暗黒報道㊵第四章 孤島上陸
■国家機密が漏洩していた?
防衛大臣と官房長官による記者会見が行われた後、地下組織「虹」で最高戦略会議が再開された。記者会見の模様は幹部全員がテレビやネットの情報で承知していた。
出席者が口々に意見を言った。
「鮫島の死亡について認めたな」「明日は国会の予算委員会が開かれる。さすがに鮫島の死を隠したままにはできなかったのだろう」
「だが、難病による病死としていた。なぜか」「『北方独国』の潜水艦が東京湾近くまで来ているだけでも、日本政府の面目は丸つぶれなのに、ミサイル攻撃によって、鮫島が殺されたとなると大変な騒ぎになる。政府への不信感が最高潮に達してしまう。それを恐れて、病死ということで収めようとしたのではないか」
「『北方独国』はずっと鮫島の行動確認していて、白蛇島にいることをキャッチして近づいたとしか思えない。そしてターゲットが岸壁に現れたところを狙って、ミサイルを発射した」
「『北方独国』も相当しつこいな。しかも人ひとりを殺害するのにミサイルをぶっ放すとは」
「鮫島の頭の中には『北方独国』軍事情報のすべてがインプットされているわけだから、生かしておくわけにはいかなかったのだろう」
「軍事情報は日本政府に雇われた時に、防衛省、自衛隊にはすべて報告しているはずだ。『北方独国』としては、見せしめの意味合いがあったのではないか。最大限に厚遇したのに勝手に逃げ出した鮫島は、トップの顔を潰した裏切り者。悲惨な末路を世に示すことが大事だったのだろう」「トップの指示かもしれない。あの国はトップの意向がすべてを決めるからな」
「我々の情報ではミサイルは1発だったはずだ。防衛大臣の発表は数発になっていた」
「研究所などを跡形もなくしたのは政府の指示だ。島での大量虐殺についての証拠を消し去ったのだ。民警団メンバーが避難した後、自爆装置を使って爆破させた。それもすべて『北方独国』のせいにしようとしている。政府が混乱している様子が手にとるようにわかる」
その時だ。
会議メンバーの1人で、パソコンを覗いていた男が声を上げた。
「この映像はなんだ。岸壁が破壊されている映像がネットにあがったぞ。世界中ですごい勢いで検索されている」
潜水艦側から撮影されたと思われる映像が映っていた。岩壁の上に携帯式武器を持った紺色仮面を被った男が立っている。鮫島だ。その岸壁を狙ってミサイルが発射された。爆発した岩。鮫島がバラバラになって海に転げ落ちていった。
「『北方独国』が複数のドローンで撮影した動画のようだな。日本政府が会見で『鮫島は難病で亡くなった』と発表したことを受けて、この動画を流したのではないか。ミサイルで殺害したという点については譲れなかったのだろう。研究所爆破は濡れ衣のはずだが、その点は無視している。日本政府はどうでるのか。これも捏造だと否定するのか」
この動画は世界中の注目を浴びた。日本での再生件数だけでも5千万を超えた。このままのペースでいけば、1億に達するのは時間の問題だった。だが、テレビ局は「政府の公式発表は病死だ。生成AIによるフェイク画像の可能性がある」として、ニュースで取り上げることはしなかった。
記者クラブからの要請で政府の会見が開かれた。今度は下河原総理が登壇した。
「鮫島内閣府特別顧問が殺害される瞬間の映像はフェイクなのか。さきほど官房長官は、病気で亡くなったと発表しているが」。幹事社が単刀直入に聞いた。
「『北方独国』の潜水艦が東京湾近くに入って来たことは発表した通りだが、発射されたミサイルで鮫島特別顧問が爆殺された。この点についてはたった今、確認がとれた。有能な鮫島氏が殺されたことは誠に由々しきことだ」
「鮫島内閣府特別顧問は難病で亡くなったのではないのか。官房長官はそう発表していた」
「いろいろな情報が錯綜して、誤った情報を提供してしまった。この点についてはお詫びする。今、私が言ったことが正しい」。下河原総理がお詫びして頭を下げるのは初めてのことだった。顔が紅潮していた。続けて言った。「北海道でのミサイル攻撃、東京湾近くでのミサイル攻撃と相次ぎ、日本は今、危機的な状況にある。最高度の防衛態勢をとるように指示した」
「再度の確認だが、鮫島氏がミサイルで殺された瞬間の衝撃的な映像は事実ということでいいのか」
「本物か、捏造されたものかは今、専門家が解析している。鮫島特別顧問は白蛇島にいてミサイルで爆死した。確認ができたのはそれだけだ。断じて許すことのできない暴挙だ」
「なぜ、鮫島氏が白蛇島にいたのか?」
「個人的な研究所があった。公務がない時はそこで研究活動をしていた」
「『北方独国』はなぜ、鮫島氏が島にいたことを知っていたのか。それとも、研究所を爆破した際に、鮫島氏はたまたま巻き込まれたのか」
「そんなことはわからん。『北方独国』のトップに聞いてくれ」
「北海道へのミサイル攻撃との関連は。北海道のミサイル着弾も、『北方独国』の潜水艦からだったのではないか」
「その点についてはノーコメントだ。いずれにしても、今後あるかもしれない攻撃に備え、迎撃態勢にはいった。同盟国とも綿密な協議を進めている。なお、防衛大臣は今回の件で責任を感じたのだろう、辞表を提出してきたので受理した。以上だ」
下河原は早口でそう言うと、会見場から出て行った。
翌日、国会の予算委員会が開かれた。鮫島特別顧問の冥福を祈って全員で黙とうした後、質疑に入った。野党「民自党」の副代表、田島速人が質問に立ち、いきなり白蛇島で起きたことについて切り出した。
「鮫島特別顧問があの島で一体、なにを研究していたのか。潜水艦がまるでクジラのように東京湾の近くにまで入ってきて鮫島氏を狙い撃ちにした。なぜ狙われたのか。状況の詳しい説明を求める。さらに鮫島氏の明かされていない経歴について、総理、あなたは重大なことをひた隠しにしていないか。国民に知らせるべき情報をもみ消していないか。説明責任を果たしてください」
鮫島が「北方独国」に雇われて、ミサイル開発に携わったという経歴は政界関係者には周知の事実だが、国民には伏せられていた。鮫島を個人的に知っていた知人らの口コミで徐々にその経歴が広がり、「都市伝説」として酒の席などで語られるようになっていた。
田島の鋭い質問に下河原総理は厳しい顔をしてマイクの前に立った。
「現在、詳しい状況について、防衛省と自衛隊、警察が合同で調査しているところであります。潜水艦が東京湾近くに侵入してきたことで、国民の皆様を不安な気持ちにさせてしまった。大いに責任を感じております。調査結果を見て関係者の処分を行うと同時に、二度とこのようなことが起きないようにいたします。鮫島氏は若いころから天才の名をほしいままにし、世界各地をまわられ、研さんを積んでこられました。日本におけるミサイル開発の第一人者であり、特別顧問としての業務とは別に、独自の研究活動に邁進されておりました。白蛇島での研究活動もその一つです。経歴とその活動について問題になることはありません」
「総理は常々、防衛力を強化していると言われてきたが、今回の醜態はどうしたことか。責任をとって総理を辞める気はないのか」
「最新鋭の小型潜水艦がレーダーの網をかいくぐって潜入してきた。盲点を突かれた格好だ。防衛力を抜本的に見直していく。野党のみなさんにも協力をお願いしたい。総理大臣を辞職する気はありません」
「白蛇島では、研究所以外にも別の目的を持った施設があったという情報がわが党に寄せられてきている。説明してほしい」。田島は妻の弁護士永野洋子を介して、大神から最新の情報を得ていた。
「施設は研究所だけです」
「多くの遺体が山積みされていたという情報がネットで流れているが本当か」。田島が切り込むと、「おー」とどよめきが起きた。誰もが確認したい情報だった。しかし、裏の取れていないネット情報を国会の委員会の場で質問していいのか。議員の誰もが悩むところだったが、田島はさらっと言ってのけた。
遺体の山積みについて、予算委員会が始まる直前にネットに流したのは、井上と大神だった。ただ、実際に目撃した2人は、遺体が折り重なった冷凍庫の様子を動画にも写真にも撮っていなかった。あまりの恐怖とおぞましさで記者という職業をその瞬間、忘れてしまっていたのだ。「動画はないのか」という「虹」のリーダーの当たり前の問いに、2人は一瞬ぽかんとしてしまった。そして井上は言った。
「一生の不覚です」
遺体はすべて大神らが白蛇島を去った直後に別の場所に移された。実際の動画や写真がなければ、「人形ではないのか」と言われたらそれまでだった。ニュースは、ストレートではなくオブラートに包んだ表現にしてネットで流したが、それでも反響は予想を超えて大きかった。
「それは誤報です。フェイクです」。下河原は打ち消しに必死だった。
「総理の発言は信じられない。国会として白蛇島を視察する。現地調査をするので許可を出してほしい。よろしいですね」
「ミサイル爆破があったばかりで、現場は大変危険な状態です。警察など関係機関による現場検証も続いている。白蛇島は第二次世界大戦時の戦争遺跡が今も残る貴重な島であり、今後は、歴史観光の島として国立公園にします。なるべく早く整地して、みなさんの視察を受け入れたい」
この後、田島はマスコミ規制法による弾圧、マスコミ関係者の行方が不明になっていることを取り上げ、追及したが、下河原はのらりくらりとかわした。
地下組織「虹」では、大神が白蛇島の研究所から持ち帰ったノートパソコンに保存されていた文書の解読が進んでいた。機密文書だけに何重にもロックされているはずだったが、白蛇島ということで鮫島も油断したのか、ロックが解除されたままでしかも暗号化されていない文章が見つかった。
近隣諸国に侵攻して戦争を起こし、日本からも批判された「ノース大連邦」と「孤高の党」との交渉記録だった。「孤高の党」の下河原が、「ノース大連邦」の大統領や側近と密接に連絡を取り合っている様子が記されていた。鮫島は下河原の側近として交渉の場に立ち会い、記録に残した。
この時期は、まだ民自党政権下で、「ノース大連邦」に対して、日本は同盟国側と歩調を合わせ、厳しい経済制裁を科していた。そのような状況下で、巨額な資金が「ノース大連邦」から下河原側に流れ込んでいた。代わりに、日本の政策決定に関する機密情報が伝えられていた。さらに、「孤高の党」が政権を握った暁には、「ノース大連邦」から多量の兵器を購入するという密約まで交わされていた。
そして、「孤高の党」は今年春の総選挙で政権を握り、一気に関係が深まっていった。選挙でもさまざまな支援をした「ノース大連邦」の先行投資は成功したのだ。
「政権を握る前から、水面下で侵略国家と手を結んでいたとは」
「同盟国への裏切り行為であり、『ウエスト合衆国』も黙っていないだろう。このデータは政権をひっくり返すきっかけになるかもしれない」
「虹」のメンバーが口々に言った。
だが、暗号化されておらずに読むことができた文章は、全体のごく一部だった。暗号そのものの解読は容易ではなかった。
この時点では、疑惑の全体像をつかむまでには至らなかった。
(次回は、■「幸福公園」の片隅で)
★ ★ ★
小説「暗黒報道」目次と登場人物
目次
プロローグ
第一章 大惨事
第二章 報道弾圧
第三章 ミサイル大爆発
第四章 孤島上陸
第五章 暗号解読
第六章 戦争勃発
第七章 最終決戦
エピローグ
主な登場人物
・大神由希
主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。
・下河原信玄
内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。
・後藤田武士
国民自警防衛団(民警団)会長、元大手不動産会社社長。大神の天敵。
★朝夕デジタル新聞社関係者
・橋詰 圭一郎
東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。
・井上 諒
東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。
・興梠 守
警察庁担当キャップ。
★大神由希周辺の人物
・河野 進
「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。
・岸岡 雄一
「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。
・伊藤 楓
インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。
・鏑木 亘
警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。
・永野洋子
弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。
・田島速人
永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。
★下河原総理大臣周辺の人物
・蓮見忠一
内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。
・鮫島 次郎
内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。
・江島健一
民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。
・香月照男
民警団員。精鋭部隊入りを目指している。
★事件関係者
・水本夏樹
スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。
・水本セイラ
水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。