暗黒報道51 第六章 暗号解読
■「少女悪魔」が明かした衝撃真相
大神由希に弁護士永野洋子から連絡があった。警視庁捜査一課の鏑木警部補が連絡を取りたがっているという。大神から鏑木に電話した。
「セイラが君に会いたがっている。伝えたいことがあるのかもしれない。君もセイラに会いたいと言っていたよな。ただし会わせるには条件がある。2人の会話を警察に聞かせるということだ。その条件がのめなければ会わせることはできない」
「どういうことですか」
「今セイラは警察の保護下にある。ただ、面会に警察官が立ち会うとセイラは肝心なことを言わなくなる。君と2人だけで話していいから、そのやりとりを我々が別の場所で聞くということだ」。セイラは日本記者クラブでの記者会見の後、会見場にいた刑事の指示に素直に従って病院に戻ったようだ。
「盗聴ということですか。セイラにはぜひ会いたい。でも小学3年生を相手に大げさではないですか。私が会話の内容についてはメモにして鏑木さんにお伝えしますよ」
「小学生だからって甘く見たらだめだ。セイラの記者会見を見ただろう。ありゃ、いっぱしの政治家であり映画監督だ。俺も直接セイラ本人から話を聴いたことがある。ほとんど話さなかったが、目が大きく人形のようで、見つめられると吸い込まれそうになった。セイラに何かを命令されたら、迷いなく従ってしまうような不思議な気持ちになった。言い方は悪いが『少女悪魔』という感じだ。毒物混入事件という歴史的な大事件の渦中にいながら、日本の警察を手玉にとっている」
「わかりました。でもセイラが承知するかどうかがわからない」
「最初から言わなければいいんだ。記者ならば盗聴やら盗撮は『お手の物』だろう」
大神はこの条件をのんだ。拒否すれば、セイラに会えなくなってしまうからだ。以前、大阪府警の本部長からセイラの言ったことなど取材したことをすべて教えるようにと要請されたことがあった。あの時はきっぱりと断った。大神の行動記録まで知ろうとした本部長にうさん臭さを感じたからだった。酔った席で持ち掛けるなどまじめな話とも思えなかった。
今回は、事件の全容解明に努めている信頼を寄せる警部補からの依頼である点が大きかった。セイラは事件の加害者側なのだ。会うことを最優先にした。
警察病院の個室にセイラは入院していた。小さな椅子にちょこんと座って窓から外を眺めていた。
「セイラちゃん、大丈夫なの? 入院しているって、どこが悪いの」
「いろいろとね。精神的な面が大きいんだろうって」
「大変なことが次から次へと起きたからね。記者会見までしてくれてありがとう。私の名誉回復になった。セイラちゃんがあまりにも堂々としていたので、みんながびっくりしていたよ」
セイラは「フフフ」と笑った。「おねえちゃんのお役に立ちたかったのよ」
「でもあの映像は編集しすぎだね。夏樹さんにインタビューした時と、松本で私が柔道技で投げられちゃった時の動画が組み合わされている。私が悲劇のヒーローみたいになっている」
「おなじ動画でも編集でいかようにもなるよ。おねえちゃんを悪人に仕立て上げようと思えば、そのように編集すれば簡単にできちゃうもん」
「松本の映像は、公園の固定カメラで撮影されたものだよね。どうやって入手したの?」
「それは内緒。毒物混入事件以後、警察の人とか、知り合いはいっぱいできたからね。なんとでもなるよ。ところで、私に聞きたいことがあるんじゃないの。私からもおねえちゃんにお願いがあるんだけど」
「聞きたいことはいっぱいある」
「なんでも聞いて」
いよいよ本題に入る。
「一番聞きたいのは、ホテルでの毒物混入事件の真相だよ。毒物を入れたのは誰なのか。いまだにはっきりしていない」
「ちょっと待って。今から話すことを警察に言うの? その点をまず、はっきりさせてほしい」
「それは……」。大神は一瞬、言葉に詰まった。すでに鞄の中で、警察から渡された最高度の盗聴器が2人の声をひろっていた。その向こう側で、鏑木らが息を殺して聴いているはずだ。大神が躊躇しているのを見て、セイラが無言で立ち上がり、大神の鞄を手に取った。
「何をするの」。大神が鞄を取り戻す前に、セイラは中にあった盗聴器を取り出していた。そしてマイクに向かって言った。
「あああ、ただいまマイクのテスト中。スピーカーも録音も切ります。レディ同士の会話を盗み聞きするなんて悪趣味だわ。ボーイフレンドの話とかできないじゃない。でも安心して。私が話したことは、おねえちゃんから聴いてくれればいいからね」。マイクで聞いている鏑木らに向かって話していた。マイクのスイッチを切った後、大神に向き直った。
「おねえちゃんは正直だね。隠し事してもすぐに顔に出る。『警察に言うの?』と聞いた時、一瞬、鞄を見たよね。2人の会話が人に聞かれているのは気分のいいものではないよ」。鏑木は舌打ちしているに違いない。
「さあ、堂々と行きましょう。メモはとってもいいよ。私が毒物を調理場に持って行って鍋に入れたということにしておいて。ママが混入するはずだったのに直前にびびっちゃって尻込みした。このままでは、ママがお仕置きされちゃうから、私がやった。実行犯は私ということにしておけばいい」
「私ということにしておけばいいって。本当は違うのね」
「まあ、まあ、まあ」
「ごまかすのはやめて。その行為で13人が亡くなったのよ。あいまいにして済む問題じゃない。本当のことを言って」。大神がいらだって強い声で言った。
セイラはじっと大神をみつめた。大神の目が鋭い刃のように見えた。
「わかったわ。ズバリ言うね。江島よ。私は調理場に入って待ち構えていた江島に白い粉末がいっぱい入った瓶を渡した。その時はヒ素とはわからなかったけど、やばいものだろうとは思っていた。江島はママが混入するのをしっかりと見届けるために待機していたんだ。直前になってママが混入することを躊躇してうろうろしているうちに時間がなくなってきた。随分と焦って電話でママを怒鳴りつけていた。だから私が持って行った。それだけよ。江島はマスコミを敵対視して最大の攻撃目標にしていた。民警団で目立った功績をあげて東京に行き、幹部になりたがっていたんだ」
「江島に確かに渡したのね。その後はどうしたの。セイラちゃんは宴会場に戻ったってわけ。江島がヒ素を混入するところは見ていないの?」。セイラの発言がころころ変わるので何を信用していいのかわからなくなっていた。
「私はね、宴会場に戻るふりだけして調理場に残って隠れたんだ。そして、江島が2つの鍋に白い粉末を混入しているのをこの目で見たんだ、ばっちりね。目撃したどころか、きっちりとカメラで撮影したよ。映像に撮ったよ。隠し撮りしたんだ」
「本当なの? そ、それでどうしたの」。驚愕の証言だった。ついに事件の核心が暴かれた。真相が少女の口から淡々と語られている。
「その動画は私の知っている弁護士さんに預けたの。ママと私の身になにかあれば公開してねって言っておいた。たっぷりとお金も渡した。そして江島を呼んで映像のコピーを見せた。あいつ、毒物を混入したのはママだと言いかねないからね。もし、ママのせいにしたら、この動画を世間にばらしてやるからって言ったの」
「江島はなんて言ったの」
「『わかりました。私が入れたことは誰にも言わないでください。なんでも言うことを聞きます』と言って怯えていたわ。ハハハ。あんまり怯えていたからかわいそうになっちゃった。警察で問い詰められたら、『セイラが入れたと思うって言ったらいい』と言ってあげた。私ってやさしいでしょ」
鏑木警部補が「少女悪魔」と言ったことが、身に染みてわかった。
「でも、夏樹さんは死んじゃったよね。江島か民警団に殺されたんじゃないの」
「ああ、あれは違う。ママが酔っぱらって勝手に転んだのよ。歩道橋の階段から落ちて打ちどころが悪くて死んじゃったの」
「なんでそう断言できるの?」
「だって私、見たんだもの。ママの帰りが遅いから、迎えに出たの。近くをぷらぷらと歩いていたのよ。そしたら歩道橋を歩いているママを見つけたので声をかけようとしたら階段から落ちた。当たり所が悪かった」
「誰かに押されたんじゃないの」
「少なくともママの周りに人はいなかった。江島が殺そうと付けていたという情報もあるようだけど、近くにはいなかった。落ちたのは事故で間違いない。そもそも江島がママを殺す理由がないでしょ。証拠を握っているのは私なんだから」
信じられないことを聞いた。理路整然と話すセイラに恐怖を感じた。
「セイラちゃんは悲しくなかったの」
「悲しいに決まっているでしょ。ずっと泣いたよ。ママは事件後、情緒が不安定になってお酒ばかり飲んでいた。殺されたんだったら復讐したよ。でも勝手に死んじゃったんだから仕方ないじゃない。こればっかりはどうしようもない」
セイラは父親が誰だか夏樹から聞かされていないようだった。そして夏樹も死んでしまった。なんという悲劇。大神は胸が詰まり、声が出なかった。しばらくして、気を取り直して大神が聞いた。
「江島が毒物を入れたのが真実なら、警察にそう言えばいいじゃない」
「最初はどうしようかと思っていた。ママに話したら、『誰にも言わないように』ときつく言われた。そしたら、ママが疑われるようになった。それでもママは『言わないように』と念を押すように何回も言っていたので黙っていた。そうしたら、死んじゃった。おねえちゃんが松本に来てブランコに乗っている時に話そうと思った。でも叔父さんに邪魔されちゃったね。家に戻る時に後ろを向いておねえちゃんに口パクで言ったはずだよ。『え・じ・ま・が・い・れ・た』ってね」
「せ・い・ら」と見えたのは間違いだったのか。「せいら」と「えじま」の母音が同じだったため、口の開き方が似ていたのだ。セイラと会った時の前後の状況から「セイラが入れた」と思い込んでしまっていた。
「わからなかった。じゃあ、手で作った『T』マークは何だったの?」
セイラは笑いだした。
「『T』じゃないよ。『J』だよ。江島が着ていたジャンパーのマークだよ。おねえちゃんも相当鈍いね」。そうだったのか。大神は自分の鈍さに途方に暮れた。あの段階では大神はまだ江島には会っていなかった。だが、セイラは大きなヒントを与えてくれていたんだ。
「そうだったのか。でも事件は解決ね。江島が真犯人ということで決着だね」
「おねえちゃんは何にもわかっていない。私は、事件発生直後は頭がぐちゃぐちゃで何を信じていいのかわからなくなった。おねえちゃんは別だったけどね。警察にも何も話さなかった。あれから相当時間が経過した。事件捜査も進展しない。私自身の考え方も変わった。これからは1人で生きていかなければならないのだから。江島って男は私にはなにも言えない。なにもできない。絶対服従なのよ。トロそうに見えるけど、力はあるし、一途だし結構使える。ボディガードにしてもいいかもと思っている。銃刀法違反で逮捕されたけど、毒物混入事件では立件されないと思うからすぐに釈放されるはずよ。後藤田が記憶喪失にかかったといっているし、後藤田がらみの事件の立件も難しいと思うよ。江島はこれから、絶対服従の部下として私が使ってやるのよ」
「一体、何を考えているの。正気? 私が警察に真実を言うわ。その映像を預かっている弁護士って誰なの?」
「捜査本部はますます混乱するでしょうね。私は警察に『自分が入れた』って匂わせているから。はっきりとした供述はせずにあいまいにしているのよ。黙秘権を使ったりもしている。警察も江島が犯人だという確たる証拠はなにも握っていない」
「13人が亡くなったんだよ。警察の取り調べを甘く見ない方がいいわよ。いったん取り調べが始まれば『完落ち』するまで調べは続く。江島は全面自供に追い込まれるでしょう」
「さあ、どうでしょうかね。江島は私が混入したと言い張るでしょう。『自分が混入した』と自供したら、死刑間違いないからね。おねえちゃんが考えている以上に頑固な男よ。証拠がなければ落ちないと思うわ。落ちたら落ちたでそれでいい。それまでの男だ」
「完璧な証拠を弁護士が持っているっていうの? セイラちゃんの創作じゃないの。私は騙されないわよ」
「私は嘘は言わないわ」
「それじゃあ、その弁護士は誰なのよ。言いなさいよ」
「なに興奮しているの。言う訳ないじゃない。おねえちゃんでも警察でもどんなに調べても絶対にわからないわよ」
「子供のくせになにを考えているのよ」
「そんな言い方はないよね」
「あなたは1人でしょ。お金だってないんでしょ」
「お金はあるわ。私は後藤田武士の娘だから。後藤田のお金はいくらでも使えるの。キャッシュカードで自由に引き出せる。引き出せばいつの間にか補充されているわ」
「娘って、どういうこと?」
「『娘にならないか』って言われたから養子になっただけ。そうしたらたくさんお金をくれたわ」
そういえば、後藤田は「セイラの親になってもいいと思っている」と言っていた。その時、すでに籍を入れていたのだ。にわかに信じられない話だったが本当のことなのだろう。警察が戸籍を調べればすぐに判明することだ。
「後藤田、あの男も使えるね。実の父親じゃないかと思うほど私と似ているところがある。後藤田がこのまま死んでも構わない。遺産はすべて私がもらうことになる」
大神の背筋が凍った。
「ところで、私の方からお願いがあるの」。大神はあまりのショックで何も言えなくなっていた。
「私の部下にならない? 日本の首相になる人が私の部下だと心強いじゃん」
「何をバカなことを言っているの」。今度は怒りが込み上げて来て大声をあげた。
「あなたの部下なんかにはなりません。首相公選選挙にも立候補しない」
「そう、じゃあ、諦めるわ。残念だけど。その代わり、岸岡君っているでしょ。青木ヶ原の屋敷で会った人。裁判中かな。あの人をくれないかな。私、ゲームに関心があってさ。未来型ゲームを利用して世界を支配したいの。そのために会社を興したいのよ。あいつ、役に立ちそう」
大神はもうセイラの話すことに付いて行くことができなかった。
「私はもうしばらくしたらこの病院を出て、日本を出るわ。世界中を回るの。世界のリーダーに会うだけ会って、これからの地球の未来をどうしたらいいのかを探ってくるわ。そしてまた日本に戻ってくる。それじゃあ、この辺で。もう帰って。大神さんのお気に入りの警部補さんにすべてを話してもいいからね」
「なんでお気に入りとか言うの?」
「私とおねえちゃんを会わせてくれたのは鏑木さんでしょ。私も調べを受けたから知っているのよ。二人の関係がどんなかは知らないけど、当てずっぽうで言ってみただけだから気にしないで」
大神は引き上げた。セイラには末恐ろしさを感じた。セイラの発言を鏑木警部補にそのまま伝えた。
「セイラが言っていることは本当なのか、でたらめなのか、妄想なのか。江島が混入したところの映像なんて本当に存在するのか。君らの業界用語で言えば、『世紀のスクープ映像』じゃないか。預かっている弁護士は一体誰なんだ。とにかく人を惑わすことばかり言う子だ。セイラが毒物を入れてしまい、江島に罪をなすりつけようとしていると認定した方が現実的だ。とにかく、江島を徹底的に取り調べる。そしてセイラから改めて話を聴く」
鏑木も困り切って頭を抱えた。「そもそもなんでそんな重要なことを大神にしか話さないんだ。君らはどういう関係なんだ」
「私も驚くことばかりで思考が停止してしまっています。少し冷静になって考えます」
3日後。セイラは病院から姿を消した。警察は誘拐されたと大騒ぎしたが、大神にはわかっていた。セイラは自分の意思で、厳戒態勢の隙をついて警察病院を抜け出したのだ。そして世界に旅立つはずだ。
いつかまた、日本に戻ってくるだろう。
(次回は、第七章戦争勃発 ■恋バナで盛り上がった直後に)
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小説「暗黒報道」目次と登場人物
目次
プロローグ
第一章 大惨事
第二章 報道弾圧
第三章 ミサイル大爆発
第四章 孤島上陸
第五章 青木ヶ原の決闘
第六章 暗号解読
第七章 戦争勃発
第八章 最終決戦
エピローグ
主な登場人物
・大神由希
主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。
・下河原信玄
内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。
・後藤田武士
国民自警防衛団(民警団)会長、元大手不動産会社社長。大神の天敵。
★朝夕デジタル新聞社関係者
・橋詰 圭一郎
東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。
・井上 諒
東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。
・興梠 守
警察庁担当キャップ。
★大神由希周辺の人物
・河野 進
「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。
・岸岡 雄一
「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。
・伊藤 楓
インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。
・鏑木 亘
警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。
・永野洋子
弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。
・田島速人
永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。
★下河原総理大臣周辺の人物
・蓮見忠一
内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。
・鮫島 次郎
内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。
・江島健一
民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。
・香月照男
民警団員。精鋭部隊入りを目指している。
★事件関係者
・水本夏樹
スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。
・水本セイラ
水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。