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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.30

巡礼21日目

アストルガ(Astorga) ~ エル アセボ(El Acebo)

■今日は楽な行程になる日

朝、出発前に天使親子と会話する。「今日はどこまで行く予定?」と聞くと、「私達はフォンセバドン(Foncebadon)よ」と彼女は言った。どうやら、今日は予定が合わなさそうだ。僕達はその手前まで、ラバナル・デル・カミーノ(Rabanal del Camino)を目指す、負担の少ない20kmの予定を立てていた。

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順調に行けば、明日にはスペイン巡礼のハイライト。鉄の十字架(Cruz de ferro)に辿り着く。ここはこの旅におけるとても大切な意味を持つ場所だから、万全の体制で迎えたいと考えていた。

足の状態は、テーピングをすれば歩ける程度にはなっていた。ただ二つだけ問題があった。それは、テーピングをしても長い距離を歩けば足は痛むと言うことと、そのテーピング自体が肌に合わず、炎症を起こしかけていたことだった。だからこそ、無理はしないと決めていたのだが。

■トニーとマキシボーン

アストルガ名物のチョコを買い、朝食を食べ、予定通りに僕達はサクサク進んだ。途中のバル休憩も欠かさない。快調なペースで歩いたおかげか、13時には目的地のラバナル・デル・カミーノに到着した。

途中のバルでトニー達に出会うと、かれはしきりに「マキシボーン!ブラーボ!」と叫んでいる。どうやら、【マキシボーン】と呼ばれるアイスが美味しいらしい。この日は日差しが強く、暑い一日だった。

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試しに買って食べてみると、これは美味しい!何てこと無いアイスなのだが、確かに美味しかった。大の大人が二人してアイスを食べながらブラーボブラーボ言っている様子は、端から見れば失笑の世界だろうが、こう言うことは楽しんだもん勝ちである。

■作戦会議

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随分早く目的地に着いてしまったので、昼飯にカルボナーラを食べながら作戦会議をした。次のフォンセバドン(Foncebadon)に行けば、翌日の朝日に鉄の十字架を合わせることが出来る。行けるなら行ってみようと言うことで、僕達は次の街を目指すことにした。

■アドリアンのバッドニュース

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そこから先はフォンセバドンの峠道、ここもまた巡礼の難所として知られていたが、その当時の僕たちにとっては何てこと無い。もうすぐ目的地だと言う高揚感で、疲れなど微塵も感じずに登っていった。

フォンセバドンは、元々廃村だった。それを巡礼者達の宿として復活させた街が、街の成り立ちだ。そんなドラマがあったから、僕はそこに対して、待ちきれない思いがあった。

しかし、そんな廃村への憧れは粉々に打ち砕かれる。

街へ着くと、入り口にアドリアンが待っていた。早出組の彼は、いつも宿に到着するのが早い。

「チェ ボルード(Che Boludo)!今日も頑張ったね! 」と喜びの挨拶を交わすが、アドリアンの表情はどこか浮かない。何かを言いにくそうにしているみたい。

※チェ ボルードは、アルゼンチン人の彼から教えてもらったフランクな挨拶。友達同士ならとても親しい感情を表せるけど、目上の人には通じない。結構「あらまぁそんな言葉を使って」みたいなリアクションをされることもあった。

「あー、友よ。悪い知らせで申し訳ないんだけど…」彼は続けた。

「もうこの町には宿が無いようだ。」

バッドニュース過ぎた。どうやら、今日はツアー客が団体でこの町に入ってきていて、アルベルゲが埋まってしまったらしいのだ。この後に控える鉄の十字架が観光目玉となっているお陰で、【その区間だけ歩く人】が押し寄せたのだった。僕が思い焦がれた廃村から甦った町は、もはや巡礼者のための街ではなく、観光客のための宿泊施設であった。僕の高揚感は一転した。凄く、凄く、悔しかった。

■妻の一言で歩き出す

とは言えいくら泣き言を言っても、恨み節を言ったとしても事態が変わることはない。動かなければ、状況はそのままだ。

前を見ると、ライアン達もバルでひと休みしていた。どうやら彼らもまた、宿にあぶれた組らしい。

アドリアンは「ちょっとアテがあるから聞いてみる」と言って、教会に掛け合ってくれた。これでどこでも良いから寝られたら助かるな。なんて考えていた。しかし、結果は駄目。教会もまた、既に満床となって受け入れできる状況ではなかった。

そんな時に妻が一言。

「じゃ、歩こうか」

この10㎞先にエルアセボ(El Acebo)と言う街があり、そこなら泊まれるだろうとの情報を聞いて、先に覚悟を決めたのは妻だった。

僕は、足に一抹の不安を抱えながら、その意見に賛同した。ライアン達も一緒に行くことになった。不思議なものだ。この苦境を共に乗り越えようとするのが、巡礼初日の最初に会話をしたライアン達だなんて。何て縁だろう。

アドリアンは心配そうにしていたが、切り替えた僕たちは笑顔で「また明日!」と別れを告げて歩き出した。16時を過ぎていた。

■鉄の十字架(Cruz de ferro)

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歩いて一時間ほどで、それは唐突に現れた。積み上げられた石の上に聳え立つ十字架。ここが、巡礼者たちにとってのひとつの到達点。標高1530mは僕達が歩いた「フランス人の道」の最高地点となる。かつてローマ時代に道の安全を祈願した祭祀の場は、今もなお願いを抱えた巡礼者達の祈りの場として大切にされている。

僕達は、それぞれ石を取り出した。この石は、実はペルドン峠から運んだ石だった。スタート地点のサンジャンから石を運んでも良かったが、僕は、仲直りして二人で歩み始めたペルドン峠の石こそ、願いを込めるにふさわしいタイミングだと思っていた。この石には、それぞれの願いが込められ、そして共に旅をした苦労も、感動もまた込められていた。

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石は十字架のもとに置かれ、僕達の願いは託された。この願いが成就するか否かは、後は神のみぞ知ることとなった。

ライアンもまた、たくさんの願いを抱えて歩いた。彼は母国の友人達の願いも紙に書いて、それらを全て運んで歩いた。優しい男だ。

そうして、ようやく全ての祈りを終えて、僕達は、残り10kmほどある道を歩き始めた。

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願いだとか、祈りだとか、そんなものあるわけ無いと思う人もいるだろう。神がいるとかいないとか、馬鹿馬鹿しいと思う人もいるだろう。他宗教にかぶれたエセ巡礼者と鼻で笑われるかもしれない。

そう思う人は思えば良い。何を信じるかは人それぞれで、この道を歩き、祈った僕も結局キリスト教ではない。

ただ、道は確かにあり、僕たちは確かに歩いた。石に込めた願いは、僕が願い続けた希望であり、その希望はその道限りではなく生涯共に歩み続ける願いである。願いは石にだけではなく、僕自身の内にある。何を言われようと、歩いたことも、願い続けたことも、全てが事実としてそこにあるだけだ。

■限界を迎えた足と、救いの手

残り5㎞ほどだろうか。足が痛んで仕方ない。炎症した肌は火傷したように痛み、脛はじんじんする。足裏のマメは潰れ、一歩歩く度に針でつつかれたような刺激痛が走る。

実は、あまりこの区間を覚えていない。あるのは痛みと、ゴールの見えない不安だった。

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この一帯はとても美しい場所だが、この世界ではないと思った。僕だけが、どこか美しい別の世界へ放り出されてしまったようだった。美しい自然だけがあり、何もない。一体どこを歩いているんだろう。色鮮やかに彩られたヒースの花道でさえ、その道を歩くことが心細く思えた。

しかし唯一の救いだったのは、僕は一人ではなかった。仲間がいて、妻がいた。彼女は【どこか】を一人歩く僕に気づき、「こっちだよ」と声をかけ、共に歩いた。
そうしてようやく僕は、今いる世界が現実のものだと知った。現実と知った上で妻と二人歩いた薄紫色の花咲く広大な峠道は、これまで見たどの景色よりも美しく、西陽に当てられた世界は輝いて見えた。

「この曲、好きでしょう?」と言って聴かせてくれたのは、僕の好きなMONGOL800だった。僕達は、歌を唄いながら山道を降りていった。

その後も足の痛みはとうに限界を超えていたが、前に進む気持ちはあった。その気持ちに呼応するように、足は痛みに耐えてよく動いた。

【愛していないものと旅に出てはならない】

ヘミングウェイの言葉を反芻する。彼女と旅をして、楽しみ、助け合い、感謝すると言うことは、つまりそう言うことなのだろう。本当に良かったと思う。

19時30分。実に半日近く歩いた旅は、エルアセボにて終わりを迎えた。妻が撮ってくれた僕の写真は、まるで老人か、はたまた生まれたての鹿のように足元がおぼつかなく見えたが、とにかく、僕たちは歩ききった。

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■家族で過ごす夜

僕達は、いつもより少し高いお金を払って、少し良い宿に泊まった。全員相部屋だ。

映画「星の旅人たち」でも主人公が仲間達と、巡礼のご褒美に素敵なホテルに泊まるシーンがあった。場所は違えど、雰囲気はそれと同じだった。

ここまで600km近く歩き、ひと月弱旅し、寝食を共にした仲間たちは、もはや家族同然だ。

この宿は快適だった。唯一の難点はシャワーが熱湯しかでないことだったが、この際そんなことはどうでも良かった。ライアン、ヨンチャンと僕、三人揃って熱湯シャワーを浴びて悲鳴をあげつつ、腹の底から笑い合った。

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その後夕食のメヌーは少し豪華にして、腹一杯平らげた。体力は回復せねば。

巡礼中の食事では野菜が不足しがちだから、こう言うサラダは有難い。

一日歩き通しで疲れたが、本当に、一日の終わりを家族と過ごしているような幸せを感じられたことに感謝しかない。改めて、周りに支えられながら歩いていると感じ、僕自身もそれに応えたいと思った。

明日は短めに歩くから、妻に豪華なご飯を作ろうかな。そんな事を思った。

「見て」妻が言った。「綺麗な夕陽だねぇ」

振り返ると、窓の向こうに真っ赤な夕陽が山に沈んでいくのが見えた。世界が真っ赤に真っ赤に燃えて、そしてたちまち暗転した。一日の終わりだった。

「明日は11時チェックアウトだってさ」

ライアンが各人に連絡する。皆揃って「はーい」と答えた。誰かが消灯し、部屋も暗くなった。

「11時出発なんて、巡礼宿らしくないな」

そんな事を思いつつ「やった。明日の寝坊の大義名分を得たぞ」などと考えている内に、いつしか僕は深い眠りに落ちていった。

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アストルガ(Astorga) ~ エル アセボ(El Acebo)

歩いた距離 40km

サンティアゴまで残り 約225km

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