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暗黒報道⑳第三章 巡航ミサイル大爆発                      

■大神の元カレは内閣府顧問


 マスコミ規制法が10月10日午後の国会で、野党の猛反対を押し切って成立した。世界で増え続ける専制国家における報道機関への対応を参考にして作られた。いざ、戦争状態になり、非常事態宣言や戒厳令が発令された時の報道の在り方まで細かく盛り込まれている。明日、下河原総理大臣による記者会見が組まれた。ここで何を語るのか国民の注目が集まった。
 
 インターネット報道会社、スピード・アップ社社長、河野進は、霞が関の中心に聳え立つビルの10階にある本社の社長室で、総理大臣の会見原稿の作成に追われていた。河野は、「孤高の党」の広報・宣伝を担当している。
 
 スピード・アップ社は、「孤高の党」が政権を握る前の「孤高の会」の時代は朝夕デジタル新聞、全日本テレビのグループ企業の1つとして、「孤高の会」と対峙し、水面下の不正を厳しく質してきた。だがその後、広告収入が伸びず経営に行き詰まり倒産寸前に追い込まれた。そんな時、4月に政権についた「孤高の党」が広報・宣伝を専門に担う企業を募集しているのを知り、ためしに応募してみた。

 スピード・アップ社でバイトとして働いている「IT業界の天才」として知られた岸岡雄一が独自に開発したシステムが、「孤高の党」の宣伝担当大臣の目に留まった。ネットを通して瞬時に世界中に宣伝PRできる上に、世論操作にも効果があるという触れ込みで、大手広告代理店や通信事業者など10社が参加したコンペを勝ち抜いて採用され、政府との間で契約が結ばれた。社長の河野には内閣府顧問という肩書がいきなりつき、広報・宣伝担当として下河原総理にいつでも面会できるパスを持つことになった。

弱小のネット報道社長河野はいきなり内閣府顧問に就任した


 「孤高の党」側は、スピード・アップ社が過去、敵対勢力の1つであったという事情を承知した上で採用した。河野が内閣府顧問になった後も、スピード・アップ社に掲載される記事の中には、政権を批判する内容もあった。だが、下河原総理は、記事の内容については河野に何も言わなかった。もともと、「孤高の党」は報道機関から批判されることでかえって支持率を伸ばしてきた経緯がある。

 「孤高の党」からは毎月2000万円が振り込まれ、案件ごとにさらに1000万単位の金が振り込まれていた。これだけの資金で、ごく小規模なスピード・アップ社は経営難から脱出することができたばかりか、相当な余裕ができた。

 河野は大神の1歳年上。同じ大学でマスコミ研究会に所属していた。大学時代から大神に想いを寄せていた。大神は当時から髪が長く、きりっとした顔立ちで、どこか東南アジア系のエキゾチックな雰囲気を漂わせていた。明るく前向きで、活発に動き回り、大学2年の時にはマスコミ研究会でもリーダー格になっていた。

 河野は卒業後、ネット業界に身を投じ、サクランボ農園を経営する親から資金を借りて、スピード・アップ社を設立して代表になった。1年後、大神は「朝夕デジタル新聞社」に入社、別々の報道機関で働くようになった。河野は大神に何度もプロポーズしたが、大神は「時期尚早」と言って返事を引き延ばしていた。長い交際期間を経て、2人は婚約した。

 だが、その後、河野が「孤高の党」の広報・宣伝担当になったことを知った大神は強く反対した。
 「危険な政権の懐の中に入るなんて信じられない。前身の『孤高の会』は、残虐な殺人事件や不正な金集めを続けてきた組織だったのよ。しかもそれを暴いてきたのが私たちだったのに」
 「これも経営のためだ。会社は、報道部門と経営戦略部門の2つの法人に分けた。ネットニュース報道会社は引き続き政権批判も含めた報道を続ける。経営戦略会社は、政権の広報・宣伝活動を担当する。全く別の役割を果たしていくんだ。経営と報道の分離だ。ネットの社会では可能だと判断した。資金的に余裕ができる。政権内部で何が起きているかもわかる。それを報道でも生かしていけばいい。調査報道もどんどんやればいい。内閣府顧問という肩書には正直、びっくりしたけどこれで、結婚後も安定した生活が送れる。由希も喜んでくれると思っていた」

 会社を2つに分けたと言っても登記上そうしただけで、事務所は1つで社長は河野。大半の社員は両社を兼務し、机の配置も混在していた。
 「政権との癒着以外のなにものでもない。報道機関のあるべき姿からはずれている」
 「時代は変わっているんだ。今のメディアは行政機関や、政治家グループと提携しているところが増えている。せっかくつかんだチャンスなんだ。理解してくれよ」
 「マスコミ規制法の制定をもくろんでいるところよ。報道機関を敵視しているのよ」
 「はっきり言おう。由希はマークされているんだ。いつどんな目に遭うかもしれない。俺が政権側にいれば、いざと言う時になんとか窮地を救えるかもしれないじゃないか」
 「そんなダブルスタンダードはおかしすぎる。私は納得できない」。議論は平行線だった。スピード・アップ社は下河原政権の広報・宣伝を担当することが決まった時、河野の判断で、朝夕デジタル新聞社のグループから脱退した。河野と大神の間の関係もぎくしゃくしてけんかばかりするようになった。

 大神は、プライベートの生活と仕事を分けて考えようとした。しかし、2人の間に決定的な亀裂を生む出来事が起きた。
 6月初め、大神がマンションに帰宅すると、河野が来ていて、パソコンの前に座っていた。マスコミ関係者のリストを作成していた。権力側に批判的で、かつ影響力のある報道記者やフリーのジャーナリストをピックアップしていたのだ。
 
 「どういうことなの」。問い質す大神に対して、「総理からの指示なんだ。これも仕事だ」と河野は平然と言った。
 「まさか、実績豊富なジャーナリストばかりじゃない。しかも権力に対して厳しい視点で記事を書いたり、番組を作ったりしている人たちだよね。言い換えれば、今の権力側が弾圧の対象にしようという人たちよ。そんなリスト作りを仕事として請け負ってどういうつもりなの」

 「いま、内閣府が中心になって『ターゲット・リスト』を作成しているんだ。有識者の氏名と住所、連絡先、家族構成、出版物、ネットでの発言内容が書かれている。報道機関のリスト作成責任者は数人いて、俺もその1人に任命された。総理から直に指名されたんだ。特別報酬も出る。言われたことはやる。当然のことだ」
 
 朝夕デジタル新聞社社会部の井上デスク、橋詰記者の名前まで書かれていた。2人の氏名の間の行が空白になっていた。
 「この空白部分は、『大神由希』の指定席だ。君は総理からマークされているナンバー1のジャーナリストだ。これまでの活躍ぶりからすれば、リストの一番上に記載されてもいいぐらいの存在だ。その名前を書かなかったら、俺がリスト作りに手心を加えたことになる。ある意味、大神由希の名前をリストに載せるかどうかを総理は見ているんだ。俺は試されているんだ」
 「それでどうするの?」
 「書くことはもちろん抵抗はあるさ。でも、君の名前を記入して提出する。仕方がないだろう。仕事なんだから。こんなことで会社の経営が危うくなったらどうしようもない」


婚約者は、ターゲット・リストに大神の名前を書きこんだ

 「こんなことって。相手は狙いを定めてなんでもやってくるのよ。つい最近、記者が襲われた事件が起きたことを知っているでしょ。権力側の陰謀ではないかという説も流れている」
 「それはいくらなんでも大袈裟だ。権力側の陰謀だなんて。考えすぎだ」
 
 信じられない気持ちで河野を見た。一体、この人の中で、何が起きているのか。記者として切れ味の鋭い人とはいえないが、まじめな正義感のある人だった。大神が取材で追い詰められた時にはいつも話を聞いてくれて助けてくれた。学生時代に付き合っていた社会人がⅮⅤ男で精神的、身体的に深く傷ついたことがあり、そんな時に慰めてくれた心のやさしい人だった。

 それなのに政府の宣伝機関の一員になった直後から豹変してしまった。人格自体が変わってしまったようだ。なにかというと金と言う。経営の安定が最優先事項になってしまった。最高権力者の側近気取りで力を持った人間になったと勘違いしているような素振りも時々見られるようになった。
 「おかしいよ、間違っているよ」と何度言っても「会社経営のためだ」と聞く耳を持たなかった。
 大神の方から婚約を破棄した。7月初めのことだった。

 河野は、総理の会見の冒頭発言の原稿と、「一問一答」の下書きを3時間かけて書き上げた。マスコミ規制法については、法律の説明のほか、7項目の通達事項について具体的な事例を挙げながら詳しく書きこんだ。
 下河原にメールで送った後に印刷した。たまたまスピード・アップ社報道局の机でニュース原稿を書いていた編集局の記者、伊藤楓に「今から総理のところにいくけど、付いてくるか」と声をかけた。伊藤楓は大阪の毒物混入事件を現場で取材して1週間で戻ってきていた。

 楓の父、伊藤青磁は、「孤高の党」が政権を取る前の「孤高の会」をスポンサーとして支えた時期があった。だが、シンクタンクを装った殺人組織だった日本防衛戦略研究所(防衛戦略研)のトップ、後藤田武士によって惨殺された。「防衛戦略研」の実態を知り反発したことが、後藤田の怒りを買ったのだった。当時、「孤高の会」の副代表を務めていたのが下河原だった。

伊藤楓は大神に憧れて報道記者になった。

 その経緯については河野もよく知っていた。楓は、父親が殺害されて失意のどん底にあった学生時代、遺族取材にやってきた大神由希の溌剌としながらも優しい心配りをしてくれる姿に憧れて報道記者を志した。特にインターネットの世界での報道の可能性に興味をもっていた。父の莫大な遺産を母と共に受け継いだが、経営には興味がなかった。大学を卒業した去年4月、大神に河野の会社を紹介された。
 楓が入社してから記者活動をしている時に、スピード・アップ社が下河原政権の広報・宣伝を担当することになった。これには楓も悩んだ。退社することも考えたが、思い直した。報道の世界で通用する記者としての基礎を一刻も早く身に着けたいと思ったからだった。独立するのはそれからでもいい、と考えた。

 楓は、河野には思ったことをずけずけと言った。河野はそれをかわしながら、楓のもつ報道記者としての資質を高く評価していた。何事にもものおじせず、どんどん進んでいく突破力は見習いたいほどだった。危険を顧みず無防備に突進していくところは、由希に似たところがあるなと思った。

 これまでは、あえて政権の中枢には近づけさせなかったが、今回は楓を見てほとんど思いつきで誘った。
 楓は下河原総理と初めて対面することになった。

(次回は、■天才科学者「紺色仮面」)

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小説「暗黒報道」目次と登場人物           

目次

プロローグ
第一章 大惨事
第二章 報道弾圧
第三章 ミサイル大爆発 
第四章 孤島上陸
第五章 暗号解読 
第六章 戦争勃発 
第七章 最終決戦
エピローグ

主な登場人物

大神由希 
主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。
下河原信玄 
内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。
後藤田武士 
国民自警防衛団(民警団)会長。元大手不動産会社社長。大神の天敵。

★朝夕デジタル新聞社関係者
橋詰 圭一郎 
東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。
井上 諒   
東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。
興梠 守   
警察庁担当キャップ。

★大神由希周辺の人物
河野 進
「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。
岸岡 雄一
「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。
伊藤 楓
インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。
鏑木 亘
警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。
永野洋子
弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。
田島速人
永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。

★下河原総理大臣周辺の人物
蓮見忠一
内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。        
鮫島 次郎
内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。
江島健一
民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。
香月照男
民警団員。精鋭部隊入りを目指している。

★事件関係者
水本夏樹
スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。
水本セイラ
水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。


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