【目印を見つけるノート】551. いてくださってよかったです
大きな赤いリンゴをもらう夢を見ました。
きのう撮った空です。何となくハートの形に抜けているように見えました。
今日は新月だからでしょうか、ちょっと振り返りをしてみたいなと思います。
私には4人の先生といえるような方がいました。います、かな。いました、の方が多いかな。先生、とも言い切れない方もいらっしゃるのですが。
一人目は高校のときの国語の先生です。面白い先生でした。『長恨歌』(漢文)の授業のときには、「玄宗皇帝と楊貴妃が色事に耽っていた」話にしてしまうし、『山月記』(中島敦)のときには、教科書章末の設問に対して、「李徴がどうして虎になったかなんて、分かるはずがない」と突っ込んでいました。『城の崎にて』(志賀直哉)に至っては、「洗面器ぐらいの石を落とされたら、いもりはひとたまりもない。何を考えてるんだ、この人は」とのコメント。いちいち面白かったのです。リアルな目で読んでみればそのようにもなるということですね。
先生には小論文を指南していただこうと思いましたが、一度ダメ出しをくらってへこんでそれきりになりました。その代わり? アート・ペッパーと70年代のブルースを教えていただきました。それは貴重なことでした。
学びたいことを学んでいませんね😑
詩を書いていた頃は同人誌を主宰していた方にいつも書いたものを見ていただいていました。と言いますか、載せるに足るものか見ていらっしゃったのです。その方は詩人でフランス文学者でした。大学で教鞭もとられていました。
シュルレアリズムの専門家というのが私のイメージです。
一度だけ、とてもとても長い詩を出したときに一語だけ訂正されたことがありました。
×「セラフィクス」→◯「セラフィタス」
『セラフィタ』というのはバルザックの小説にありますが、『セラフィタス』というのはそれをラテン語に転じているイメージです。私はひねていますね。
えーと、主眼はそこではなくて、その方がそのときちょうど、バルザック論を上梓されるところだったのです(当時は知りませんでした)。バルザックの研究者にバルザックのタイトルをひねったものを使うという。しかも間違えている😱神をも恐れぬ所業と申しましょうか、若気の至りと申しましょうか。
先生は赤字をひとつ入れただけで、あとは何もおっしゃいませんでした。バルザックのバの字も知らないくせに、などとはおっしゃらない。あ、『セラフィタ』は読みました。
先生と言うと、手取り足取り指導の上、真っ赤に直されるものだと思っていましたが、レッセ・フェール(放任)な教え方もあるのだなと思いました。
次の方もレッセ・フェールでした。
小説やらエッセイやらを公開するようになってから、目を通してくださって、時たまのんびりとご指摘をくださる。徳川家康を「狡猾な古狸」(失礼!)と書いたら、「古狸は狡猾かな」というニュアンスのお言葉をいただいたり、エルモア・ジェイムスの曲で×Bloom→◯Broomとダイレクトに指摘いただいたり、言葉の使い方やものを書くスタンスもずいぶん教えていただきました。プロを長く続けている方ですので、ぐぅの音も出ません(たいへん失礼ながら)。レッセ・フェールという感じですが、何より書いたものを見ていただけることがとても嬉しかったのです。
その時から小説以外に近況メモ的なものも800ほど続けて、noteに移って延々書き続けていますが、見ていただいたことが嬉しかったから続いているのだと思います。
当時、恩人だと言ったらNGが出ました。うーん、変わらずずっと先生です。それもNGと言われたらどうしましょう🤔私にはとても大切なので、ご容赦くださいませ。
もうお一方は途切れ途切れになりつつも、現在進行形で教わっていますので、何も書けません。
あ、そうか、お三方は過去のことになったのですね。
さて、高校のときの先生の話に戻りますが、念願かなって数年前に『姫様と猫と勧進能』という短編を見ていただきました。お願いはしなかったのですが、校閲してくださって、総評もいただきました。
やっぱり、自分が「見てもらいたい」と思う方に見て(読んで)いただけるのは、恐ろしいほど幸せなことです。
今も、上記のような先生ではないですが、いちばん「見てもらいたい」方に見て(読んで)いただいています。
はからずも、長い時間がかかりましたが、今にたどり着いたことがとても、とても嬉しい。
本当にありがとうございます。
心を込めてお伝えしたいのです。
それが新月のレッセ・フェールな気持ちです。
また、これから。
『オデュッセイア』と次は新しいお話。
きのうは、新しいお話ゆかりのお社にお参りしてきました。毎日は伺えませんが、そうですね、お話以前に20年以上通っています。このお願いだからこのお社、というようなことではなくて、自然に通うところは出てきます。パワースポットだという意識もないです。
やっぱりご縁だと思うのです。
ここまで、自分を大切にしてくださったご縁があるから、またその先へも行けるように思います。
そして、ご縁は愛と結び付いているのかもしれません。
今日はサックス・プレイヤー、アート・ペッパーを引用します。
秋空に似合いそうな気がします。
ART PEPPER『You'd be so nice to come home to』
この曲はスタンダードですが、私のサックスとっぱじめはこちらです。
それでは、お読みくださってありがとうございます。
尾方佐羽