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暗黒報道IFストーリー 56 第7章 最終決戦■海外出張で核心に迫る
■政治家としての信念
大神は出頭して取り調べを受けた後、朝夕デジタル新聞社に戻った。立候補の会見まであと10日しかなかった。取材は、北海道へのミサイル着弾をめぐる疑惑に絞った。
防衛省、外務省の取材先、政治家にあたったが内実を知らなかったり、口が堅かったりで成果は乏しかった。
下河原総理が「ノース大連邦」側と軍事同盟締結など密約を交わした時の通訳、関東外国語大学の竹島教授の妻、冬子にも会ってみようと思い、2か月ぶりに自宅を訪ねた。昼前に、事前に連絡もせずに直接行ったのだが、家の前について驚いた。
「売り家」になっていたのだ。
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「夫は白蛇島に連れて行かれて殺された」と冬子は言っていた。冬子の身にもなにかが起きたのか。嫌な予感がした。すぐに冬子の携帯に電話したがでなかった。連絡をくれるようにメールで伝言を入れた。発信者が大神で間違いないと思ってもらうように、以前2人で会話した内容を盛り込んだ。
しばらくして返事が来た。
冬子は、この日夕方の便で「ウエスト合衆国」に行くことにしており、昨日から成田空港近くのホテルに泊まっていた。大神は詳しい事情を聞かないまま、ホテルに向かった。狭い部屋で冬子と向き合った。
大神の取材を受けた後、冬子の周辺でさまざまな動きがあった。
竹島教授の後を継いで、7月に政府と「ノース大連邦」関係者との通訳を担当したのは、竹島の大学での教え子の霧島卓だった。
霧島は大学院を卒業した後も就職せずに大学に残り、竹島の研究を補佐しながら、独自に「ノース大連邦」の中世の歴史を研究していた。しかし、通訳しながら、交渉の内容が現実離れしていたことにたびたび驚かされた。北海道のミサイル着弾についての交渉にもあたった。内容に疑問を持って竹島教授に相談したが、「国家機密を扱う仕事なんだ。守秘義務は守らなければならない」と忠告された。その後、竹島教授が行方不明になったことを、冬子から聞かされた。不安な気持ちのまま研究活動を続けていた。そして、『ノース大連邦』の外務大臣が来日。その時にも声がかかって通訳を担当した。
霧島は通訳を辞めることにした。しかし、政権側が黙っているはずはない。「極秘事項」に触れてきただけに竹島と同じ運命をたどる可能性がある。霧島は妻と子供1人を連れて密かに日本を脱出して、「ウエスト合衆国」に渡った。その後、外務省に連絡して、通訳の辞退を申し入れた。家族ぐるみの付き合いだった冬子も霧島家族の後を追って「ウエスト合衆国」に渡ることにしたのだった。
「霧島君は極めて優秀で、性格がまっすぐなんです。外交交渉の内容にショックを受けてしまって耐えられなくなった。通訳しながら震えていたらしい」
「いつ、『ウエスト合衆国』に行かれたのですか」
「大神さんがうちに取材に来た直後だった。雪が降った日だった」
「霧島さんにお会いして伺いたいことがあるのです。『ウエスト合衆国』のどこへ行かれたのですか」
「それは知らないし言えない。極秘なのよ。私も『ウエスト合衆国』に行ってから連絡し合って合流する予定なの」
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「私も『ウエスト合衆国』に行ってもいいですか。真相を知りたいのです」
「えっ。メールとか電話ではだめなの?」。冬子は驚いたように聞き返した。
「霧島さんとは一度もお会いしていない。電話とかメールで突然話しても断られるだけです。直接お会いしてこちらの取材目的を明確に話さなければわかってもらえません。真相解明のためならばどこへでも行きます。たとえ月にでも。お会いするだけでも結構です。その上でやっぱり話せないとなったら諦めます」
「わかったわ、霧島君に連絡してみる」
大神はいったん部屋から出て、ホテルのロビーで連絡を待った。30分ぐらいして、大神の携帯に連絡があり、部屋に戻った。
「霧島君は、大神さんが『ウエスト合衆国』まで行くと言ったらとても驚いていた。最初は嫌がっていたけど、『ノース大連邦』との密約問題をきっちりと取材して記事にした誠実な記者だと言ったら会うって言ってくれた。西海岸のホテルまで来てくださいって。空港に着いたら連絡して欲しいって言っている。下河原陣営にマークされているから、相当神経を使っている」
「わかりました。お話を伺えるなら、どのようなことでも応じます」
大神は「ウエスト合衆国」の西海岸に渡航し、霧島に会った。そして、北海道へのミサイル攻撃の内実を聞いた。さらに、「ノース大連邦」との交渉の中で、次は「北方独国」と衝突することを申し合わせたことも聞き出した。
大神が日本に帰国したのは記者会見の5日前だった。
「ノース大連邦」に批判的な論調を展開している「ノース大連邦」の独立系のメディアの編集長に、朝夕デジタル新聞社の外報部の先輩の紹介で会った。独立系メディアは、政府からの弾圧を避けて国外の各地に拠点を移している。日本にも支社を置いていた。「ノース大連邦」の内情に詳しく、人脈のつながりも続いていた。
編集長によると、北海道へのミサイル着弾について日本では厳重な秘密が保たれているが、「ノース大連邦」の海軍の幹部の間では、「日本のトップに頼まれて何発かミサイルを撃ち込んだ」という話が当たり前のようにされているという。オホーツク海を通過した原子力潜水艦がミサイルを発射したという。
拘置所の岸岡にも再び会った。「ノース大連邦」について聞いているかどうかを確認した。秘密漏洩にあたるということで岸岡の口は堅かった。
「記事にするか会見の場で公表するかはわからないけど、私の言っていることに誤りがあれば、『間違っている』とだけ言ってくれればいい。正しければ、黙っていてくれればいい」。そして、北海道へのミサイル着弾と、「北方独国」との衝突について取材した情報を話した。岸岡は何も言わずに黙っていた。裏取りは多ければ多いほどいい。大神は「ありがとう」と言った。
別れ際に岸岡は言った。
「大神さんの取材力はすごい。感心します。私は報道に身を置いていましたが、報道の世界で生きていくのは止めにします。かなうはずのない人が目の前にいたら、やっていられません」。岸岡はこの時すでに水本セイラからの誘いを快諾していたのだった。
大神は朝夕デジタル新聞社で社会部長とデスクに会った。海外での取材の内容を説明し、独立系メディアと岸岡に会った時のことも話した。
部長は言った。
「この件ではすでに社会部として取材の蓄積がある。これからは記事を掲載する方向で詰めの作業にはいる。うちの記者に裏を取らせる。外務省、防衛省、自衛隊にそれぞれシンパがいる。そこで確認した上で総理にもあててから記事にする」。密約疑惑の時と同じだった。国家が関わった謀略を記事化するには、日本国内でのさらなる追加取材が必要だった。
「了解です。裏取りに時間をかける。当然のことだと思います。ただ、私は現時点で北海道へのミサイル着弾については下河原総理による自作自演であるという点について間違いないと思っています。私は政治家として、この問題を公にして追及していきます」と大神は言った。
「大神は間もなく政治家としての第一歩を踏み出す。政治家としての信念に基づいての行動、発言については、私たちがとやかく言うものではない。自己責任でやってくれ」と社会部長は言った。
バタバタの中で、大神は首相公選の記者会見になだれ込んだ。
(次回は、■会見で爆弾発言)