伊助くんの答え探し5(誰がために山はある 中編)
鳥居をくぐり、無事を祈願した伊助くん。登山口に向かい始めます。途中トイレにより気合を入れました。スマホを取り出し登山道までのルートを確認します。靴紐を結び直し立ち上がった伊助くん。よしと覚悟を決めて歩き始めます。
山に入るとそこは静かな空気が流れています。その静けさを破るように建てられた看板には熊出没のお知らせが書かれています。熊よけのすずなんて持っていない伊助くんは引き返すべきか迷います。
決して甘く見たわけではありませんでしたが、伊助くんは歩き続けることにしました。持ってきた水筒をカンカンと叩きながら歩いていきます。
自分を盛り上げるためにお気に入りの音楽を聴きながらせっせと登っていきます。足元には人工的に少し細工された登山道がありますが顔を上げてあたりを見渡せばそこは自然が広がっています。時折後ろからも前からもほかの登山客とすれ違いその度にこんにちはと挨拶を交わします。
自然と社会をその度に行き来しているような気がしましたが、途中から目の前に広がる自然それすら自然ではないのではと感じていました。そもそも自然という言葉が自然から自然性を消しているようなよくわからない感覚に陥っていました。それでも山の少し湿った匂いはいつもの世界とは違います。
伊助くんはイヤホンを耳から外します。今は目の前を通り過ぎていくものに集中しようと決めました。すれ違う人には自分から挨拶してみる事にしました。
全ては山頂で最高の煎餅を食べるため。
伊助くんは息を切らして登り続けます。一人の時はカンカンと水筒を鳴らすのも忘れません。
時折、ロープが張られて立ち入り禁止の文字を見ます。この先が本当の自然なのかな?とたまに思い出したように伊助くんの頭の中を疑問が通り過ぎていきます。しかし今はところどころに示された目印を元に登っていきます。
見晴らしのいいところには大体ベンチがあるのでとりあえず座ってお茶を飲んで休みます。気づけば背中は汗だくになっています。小腹が空いた伊助くんは煎餅の袋を取り出し見つめます。思い直して鞄にしまいました。
スマホを取り出し画面をつけますが圏外です。伊助くんは登山口までのルートは何度も確認していましたが、頂上までのルートはそれほど見てなかったのであとどのくらいか全く想像がつきません。分岐などには看板を立ててくれていますがこまめにルートに指示があるわけではありません。
降りてくる人や前を歩く人が見えるたびに安心して伊助くんは歩き続けます。息を切らすように足を高く持ち上げて、できる限り体全体で登る伊助くん。
どうやらで全力を出し切って達成感を得ようと体を必要以上に一生懸命動かしているみたいです。出発前はそこに山があるからなんて言っていましたが少し違う理由もあるようです。
でももしかしたら、伊助くんは自分の喜ばせ方を知っているだけなのかも知れませんね。
「山はいいね。登っているのがわかるから。」
伊助くんが何やらそんなことを言っています。道中の名物の岩を写真に収めてポンポンと岩の冷たさを感じます。
足は少しジンジンと疲れてきています。山って登る前は上を見てるけど、登り始めたら足元を見つめていくんだな。これでいいか不安だけど、ふと開けた場所に来て顔を上げてあたりを見渡すと自分の現在地を確かめられてよしって思える。
「これって人生みたいじゃない?」
そう言ってくくくっと笑う伊助くん。くまさんの心配をよそに何やら最初の山登りで悟ったような顔をしています。
そしてついに頂上にやってきました。山の名前が書かれたプレートを写真に収めてやり遂げた伊助くんは急いで座れる場所を探します。
景色が見えるベンチに腰掛けて、いそいそとカバンから煎餅の袋を取り出します。手を合わせて伊助くんは袋を破りバリバリと煎餅を食べ始めます。
青空の下、少し火照った体に涼しい風が流れ込む山頂でサクサク食感の煎餅を頬張る体験。新しい刺激に伊助くんは満たされます。
四枚の煎餅を一気に食べた後は、その特等席を次の方に譲ります。火を起こしてお湯を沸かしてカップラーメンを食べている人が沢山います。あれもいいなと横目で見る伊助くん。
しばらく休んで立ち上がると膝や腰に重さを感じます。煎餅の分だけ軽くなったリュックを背負って伊助くんはよし!と気合を入れて下山の決意をしました。
きた道とは別の看板が立っている道へと進んでいきます。確か遠回りにはなりますが滝を見ることができる道があったはずです。
ここまで来たら行ってやろうじゃないか。伊助くんは自信に溢れた顔をしています。
運命の看板を横切りまだ見ぬ未知に向かい伊助くんは歩き出しました。
――続く――