと合流した僕達は、五人組となってブルゴスまでの道を賑やかに歩いた。

依然雨は強く降り注ぐ。

靴は濡れ、体は冷えて道のりは遠い。

ヨンチャンはもはや生ける屍のようだ…

それでも、仲間と歩く道は不思議と心細さや不安はなかった。

ライアンに至っては「Singing in the rain、大好きなんだよね!」と言いながら雨の中で踊り出す始末。

正直なところ、ブルゴスまでの道は工業道路沿いを歩くような道で、面白味に欠ける。しかも雨だから、本当に苦行のような道のりだ。

それでも、振り返って楽しい記憶として思い出せるのは、友達や妻のおかげなのだろう。

歩き始めて5時間を超えたくらいだろうか。11時を少し過ぎたところで、「Burgos」の看板を見つけた。

やっと!やっと辿り着いた!

これで宿にも間に合いそうだ!

本来ならそう思うところだが、この瞬間僕の心のうちに溢れていた想いは違った。それは、安心感と言うより、寒い中歩き続けた末の【トイレに行きたい】と言う迸るような焦燥感だった。

■公営アルベルゲが大渋滞

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大聖堂から程近い、旧市街の公営アルベルゲ

ここが件の宿である。

ここ以外のほとんどの宿が閉まっている情報だが、この様子だと本当だったらしい。

だいぶ体が濡れてしまったけど、まだ待つのか…あれ?向かいのバルに、知った顔が。

バルで楽しんでいる巡礼者の何人かは、昨日宿で見た顔だった。あれー、何で今朝僕らの方が先に出たはずなのになぁ?

あとで知った話だが、この日、大勢の巡礼者たちはバスか、タクシーを使ったそうだ。

そうか、その手もあったのか!

ある意味敗北感のような、それと同時に僕達は歩き切ったぞという達成感のような、複雑な想いを抱きながら、しかし僕達は無事に一夜の宿を確保することが出来たのだった。

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アヘス(Ages) ~ ブルゴス(Burgos)

歩いた距離 24km

サンティアゴまで残り 492km

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