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暗黒報道㉓第三章 ミサイル大爆発

■「独自取材の禁止」を通告


 北海道へのミサイル直撃の2日後。日本のすべての報道機関の社長が東京千代田区の会館に集められた。政府主催の緊急マスコミ社長会議が内閣官房長官名で招集されたのだ。

 内閣官房長官が壇上に上がった。司会は官房副長官の蓮見が務めた。
 「北海道へのミサイル攻撃があった。潜水艦から発射した国はすでに判明したが、敵国は発射自体を全面否定している。よって現時点でその国の名前を公表することは控える。詮索しないように。戦争を仕掛けてきたのか、誤射だったのかは判明していない。国防上は、戦時下に準じる扱い、つまり準戦時体制に入ったと言ってもいい。防衛に万全を期することは当然だが、状況次第では、敵基地攻撃もあり得る。つまり、いつ全面戦争に突入するかもしれない極めて緊迫した状態だ。報道適正化法(マスコミ規制法)は熟読していると思うが、防衛に関する情報は適宜、提供するのでその情報はすべてニュースとして流すように。さらに政府の方針に対して批判的な論評は控えるように。敵国に有利な情報とみなす。独自取材も禁止する」

 この後、蓮見から、非常事態宣言下での報道規制の内容と、成立したばかりの報道適正化法(マスコミ規制法)についての詳細な説明があった。
 質疑に入り、数人の社長が手を挙げた。
 「『準戦時体制にある』と言われたが、独自取材による記事が認められないというように聞こえました。だが、それはおかしいのではないか。政府の発表も肝心なところが伏せられているように感じている。情報統制が過ぎると国民は不安にかられる。すでに買い占めが始まり、預金を下ろすために銀行前には、長蛇の列ができるなどさまざまな混乱が起きている。ここに集まったほかの社長とも話したが、ほとんど同じ意見だった」。最前列に座る人物がマイクを握り、一気に意見を述べた。

 官房長官の目が鈍い光を放った。
 「まずは会社名と名前を言いたまえ」
 「失礼しました。関東新聞の殿堂です」
 「君が言う独自取材とは、一体何を取材するのだ。目的はなんだ」
 「例えばですが、北海道へのミサイル攻撃ですが、一体どこの国が仕掛けたものなのかいまだに発表がない。この情報を報道機関が独自につかんだ場合、現場のデスクは記事にしようとするだろう。国民の知る権利にこたえるためです。その記事をボツにするなんてことは私にはできない」

 「信じられない暴論だ。国会での審議を全く聞いていないのか。今日の私の冒頭発言、蓮見副長官の説明時は居眠りをしていたのか。もう一度言う。ミサイルをどこが撃ち込んできたのか詮索しないように。なぜか。軍事上の最高機密だからだ。相手国が全面否定している中で、激しい交渉が水面下で行われている。ミサイルが飛び交う事態にはまだ至ってはいないが戦争はすでに始まっていると言ってもいいのだ。そんな準戦時体制下に、日本国に不利になるような情報、つまり、敵国に有利になるような情報を報道機関が発した場合はどうなるのか。まさに国益に反する暴挙である。当然、厳しく罰せられる。発行停止を命じることもある。君らは社長なんだから、報道適正化法(マスコミ規制法)の条文をよく読んで、報道現場に徹底させなければならないのだ」

 「他国が情報をつかみ、発表した場合、あるいは、他国のメディアが発信した場合は、どうなるのか」。殿堂社長は食い下がって追加質問をした。
 「そのような仮定の話はできない」
 「しかし、十分あり得る話だと思いますが」
 「仮定の話はできないと言っているだろ。何回同じことを言わせるのだ。ところで、関東新聞の今日の社説はどういうつもりで書いたのか。見出しが、『政府はすべてを公表せよ』とあった。さっきも言ったが、準戦時体制下ですべてを公表するバカな国がどこにあるのか。敵に筒抜けになってしまうではないか。関東新聞社は『敵』なのか。報道機関が他国の誤った情報をそのまま流し、敵国上層部を刺激した結果、核ミサイルが日本に撃ち込まれたらどうするんだ。関東新聞社がすべての責任をとれるというのか」

蛇に睨まれたカエル。準戦時下、「恐竜」に睨まれた報道機関はどう対応すればいいのか

 「あっ、いや、それは」
 「『すべてを公表せよ』などと上から目線の敵を利するような主張を展開して、国民を惑わすようなことは許されない。この件について、社長としてどのように責任をとるのか。きちんと社説が書かれた経緯をまとめて本日中に社長名による報告書を私に提出するように」
 
 「それから」。官房長官はゆっくりと会場を見渡した。「先ほど殿堂社長は自論を述べた上で、ほかの社長も同意見だった、と言った。確認したい。殿堂社長と同じ見解の者はその場で立って意思表示をしてくれたまえ」
 会場はシーンと静まり返った。「発行停止」という文言が官房長官の口から出たことに衝撃が走っていた。

 「殿堂社長と同意見の者はいないということだな。わかった。それで安心した。ほかにどんなことでもいい。質問、意見があるものは手を挙げるように。民主的にことを進める。下河原総理の方針だ。社名と氏名は、はっきりと言うように」
 3社の社長から意見が出た。
 「準戦時体制の定義を示してほしい」「水面下での激しい交渉は誰が先頭に立ってやっているのか。さわりだけでも説明してほしい」「ネットで乱れ飛んでいる怪情報についての政府の対応は」「ミサイルが着弾した場所の撮影を許可してほしい。代表取材でも構わない」

 「互いに戦火を交える戦争に発展する可能性のある状態が準戦時体制だ。このまま戦争に突入することを望んでいるわけでは決してない。国民の生命と財産を守るために、下河原総理が先頭に立って、水面下でも必死の交渉、戦いを繰り広げている。それ以上は言えない。繰り返すが、国家の存立を脅かし、敵を利するような記事を書いた社は発行停止処分とするから、そのつもりでいるように。ネット会社も同様だ。フェイク記事をネットで流す輩はすぐに身元を突き止めて摘発する。企業の責任も問う。現場の取材は近々、認める方向で検討する」
 ほかにも質問が出たが、当たり障りのない内容ばかりになっていた。        

(次回は、■スパイは「K・Y」)

 
                                 ★      ★       ★

小説「暗黒報道」目次と登場人物           

目次
プロローグ
第一章 大惨事
第二章 報道弾圧
第三章 ミサイル大爆発 
第四章 孤島上陸
第五章 暗号解読 
第六章 戦争勃発 
第七章 最終決戦
エピローグ

主な登場人物
大神由希 
主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。
下河原信玄 
内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。
後藤田武士 
元大手不動産会社社長。大神の天敵。

★朝夕デジタル新聞社関係者
橋詰 圭一郎 
東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。
井上 諒   
東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。
興梠 守   
警察庁担当キャップ。

★大神由希周辺の人物
河野 進
「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。
岸岡 雄一
「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。
伊藤 楓
インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。
鏑木 亘
警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。
永野洋子
弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。
田島速人
永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。

★下河原総理大臣周辺の人物
蓮見忠一
内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。        
鮫島 次郎
内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。
江島健一
民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。
香月照男
民警団員。精鋭部隊入りを目指している。

★事件関係者
水本夏樹
スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。
水本セイラ
水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。

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