【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.27
巡礼19日目
マンシーラ・デ・ラス・ムラス(Mansilla de las Mulas) ~ レオン(Leon)
巡礼中しばしば起こる奇跡のような不思議な体験を「カミーノマジック」と呼ぶのなら、僕達はこの日初めてのカミーノマジックを体験したのだと思う。
■妻が言う【親からのギフト】
朝アドリアンに「Como estas?(調子はどう?)」と聞いてみた。「Buen duermo」と答えた彼。「よく眠れたよ」と言う意味らしい。僕のスペイン語も、なかなか調子が良いようだ。
レオンまで残り20km。遠くの山々は数日前の降雪で白く染まっていた。今日も道自体は単調だけど、僕は大好きな道だ。妻と二人、話せる時間がたくさん持てるから。
この日のテーマは「親からのギフト」だ。妻に言わせると、知性や品格は自分自身の行いよりも前に、親の育て方から来る要素が多くそれはある意味で親から与えられたギフトなんだそうだ。
親の教育から継いだ知性や品格を受けて、どう生きるか。そして、僕達の次の世代、つまり子供達にどう受け繋いで行こうか、と言う話。
僕は自分に子供が出来た時、どんな人間になってほしいのだろう。
親は、僕達にどういう人間になってほしいと思っていたのだろう。
妻は、さすが教育者だなと思うような事を言ってくれる時がある。脳みそ筋肉で生きてきた僕には到底思い付かないような話もしてくれたりする。
でもそれは彼女に言わせると、それは僕も同じで、僕だから出てくる話もあるのだそうだ。そしてそれが、「二人でいる意味」なのだと。
人生は難しいことだらけだ。およそ一人では解決し得ない問題や、越えられない壁はたくさんある。
だから夫婦は二人で生きる、人は人と繋がることで問題に立ち向かえると言うことなのだ。「結婚するメリット」について色々言われる昨今だが、そのメリットと「二人で生きる意味」と言うのは、似て非なる話なのだと思う。
とにかく今、僕はただこうして一緒に歩いてくれる妻にも、僕や彼女を育ててくれた親にも感謝する気持ちを持ちなが道に導かれて行くだけだ。その先に何があるのかは、今は未だ知らなくていい。
■栄枯盛衰の街
長い道を歩き、坂を登りきると眼下にレオンの広大な街が広がっていた。
こうやって街を見下ろす光景ももう何度目だろう。何度見ても、小高い丘の上から見下ろす景色は格別に美しい。
レオンは古くから戦の舞台として歴史を重ねてきた街だ。もともとの街の名は、ローマ時代に民族の進攻に備えてローマ軍団がここをレギオン(=ラテン語で駐屯地の意味)と名付けたことから由来する。旧市街にはこの時代の壁も残されている。
その後も中世の時代、イスラム教徒がイベリア半島を統治していた頃にキリスト教徒が治めたレオン王国の都として機能したそうだ。
戦における要地として繁栄する一方で、戦により被害を被り、一時無人化するほどに荒れ果てたそうだが、その時に街を救ったのがサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼者達と、それを支えようとする人々だった。
そんな栄枯盛衰の歴史を持ったこの街だが、現在の街並みからは想像もつかないほどに賑わっている。
中でも面白いのは、大聖堂のエピソードだ。
ゴシック建築の傑作として知られるレオン大聖堂だが、実は昔ここは大浴場だったと言うのだ。人々が祈りを捧げるこの場所が、かつてローマの兵士達が体を清める場だったなんて、誰が想像できるだろう。やはり、歴史を振り返ると街がずっと面白くなる。
■カミーノマジック~再会~
「チャオ!トニー!チャオ!」
唐突にトイレから飛び出してきたイタリア人に、僕達は驚きと喜びを隠せず飛び付いた。トイレから出たばかりの彼の手はびしょびしょに濡れていたけれど、そんなことはどうでも良い。
10日ぶりだろうか?完全にペースがずれてもう会えないかも知れないと諦めていた再会を喜び、固く握手を交わし、ハグをする。喜びすぎて、ホスピタレロから「静かに」と窘められたほどだった。
それほど嬉しかったこの再会は、所謂カミーノマジックと呼ばれるものだったのかもしれない。
※トニーとフランシスコは、巡礼序盤に出会った陽気なイタリア人巡礼者コンビだ。
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話を再会の少し前に遡ると、
僕達は公営アルベルゲに辿り着き、荷物を降ろした後に小腹を見たそうと近くのバルで食事をとることにした。
二人とも腹が減っていたので、単純に焼いた肉を食べようと言ってグリルチキンをオーダーした。
食べていると、妻が唐突に声をあげた。
「あれ?フランシスコじゃない?」
妻の視線の先に目をやると、アルベルゲの前に見慣れた顔が歩いている。確かに似ているけど、トニーがいないし、他人の空似かもしれない。
そう思っていると、後ろからひょこっとトニーも現れた!これはもうあのコンビに間違いないと言うことで、急いで宿に戻り、彼らを探し出したのだった。
歩いているペースが僕達よりも少し遅かった彼等とは、もう会えないと思っていた。それぞれにペースがあるのだから、それもまた仕方ないことだと思っていたが、それでもまた会いたいなと願っていた。それがついにレオンの街で叶ったのだから、喜ばずにはいられないだろう。
カミーノではこうした偶然と言うか、タイミングがバッチリ合うことがしばしばあるらしく、人はそれをカミーノマジックと呼ぶのだそうだ。奇跡と言うには少し大袈裟なのかもしれないが、僕達にとってこの再会は間違いなく【カミーノマジック】と言えるものなのだと思う。この道は、そんな不思議に溢れているのだ。
■約束のサングリア
再会の後、僕達はデートしに街へ繰り出した。必要品の調達と、待ちに待ったバル巡りだ。
今日のお目当てはこちらのサングリア。「本場のサングリアが飲みたい!」と言う妻のリクエスト。とっても甘くてジュースのようだった。これで一杯300円だと言うのだから、商売できるのか心配になる。
このサングリアは前から約束していたものだった。パンプローナではケンカして楽しめず、ブルゴスでは雨と寒さでバルどころではなかったから、次のレオンではデートっぽくサングリアを飲もう!と決めていた。
ただ、恥ずかしながら僕は酒が飲めない。ほとんど飲めない。飲めないけど、酒は楽しみたいと言う性格だから、味見程度はしたいのだ。コスパが良いのかなんなのか…
そんなわけだから、数回口を付けて「もうダメだ!」となってしまった。それを見た妻が「仕方ないねぇ」と言って僕の分まで飲んでくれる。
妻が僕の分まで飲んでくれて、僕はシラフだから妻をきちんと宿までエスコートする。こうやって我が家は支え合っているのだ。
■人間くさい旅
今日は4月26日、巡礼を初めて19日が経った。19日間、ただただ歩き続けている。幸いここまで大きな怪我もなく(足の調子はテーピングのお陰もあって落ち着いている)楽しく旅ができている。
当初の目標を思い出す。
僕は、妻と向き合えているだろうか。
僕は、僕自身と向き合えているだろうか?
何か答えを求めて歩いている僕は、サンティアゴヘ着いたときに答えを導き出せるだろうか。
今はまだ全てに対しての明確な答えはなく、その答えを見いだす兆しもない。
それでもゴールは着々と近づいてきている。
答えの無い旅への不安や葛藤と、日々出会う仲間との繋がりの温かさ、妻との絆と言った色々なものが心の中で混ざり合う。
正の感情も、負のそれも全て引っくるめて、僕達は実に人間くさい旅をさせてもらっているなと感じる。
不器用で人見知りな僕と、明るく社交的な妻と。どこまでも人間くさい二人は、明日もこの道を歩いていく。
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マンシーラ・デ・ラス・ムラス(Mansilla de las Mulas) ~ レオン(Leon)
歩いた距離 20km
サンティアゴまで 残り約310km
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