「育児」って、本当にブランクなの?
こんにちは、おぎしおです。
いまわたしは育休復帰を目前にして「自分のやってきたこと」を棚卸ししている最中です。そのとき「育児」をやってきた期間のことを「ブランク」と表現することにすごく違和感を持ちました。
・育児のブランクから抜け出す方法
・出産で生まれた「ブランク」をどうするか
こういう表現。
「仕事を休んでいた」という意味ではブランクがあるといえるかもしれませんが「空白の部分」と捉えると「育児=ブランク」という構図にはめちゃくちゃ違和感があります。
世の中のお母さんお父さん、毎日子供と向き合っている日々のことを「空白」と呼べますか?
「そんなわけない!」という人が大半なのではないでしょうか?
初めての育児で、トラブルとその解消に明け暮れる毎日は「空白」という言葉とはかなり縁遠いものではないでしょうか?
育児でやっているのは「問題解決」
なぜ「空白とは縁遠いか」というと、育児でやっているのは、膨大な量の問題解決だからです。
ブランクどころか、めちゃくちゃな量の問題を解決しているわけです。
・夜泣きで睡眠時間が取れないけど、家事をするにはどうすればいいか?
・子供が夜寝てくれるためにはどうしたらいいだろうか?
・離乳食を食べない子供のためにどんなレシピをつくるのか?
・ご飯を集中して食べない、どうしたら食べてくれる?
こんな感じの試行錯誤が毎日毎日×100……繰り返されるわけです。育児を始めてから「解決すべき問題の総量」がめちゃくちゃ増えました。
そして厄介なのは、子供の個性は十人十色なので「誰かの成功体験」を同じように実行してみたところで、必ずしも自分の子供に対する問題解決にならないということです。
実行して、改善して、また実行して……ということを延々と繰り返して、なんとな〜く良い感じの解決方法が見つかっていくわけです(それでも次の日には効果がなくなっていることも……)。
慢性的に寝不足で頭が回らない中で、そういう「問題が正面からドカドカとやってきて、トライアンドエラーを繰り返す毎日」をブランクと言われるのは辛く無いですか?
……私は辛いです(涙)。
「ブランク」と言われないために
育児の経歴を「ブランク」と言われないためには、どうしたらいいのでしょうか?
少し話は変わりますが、さいきん色々な対話のなかで思うことがあって、それは「ツールを使える技術」よりも「問題を解決する思考」が、より問われる風潮にシフトしてきているのではないかということです。
今まで難しい操作が必要だったツールもどんどん便利な機能が追加されて、圧倒的に「ツールを使うためのコスト」が下がってきているからです。
情報は溢れかえり、便利な機能や知識を誰でもローコストで習得できるようになってきています。すると「使えること」「知っていること」自体の価値は今よりも薄れていくのではないかと。
なので「チームを作る力」「問題解決するための思考」「オンラインでもリアルと同じような成果を発揮する環境づくり」など、解決するための粘り強さや気配り、工夫するための力などがより必要になってくるのでは?と勝手に思っています。
パーティーを組んで相互にレベルアップできる仕組みを作れる人こそが重宝される。
そんなことを感じています。
だから育児で問題解決をしたことを「別の形」で表現してみるとそれはもはや「ブランク」といわれない風潮になっていくのではと思っています。
例えば、noteで「解決したこと」を表現してみるのも地道だけど大きな一歩だと思います。
「育成」で得たことをカタチにする
私はいま、noteで知り合った「web初学者の方」にお願いをして「育成」のお手伝いを無償でさせていただいています。
こうして、誰かと繋がってオンラインで問題解決することの障壁が下がっている今は場所にとらわれない=子供のいる人にとってはチャンスだなと思っています。
「何もできない」と思っていたとしても「やったこと」を書き出してまとめてみると「案外自分って、いろ〜んなことを考えて実行してきたんだなぁ」と感じることができ「こんなことなら実力を証明できそうかも!」というものがぼんやりと浮かんでくるのではないかなと思います。
私もまだまだ怖いことやうまくいかないことが山ほど山ほど山ほどあり、歯がゆくて、イライラして、子供と一緒に泣くこともたくさんあります。
そういう経験も決して無駄ではなく、失敗というものは大きな財産だと捉えていくと「少しずつ自信が持てるのでは?」と思っています。
「子育てをブランクとは言わせない」
ーー個人の力が集まって、そういう風に時代を変化させていけたらいいなぁと、子供に思っています。