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【#0から保育】 第4回 私のリアルを聞いてよ(前編)
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私の古くからの友人であるカナエ(仮名)は、都内で幼稚園教諭として働いている。昔からギャグや冗談を交えてみんなを笑わせる明るい彼女は子どもが大好きで、幼稚園の先生になったと聞いたときはぴったりだと思った。働き始めてからも、会うたびに子どもたちの可愛らしいエピソードを楽しげに語ってくれた。
しかし社会人2年目に差しかかろうとしていた去年の春、久々に会った彼女は泣きながら「幼稚園を辞めたい」と言った。彼女の口から聞いた保育現場の実情に、私は胸が痛かった。どんなに子どもが好きでも、どんなに明るい性格でも、それだけでは続けられない保育現場のリアルに彼女は直面していた。
本連載を始めてすぐに彼女に話を聞かせて欲しいと連絡すると、すぐに「2年目のリアルでよければ伝えられると思う」と応えてくれた。カナエが幼稚園の先生を目指した思い、就職して目の当たりにした現実、辞めようと決意したきっかけ…。都内で働く若い幼稚園教諭のリアルを取材した。
―子どもの不安と大人の不安
その間に立つ先生になりたい
小川:カナエは女子大で幼児教育を学んで幼稚園に就職したんだよね。保育の世界に興味を持ち始めたのはいつごろだったの?
カナエ:幼稚園児のときから。でも私は育った環境もあって英語が得意で、中学にあがったときに「幼稚園の先生になりたい」って言ったら「もったいない」って言われたんだよね。それ以来否定されるのが嫌で、将来の夢を聞かれたらとりあえず「通訳」って答えるようにしてた。でも高校に進学して、「幼稚園の先生になりたい」って打ち明けたときに先生が背中を押してくれて、「あ、いいんだ」って思えて。
小川:生徒のやりたいことを尊重してくれる先生がいたんだね。そもそも幼稚園の先生に憧れたきっかけはあったの?
カナエ:幼いころに知ってる職業って限られてるから、当時身近だった幼稚園の先生に憧れたっていうのがひとつ。
あとは高校生のときに海外へ行く親子の相談を受けたことがあるんだけど、そのときに子どもと大人が抱えてる不安のギャップを感じたんだよね。子どもは友達ができるかとか生活に馴染めるかとかが不安なのに、大人は帰国後の受験とか良い大学に入れたいとかそういうことが多くて。私は学歴よりも、まずは子どもが心身ともに健康に過ごせることが大事だと思って。その経験から、子どもと大人の間に立つ先生になって子育て支援がしたいと思うようになった。
小川:就職先の幼稚園を選んだ理由は?
カナエ:今の園は、親が上の子のPTAで下の子をみれないとか、体調を崩して子どもの面倒がみれないとか、そういう事情があるときに在園児を保育時間外でも預かる制度があるんだよね。他にも3歳未満でも親子で入れるクラスがあったり、園庭を開放して地域の親子が遊べるようにしたり、子育て支援が充実していて。
そういう子育て支援が始まったきっかけが、ある職員に子どもができて育児休暇をとったときに「お母さんって孤独だな」って思ったことなんだって。「うちの子は言葉が遅い気がするけど大丈夫かな?」とか「トイレトレーニングどうしてる?」とか、もっと情報共有やコミュニケーションができる場があればいいなって。
―クラスの半分がグレーゾーン
2年目で直面した現実
小川:他にも勤める園を選ぶときに考えたことはある?
カナエ:少人数なところもいいなと思った。一人一人名前を呼んで挨拶したり、「昨日の怪我大丈夫だった?」って声をかけられるような関係でいたいから。
小川:少人数って何人くらい?
カナエ:各学年30人ずつで、私が担任をしている低学年クラスはそれよりちょっと少ないぐらい。
小川:就職して2年目で、もうクラスの担任なんだね。1クラスを1人で見るの?
カナエ:本当は1人で見れる人数なんだけど、うちのクラスは半分くらいグレーゾーンだから…。保育補助の人たちと2、3人で見てる。
小川:保育補助の人たちはアルバイト?
カナエ:うん。アルバイトは保育士資格も幼稚園免許もいらなくて、子育てが一段落した主婦とかが働いてる。
小川:グレーゾーン(正式には「発達障害グレーゾーン」「非定型発達」など)っていうのは、発達の様子に遅れや不安がみられる子のことだよね。
カナエ:そう。幼い子どもって言葉が遅いとか落ち着きがないとか、そういうのにはっきり病名をつけるのが難しいんだよね。まだこれから発達していくかもしれないし。だから幼稚園の時点では発達障害かどうか診断するのは難しくて、グレーゾーンっていうのがある。その子たちは園生活の中でひとりひとりのペースに合わせて関わったり、専門機関に通いながら言葉の練習や個別のワークをしたりしてる。
小川:カナエが勤めてる園では、グレーゾーンの子を比較的多く受け入れてるんだよね。
カナエ:子どもの性格や発達状況で断ることはかいかな。園によっては入園の手続きの段階で、子どもやご家庭が園のカラーに合うか判断することも多いって聞く。
小川:それは、限られた人数や環境では見切れないから?
カナエ:そう。あと園によっては「英語に力を入れています」とか「側転ができるようになります」とかそういうコンセプトを掲げていたりして、それを達成できるかどうかって基準で子どもを選ぶこともあるって聞いた。やっぱり「勉強ができるように」とか「身体能力が高くなるように」っていう視点で園を選ぶ親もいて、それが悪いとは言わないけど…。でもやっぱり幼児期にしか育たないものってあるから、私は思いっきり遊ぶことのほうが大事だと思ってる。
小川:カナエとしては、どんな子でも子ども目線でその時期に大事なことを育みたいと思ってるんだね。
―誰にでもできることじゃない
それでも人が足りない
小川:グレーゾーンの子がクラスの半分くらいを占めているなかで、どんなことが起きてるの?
カナエ:本当はグレーゾーンの子たちは1対1でつきたいくらいなんだけど、1クラスを2、3人で見てる状態だからどうしても他の子を見ながらじゃないといけなくて。
みんなすごくいい子たちなんだけど、例えば言葉の発達が遅くて上手く「やめて」とか「いやだ」が言えなくて手が出ちゃうとか、部屋にいられなくて外に出ちゃうとか、そういうことが多いかな。「楽しく幼稚園に来られればいい」って感じなんだけど、とはいえ点呼とか挨拶の時間はみんなで集まってふざけないっていう決まりがあって。そういうメリハリをつけることが難しい。
小川:例えばグレーゾーンの子が手を出してしまって、相手が怪我をしたとしたらどう対応するの?
カナエ:発達の状況にかかわらず、やっぱり「嫌いだから」とか「ムカついたから」とかいう理由で子どもが手を出しちゃうことはあって、基本的に子どもに対しては「押したらダメだよ」とか「押さないで」とか否定や断定をするんじゃなくて、「どうして押しちゃった?」「ボール貸して欲しかったらどうしたらいい?」っていうふうに、ただ両者の話し合いを仲介するようにしてる。
ただ発達の遅れがある場合は、その子に「どうして押しちゃった?」って聞いてもわからないことがあるから、そういうときは発達支援の専門機関と相談しながら、対応を変えていくかな。
例えば「押すことはダメ」っていう答えをその子に対してははっきり伝える方針にしたりする。泣いている相手の顔をちゃんと見せて、「〇〇くん泣いてるね。これはダメ」っていうふうに、「ダメ」以外の言葉を使わずちゃんと伝わるように。逆にその子が挨拶の時間にふざけたり手洗いができなかったりしても「ダメ」とは言わないけど、人を叩いたり噛んだりしたときには「ダメ」ってしっかり伝えて、とにかく手を出すことがダメだと理解できるようにする。
小川:そうやってひとりひとり違う対応をするのってすごく細やかで専門的だし、誰にでもできることじゃないよね。
カナエ:本当にそう。「この子がこういう時はこういう対応」っていうのを免許も経験もない保育補助の先生に任せるのはやっぱり難しくて、かといって私の視野にも限界があるし、自分の保育をしながら他の先生の様子まで見る余裕なんてない。だから保育後に「今日はこうだったので今度からこうしてください」って伝えはするけど、今日と明日が同じ状況とは限らないから、言った通りに対応してもらってもそれがちょっとずれてたり…。
小川:かなりいっぱいいっぱいな状況なんだね。
カナエ:それでも園の方針として発達状況で断るってことはしたくないし、兄弟児とか卒園生の子どももいて、お付き合いの中で断ることはほとんどない。あとはやっぱり幼稚園の入園希望者が減ってきている今、入園希望者はできるだけ入れたいっていう気持ちもあって。
小川:グレーゾーンの子を断ってその子の受け入れ先が見つからないのも問題だけど、たくさん受け入れるあまりキャパオーバーになるのもまた問題だよね。その状況を改善できるのって結局お金の面で、先生をもっと雇えればとか設備を整えられたらとか、そういうことなのかな。
カナエ:そうだと思う。もちろん私も発達状況で判断するなんてしたくないけど、色々な子を受け入れる以上は、ひとりひとりとしっかり向き合える環境を整えるべきだと思う。
次回は「私のリアルを聞いてよ」後編をお届けします。コロナ禍での業務の様子や、カナエが園を辞めようと思ったきっかけなど。お楽しみに。
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