虎に翼で会社を辞めた3
とにかく一生懸命仕事をした、そこに一点の曇りもない。ただ梅子さんのように、母や妻のような役割をしたことは失敗だった。特に社長のケア労働が当たり前で、常に神経を張り巡らせてそれにあたるから気持ち的に終わりはない。女の支えがあるからこそ、外に向かっておもいっきり仕事をして稼いでこれるとでも思っているのか、男はそれに何の疑問も抱かない、ケアはあたりまえのものとなり、自分でできることさえできなくなっている自覚もない。
対して、わたしにはわからないことを質問できる人さえいない、次から次へと獲得してくる案件の契約書のドラフトを作成し、なんでもかんでも丸投げされ、初見のプレッシャーと戦いながらスピードとクオリティを求められる、仕事量の配慮をされず、プライベートで使った領収書を当然のように経費にさせられる。(これは会社の金勘定を仕事にしてきた人間にとって本当に許しがたいことだ)
立ち止まる猶予はなく、これを時短勤務だからという理由で、信じられないくらい安い給料でやらされていた。高級クラブでは一晩でウン十万も使うのに、残業できず子供の体調次第ではいつ休むかわからない子育て中の女の不安定さを人質にとって安く働かせ、さらに来月から入社する新人の教育も押し付けられるのだろう、無理だ、このままでは永遠に搾取されてしまう。搾取する側は、いつだって相手の尊厳を無視する。
今だ!走って逃げろ!と突き動かされるようにして、カウンセラーに教えてもらったメンタルクリニックを受診したときには、重度の抑うつ状態で日常生活さえままならず、とてもじゃないけど働ける状態ではなくなっていた。
人は尊厳を踏み躙られ続けるとおかしくなる。
梅子さんも母として妻として戦い続けた。生きていても死んでからも妻を苦しめ続けるクソオブザクソ旦那の相続を巡って、唯一の希望だった愛息子の三男坊による強烈な仕打ちを受け絶望する、あの高笑いの狂気。それでも法律を学び続けてきたからこそ、民法第730条「直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない」を盾に、義母の世話を子どもたちでするように言い放ち、全てを捨て出ていく。あの「ごきげんようッ」は本当に気高く美しい撤退だった。
「いい母になんてならなくていいと思う。自分が幸せじゃなきゃ、誰も幸せになんてできないのよ。きっと」
おわり。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?