暗黒報道IFストーリー 57 第7章 最終決戦■会見で爆弾発言
■「攻めます」。大神は言った
記者会見場に大神由希が姿を現した。一斉にフラッシュがたかれた。首相公選に立候補を表明するために設定された会見だった。すでに「野党統一候補にジャーナリストの大神氏」「大神氏、立候補の意向を固める」と連日のようにニュースになっていた。
大神は取材される立場になったが、緊張は思ったほどなく落ち着いていられた。そんな自分が不思議だった。
「私は今ここで、首相公選に立候補することを宣言します。公約については公示後に、ペーパーにしてみなさんに配ります。公開討論会の場など改めて国民の皆様に詳しく説明していきます。今日は、野党統一候補らしく、攻めます。現政権を痛烈に批判します」。そう言った後、集まった200人以上の記者を見渡した。記者たちはペンを握る力を強め、ノートパソコンのキーを打つ準備に集中した。
「北海道にミサイルが撃ち込まれました。誰もが大変なショックと恐怖を抱き、怒りました。ミサイルを撃ち込んだのはどこの国だったのか。下河原政権は未だに明確にしていません。私がはっきりと言います。『ノース大連邦』の潜水艦から発射されたものです。そして、ミサイルを北海道向けに発射させることを『ノース大連邦』に依頼した人物がいます。そうです、総理大臣の下河原信玄です。これほど国民をばかにした話はありません。このような人物を、公選首相にしてもいいのでしょうか。将来は大統領制を導入して初代の大統領に就任すると言われていますが、大丈夫なのでしょうか。絶対にノーです。うそはだめです。国民をだますことは絶対にしてはならないことです。うそをつかない政治家を初代公選首相に選ぶ。当たり前のことをこれからの選挙期間中、国民のみなさんに訴えていきます。以上です」
記者たちはあっけにとられた。「平和と民主主義を守り抜きます」「戦争に反対します」「平和憲法を取り戻します」「マスコミ規制法に反対」。そんな言葉が羅列された公約が掲げられ、順番に説明されていく。30歳の新人だ、緊張もあるだろう、予定調和な会見が行われると誰もが予想していた。しかし、大神の発言は想定を覆す意表を突いた内容だった。
幹事社の記者が代表して質問した。
「以上です、と最後に言われましたが冒頭発言はこれで終わりですか?」
「そうです」
記者は呆れたような表情で少しの間をとった。あらかじめ予定していた質問項目は吹っ飛んだ。
「今日の大神候補の会見は、衝撃的な内容でした。確認のために聞きます。北海道にミサイルを撃ち込んだのは『ノース大連邦』で間違いないのでしょうか」
「そうです」
「ミサイル攻撃を『ノース大連邦』に依頼したのが下河原総理なのですか」
「その通りです」。記者からどよめきが起きた。
下河原総理による「自作自演」説はネットの一部で流れていた。だが、裏がとれないためか、マスコミ各社はどこもそのような論調の記事を出稿していない。
幹事社の記者がまたひと呼吸おいた。
「大神候補がそのように発言する根拠を示してください」
「言えません」
「言えないって。総理の犯罪を記者会見の場で告発していながら、根拠は言えないというのはどういうことですか」
「言えないから言えないと申しただけです」
「総理に対する名誉棄損にあたりますよ」
「名誉棄損にはあたりません。話していることが事実だからです」
「大神さん、あなたは著名なジャーナリストであり、これまで記者会見に何度も出ては鋭い質問を繰り出してきたことを私たちは知っています。そんな大神さんから見て今日のこの会見はおかしいと思いませんか。発言の内容が総理の犯罪的行為を告発するもので、しかも事実なのかどうかの根拠を何も示さない。我々もフェイクかもしれないという気持ちを持ちながらニュースとして報じることには抵抗があります」
「フェイクではありません。私は確たる信念を持って話しています」
「大神候補は新聞記者でした。記者は記事を書くために取材をするものです。今大神記者が語った内容は、在籍していた朝夕デジタル新聞社にもほかのどの新聞にも掲載されていないし、テレビでも放送されていません。週刊誌にも書かれていない。記事にしないで会見で暴露するというのは報道記者の在り方としておかしいと思いますがいかがですか」。幹事社の記者による至極まっとうな主張だった。少し切れかかっているのか声のトーンが高くなっていた。
「会見で暴露するというのも1つのやりかただなと考えました。この会見内容を報じることがスクープということになりますね」。大神は淡々と話した。
記者会見の模様は、国営放送が生放送で流していたが、民間放送は流していなかった。ニュースとして編集して後でたっぷりと報じる予定だった。しかし、その内容が衝撃的なため、民放も一社、また一社と通常番組を打ち切って、生放送で流し始めた。ネットニュースでは会見での発言が最初から流れていた。
「いやいや、待ってください。スクープというのはまず報道の媒体に載せるものです。事実かどうかを判断する根拠を全く示していない情報が会見でいきなり語られて、それを流すことがスクープと言えるのでしょうか。我々もまともには取り上げられませんよ」
「取り上げる、取り上げないはみなさんが判断されるべきです。私が決められるものではありません」
「同じ趣旨の質問になりますが、なぜ、会見で話す前に新聞にニュースとして書かなかったのか」。幹事社ではない別の記者が立ち上がって発言した。
「それでは正直に言います。間に合わなかったのです。私自身が確信を持ったのはごく最近でした。会見までには記事にするつもりで取材を急ピッチでやりましたが、間に合わなかった。そういうことです」
「わけわからん」「こんなんで大丈夫なのか」。会場のあちこちで記者のつぶやきやため息が漏れた。
大神の発言をテレビで観ていた下河原総理がすぐさまコメントを出した。全面的な否定だった。大神を名誉棄損で告訴するという内容だった。ネットで流れ、テレビでも速報として流れた。
幹事社の記者が会場の雰囲気を感じながら声を荒らげて言った。
「今、下河原総理がコメントを発表しました。全面否定だそうです。このコメントを受けて繰り返し質問します。ミサイルを発射したのが『ノース大連邦』であり、下河原総理の要請を受けたものであるという告発は間違いないのですか。発言の根拠を隠さずに教えてください」
「下河原総理は嘘をついています。『ノース大連邦』との密約について、証拠を突きつけられても認めませんでした。北海道へのミサイル攻撃は国民からの支持率を上げるためだけの謀略です。国民をだますことしか考えていない。そんな人物がトップに立ち続けると、いかに危険で恐ろしい事態を招くのか。それは選挙戦の中で明らかにしていきます。発言の根拠を言えない理由は、取材源を秘匿しなければならないからです」。大神は落ち着いて語った。
「あなたはジャーナリストなのか。それとも政治家なのか」。会場からヤジのような声が飛んだ。
「この会見に臨むまでは記者でした。この会見をもって、政治家になりました。公選首相になるために全力を尽くします」
記者会見後、民自党の代表は大神に質した。
「『野党公選協』の広報担当が立候補表明時の冒頭発言の原稿と一問一答を用意して渡したはずだ。公約が中心だったが全く無視したな。どういうことだ。下河原陣営はカンカンに怒っていて、方々から抗議が殺到しているぞ」
大神は言った。
「私を信じてください。話した内容に間違いはありません。真実は一つです」
(次回は、大神VS下河原 公開討論会で火花)