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暗黒報道㊴第四章 孤島上陸

■「北方独国」に厳重抗議


 白蛇島が急襲を受けたことに政権側は衝撃を受けた。早朝、連絡を受けた下河原総理の怒りは瞬時に頂点に達した。
 反政府勢力「虹」のメンバーに違いない。しかも謀ったように、「北方独国」の潜水艦が東京湾近くまで侵入してきてミサイルを発射し、鮫島次郎・内閣府特別顧問兼国家安全保障局長が木っ端みじんにされた。

 下河原は全日本テレビ最上階の総理執務室の仮眠室で寝ていた時に秘書に起こされて事態を知った。すぐに防衛大臣ら関係閣僚が駆け付け、緊急の会議が始まった。海外出張中の外務大臣はリモートで参加、警察庁長官も呼び出された。

 白蛇島で一体何が起きたのか。そもそも「虹」はなぜ、白蛇島を急襲したのか。「東京湾Fプロジェクト」は、権力に盾突く主に報道関係者の弾圧と、核開発の研究という2つの異なる業務を進める異色の取り組みだった。
 弾圧の拠点として利用するという民警団会長、後藤田武士の提案を受けたのが先で、その後、鮫島が核開発のための研究所を造りたいと申し出てきて許可した。

 絶対に表に出してはいけない「超極秘」の案件だったはずが、なぜいとも簡単に「虹」に情報が洩れたのか。そして、「北方独国」がどのようにからんでくるのか。
 下河原は会議の出席者に矢継ぎ早に質問を繰り出したが、疑問に答えられる者はいなかった。
 
 下河原は事態収拾の陣頭指揮をとった。警察庁長官に命じて、警察の捜査を遅らせた。「白蛇島に毒ガスが充満している」とニセの情報を流しただけで、だれも寄り付こうとはしなかった。その間に、島内の研究所と洞窟を爆破し、研究と殺戮の痕跡を消した。20体に及ぶ遺体は船で運び出し、別の場所に移した。

 潜水艦の接近を許した件で、防衛大臣を叱責しているさ中、驚愕の情報がもたらされた。民警団のメンバーが、大神由希と伊藤楓を白蛇島で目撃したという報告が上がってきたのだ。
 「大神がいたのか、伊藤楓と共に」。下河原は体をわなわなと震わせた。鬼のような形相になり、それを見た大臣たちはたじろいだ。
 側近の官房長官は知っていた。「大神由希」という言葉が出ると、下河原総理の顔つきが一段と険しくなることを。「孤高の党」の前身「孤高の会」の当時から、大神には痛い目に遭わされていたからだ。

 官房長官は言われる前に口火を切った。「どこから『虹』や大神に情報が漏れたのか早急に調べます。『東京湾Fプロジェクト』は総理の直轄案件であり、極秘中の極秘事項。官邸には関係する資料は一切ありません」
 この発言で、下河原は「東京湾Fプロジェクト」の資料一式が今会議をしている総理執務室に保管されていることにようやく気付いた。「ここに置いてあった資料を見た奴がいたのか」。下河原は声に出さずに頭を巡らせた。

抵抗組織「虹」になぜ極秘情報が漏れたのか

 1人の名前が思い浮かんだ。
 河野進。大神と伊藤楓とも結びつく。河野は白蛇島で「虹」のメンバーに撃たれて大けがをしたという報告がさきほどあった。
 「ところで河野は何をしに島に行ったのだ。誰に撃たれたのだ」。防衛大臣に唐突に聞いた。
 「なぜ河野がいたのかさっぱりわかりません。河野は総理直属の宣伝・広報担当なので、私は必要な時以外、話したこともありません。誰に撃たれたかについては、『虹』の武装メンバーだとしか今のところわかりません。一発で手首を撃ち抜いているので相当腕のたつ狙撃手だと思われます」
 
 会議の出席者は誰もが、総理執務室のずさんな資料管理と、河野を重用したことに批判的な考えを持っていて、大臣同士よく話題にしてきた。だが、下河原の目の前ではストレートに言えなかった。総理批判は、そのまま懲罰と左遷、最悪のケースでは、死が待ち受けていることを知っているからだ。

 下河原は自分に責任があることにようやく気付き、話題を変えた。
 「前代未聞の事件が相次いで起きた。頭が混乱して収拾がつかん。特に鮫島の爆死は痛い。心底気持ちの悪い奴だったがミサイル開発では余人をもって代えがたい人材だった。お前らの代わりはなんぼでもいるが、鮫島の代わりはいない。核ミサイルの開発が滞ったらどうするんだ。今後の計画に大きな支障をきたす。すぐに世界中から天才科学者を探して連れてこい。報酬はいくらでも出すと言っとけ」
 
 「わかりました」。官房長官が答えた。「ところでマスコミへの発表の件ですが、潜水艦の侵入については、自衛隊がすでに活動し、マスコミが騒ぎ出していることもあり発表します。鮫島特別顧問が死んだことについても発表せざるを得ないと考えます。死因についてはどうしましょうか。『北方独国』からの一撃で爆死したとそのまま発表していいものかどうか」
 「ばかやろう。我が国の信用失墜だ。仕返しを望む声を無視できなくなる。戦争になるぞ。今はまだ戦争に入る準備はできていない。国民を刺激しすぎるな。病死でいい。病死で発表しろ」

 午前10時、緊急の記者会見が開かれた。
 防衛大臣が慌てた様子で登壇すると早口で話し始めた。
 「昨日夜、東京湾のすぐ沖に他国の潜水艦が入り込みました。そしてミサイルを数発発射しました。その非常事態を察知して、自衛隊が陸と空からスクランブルをかけて追跡しましたが、見失いました。最新鋭の敵潜水艦が近海に入り込むことを許すという失態を犯したことは誠に由々しきことであります」
 「潜水艦はどこの国のものですか」
 「『北方独国』の潜水艦だと見ております」
 「ミサイルはどこに打ち込まれたのでしょうか」
 「白蛇島です」
 「狙いはなんだったのでしょうか」
 「確認中ですが、数発撃ち込まれ、島にあった施設が破壊されました」
 「施設とは?」
 「研究所です」

 「東京湾近辺まで入り込んだということは、東京都心が狙われたら甚大な被害を被っていたということですね。一体日本の防衛はどうなっているのですか」
 「このような事態を招いたことに大臣として責任を感じております」
 「『北方独国』はミサイル発射を認めているのですか」
 「現状、認めていません」
 「どうして『北方独国』の潜水艦と確認できたのか」
 「自衛隊による調査です。詳しくは言えません」
 「対抗処置は?」
 「厳重に抗議しました。我々としてはいつでも戦闘状態に入れるように、万全の態勢を組みます」

「失態」に珍しく厳しい質問が相次いだ

 「戦争に突入するのか」
 「同盟国と連携して対応していきます」
 「そもそも白蛇島にあった施設ではなにを研究していたのですか。『孤高の党』が政権を握って以後、島を立入禁止にしましたよね」
 「島は確かに立入禁止にしました。研究内容は国家の極秘事項になるので申し上げられません」
 「研究所ということは人がいたんですね。死傷者はいなかったのですか」
 「現在、調査中です。とにかく研究所は破壊されました。警察が通報を受けて向かったのですが、到着寸前にすべてが破壊されました。詳しい状況はわかり次第発表します」。研究所を破壊したのは、民警団だった。島で行われていたことを隠蔽するためだったが、すべてを「北方独国」のしわざとした。

 「こうした事態を招いた責任はどうやってとるんですか」
 「全責任は私にあります。今は事態の把握と考えられる危機への対応に全力を挙げてまいります」。「防衛大臣は責任をとって辞任しろ」と会見直前に下河原総理に言われていた。
 
 防衛大臣が退席すると同時に官房長官がマイクを握った。
 「今日はいろいろと重なりますが、悲報をお届けしなければなりません」
 会見場が静まり返った。
 「内閣府特別顧問兼国家安全保障局長の鮫島さんがお亡くなりになりました。有能な方で、下河原総理の右腕として日本の防衛分野で目覚ましい活躍をされていましたが、まことに残念です」
 会見場が騒然となった。防衛についての第一人者。北海道へのミサイル攻撃の対応を任されていた鮫島が死去した。
 「死因はなんですか」
 「かねてから難病を患っておりました。仮面を被っていたのはそのためです」
 「難病とは」
 「プライバシーにかかわることなので、ここでは控えさせていただきます」
 会見は打ち切りになった。記者たちは、速報用の原稿を一斉に打ち始めた。書き込む記事は多く、キーボードを強く競うように叩く音が会見場に響き渡った。
 
 下河原は防衛大臣による記者会見の模様を映像でチェックした後、官房長官、外務大臣、警察庁長官と個別に今後の対応について話し合った。

 一段落が就いた後、下河原はスピード・アップ社取締役の岸岡を執務室に呼んだ。
 「島に上陸した『虹』グループの中に大神がいたらしいぞ。大神をマークする、任せてくださいとか言っていながら、なんだこのざまは」。下河原は不機嫌そうに言った。
 「申し訳ありません。大神と伊藤楓が永野弁護士の仲介で日本庭園で会ったところまでは追跡できていたのですが、いざ捉える寸前で、秘密の抜け穴を通って逃げられました」
 「2人はそこで会い、その後、白蛇島に行った。『東京湾Fプロジェクト』の資料はこの部屋だけで保管していたものだ。河野か伊藤が資料を読み、大神に伝えたんだ。そして『虹』のメンバーを加えて島を急襲した。俺はそう睨んでいる。全く油断も隙もない」
 「河野さんは大けがを負ったようですね」
 「そうだ。河野は撃ち合いの中で、抵抗勢力の1人に手首を吹っ飛ばされた。もう、使い物にならん。もともとたいした奴ではなかった。河野をそばに置いたのは、マスコミ対策であり、いつでも大神を始末できると思ったからだ。だが、優柔不断で詰めの甘い奴だった。あいつはクビだ。岸岡、お前が河野の代わりをやれ。社長になって、政権の広報・宣伝担当に就任するんだ。俺に絶対服従を誓え」
 「もちろんです。下河原閣下が永久的に日本、いや世界の盟主になるまで尽くします。河野さんはどうしましょうか」

 「あんな奴はもうどうなってもいい。使い物にならないのだからな。お前に任せる。殺してしまってもいいぞ」
 「河野さんが社長更迭になりさらに殺害されたとなると、社員に動揺が走ります。騒ぎ出す奴がでてきます。スピード・アップ社は政府系と世間では言われており、あらぬ憶測が広がります。しばらくは顧問という肩書で残ってもらいます。よろしいでしょうか」

 「任せる。おかしな行動をしたら殺せ。国家機密の情報にも触れて来たからな。河野などどうでもいい。問題は大神だ。本当に目障りな奴だ。あいつは有能なジャーナリストとして、知識人だけでなく一般にも広く知られて人気がある。これ以上、放ってはおけない」
 「伊藤楓も行方がつかめなくなりましたが、大方の目安はついております。永野弁護士と夫である民自党の田島代議士をマークしていきます」

 「とにかく大神をなにがなんでも捕まえろ」。下河原の顔つきが再び険しくなった。

(次回は、■国家機密が漏洩していた?)

                                         ★      ★       ★

小説「暗黒報道」目次と登場人物           
目次
プロローグ
第一章 大惨事
第二章 報道弾圧
第三章 ミサイル大爆発 
第四章 孤島上陸
第五章 暗号解読 
第六章 戦争勃発 
第七章 最終決戦
エピローグ

主な登場人物
大神由希 
主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。
下河原信玄 
内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。
後藤田武士 
国民自警防衛団(民警団)会長、元大手不動産会社社長。大神の天敵。

★朝夕デジタル新聞社関係者
橋詰 圭一郎 
東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。
井上 諒   
東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。
興梠 守   
警察庁担当キャップ。

★大神由希周辺の人物
河野 進
「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。
岸岡 雄一
「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。
伊藤 楓
インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。
鏑木 亘
警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。
永野洋子
弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。
田島速人
永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。

★下河原総理大臣周辺の人物
蓮見忠一
内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。        
鮫島 次郎
内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。
江島健一
民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。
香月照男
民警団員。精鋭部隊入りを目指している。
★事件関係者
水本夏樹
スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。
水本セイラ
水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。


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