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極限報道8 第2章 謎のシンクタンク■AI戦争に巨額出費
「身に危険が及ぶかもしれない」。社会評論家は言った
港区赤坂周辺再開発の土地買収をめぐり、施主である三友不動産の関連会社が暴力団山手組系竹内組のフロント企業に交渉を委託したという疑惑について、後藤田社長は大筋を認めた。
暴力団を使うことになったきっかけや、どれぐらいの金が流れたかの詳細が明確になっていないため、大神は三友不動産広報室長の桜木を通して事情に詳しい責任者への取材を申し入れた。都市開発本部長が適任であるとの回答だったが、本人は昨日、東南アジアに出張したばかりで、帰ってくるのは10日後という。
「買収交渉についてわかる人であれば都市開発本部長でなくてもいい。当事者である関連会社社長に会わせて欲しい」と再度申し入れたが、桜木は「重要かつ複雑な案件なので発言に責任を持てる幹部しか対応できない」の一点張りだった。大神はやむなく都市開発本部長が帰国するまで、関連取材はしないことにした。裏付け取材をするにしても、まずは三友不動産側の説明をじっくりと聞くことが先決だと考えたからだ。
この間を利用して、日本の防衛問題についての意見と情報を社会部に送ってきた社会評論家の岩城幸喜に連絡をとって取材の約束をとりつけた。
岩城がメールで指摘した内容を改めて箇条書きにして取材ノートに書き留めた。
① ノース大連邦が隣国へ侵略して起きた戦争がきっかけで、日本での防衛
論争に火がついた。特に政策集団「孤高の会」が「核武装するべきだ」 「ミサイル、ドローン、サイバーの攻撃に対応しながら、敵基地を攻撃す
る軍事力の強化が必要」と主張し、国民に浸透してきている。
② 防衛費は拡大の一途だが、聖域化していて詳細について国会でも十分
な議論がなされていない。ロボット兵士、無人戦闘機などAI兵器の開発、
AIによる戦争管制システムの導入、エネルギー反射バリア計画など桁の
違う金額が投入され始めている。
③ 同盟国からの兵器押し付けも増えて、国家財政が危機に瀕している。
④ 防衛産業、シンクタンク、研究活動への巨額な税金の投入が不透明。
キックバックが恒常的に行われている模様。
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具体的な内容と根拠までは書かれていなかったが、これだけの項目を並べられると、記者魂が刺激され、じっくりと話を聞きたくなる。
台東区にある事務所を1人で訪ねた。日雇い労働者が宿泊している簡易宿泊所が集まる一角にある4階建てビルの3階に事務所はあった。ドアに「岩城労働相談所」という看板がかかっている。中に入ると、グレーの作業着姿の岩城が待っていた。かつて労働運動が活発だった時期、行動派の青年リーダーの1人として活動したことで知られる人物なので、がっしりした体格の男性を勝手に想像していたが、全く逆で、痩せて繊細な感じだった。事務所にはほかに女性の事務員1人がパソコンに向かって作業をしていた。
「日雇い労働者の街にようこそ。かつて日本経済が活況を呈していたころは、労働組合運動も、労働者の権利獲得のほか、日米安保条約改定だとか、原発反対運動などで大規模集会を開いてはストをばんばんうったものです。この街は労働者で溢れていました。新聞社の中でも、労働担当の記者は花形でした。『社会面トップになるネタない?』ってよくここに顔を出してくれました。酒を飲んで議論し、遊んだりもしたな。今は訪ねてくる記者はほとんどいなくなったな。来てくれたら、情報をいくらでも提供するのにね」
「普段はここを拠点に仕事をされているんですか?」
「そうです。時代が変わっても、弱い立場の労働者が差別を受ける構図は変わらない。経営が厳しくなればしわ寄せはすべて現場の労働者に向かう。中小企業や非正規雇用の人たちの悲痛な訴えを聞いて対応しています。最後の『駆け込み寺』としての役割と果たしていきたいですね。後は講演とマスコミ向けの執筆活動。週に2回は現場にでて日雇い労働を続けています」
「日雇いのお仕事もされているんですか」
「自分の生活がありますからね。原発周辺の工事や、被災地、大規模開発の現場などに何週間も泊まり込みで働きます。今、街に失業者が溢れていますが、彼らと一緒に現場で汗をたっぷりと流すんです。いろいろな経験を積んできた人たちととことん話すと見えてきますよ、現代社会が抱える矛盾とか歪みがね。大神さんも一度現場にでてみませんか。いつでも段取りしますよ、体験ルポを書いてください」
「とても興味があります。それと岩城さんの労働運動の歴史についても別の日にじっくりと聞かせてください」。岩城の話に合わせたこともあるが、実際に各地の日雇い労働の現場を体験したいと思った。
「今回は社会部への情報提供ありがとうございました」
「私が送った日本の防衛に関する意見と問題点についてのメールを読んで頂いたのですね」
「何度も読み返しました」
「どの点に興味を持ちましたか」
「すべてです。特に、税金の使い方についての指摘、問題提起に注目しました」
「いろいろと書き連ねましたが、税金の使い方の杜撰さが最も言いたかった核心部分です。国民にオープンにされなければならないのは当然のことですが、議員でも聞くことができないブラックボックスが存在する。特に『国家機密』というとなんでも隠されてしまう。その最たるものが防衛です。あまりにも専門的でその内実は明らかにされない。防衛費増額についても、『核搭載の可能性があるミサイルの脅威から守るためだ』と言われると、大半の人は『そうか、そうだよね』となってしまう。思考停止状態です。兵器の購入で不自然なことがあっても、問題意識を持った人が追及を始めたとたんにバッシングの嵐で、中途半端に終わってしまうのが現実です」
「確かに、『これからはAIが戦争を指揮することになる』と言われて巨額な資金が投入されていく。同盟国の大統領が一言言うだけで、配備が本当に必要かどうかがあいまいなまま兵器を買わされる。そういう話は聞きますが、内実まではなかなかわかりません」
「ミサイル防衛についても論議されていますが、政府の方針がころころ変わってひどい。どんなにミサイル防衛を充実させたとしても大陸の移動式基地からの弾道ミサイルが次々に撃ち込まれたらすべてを撃ち落とすのは無理です。さらに言えば、スピードがマッハ5を超える『極超音速ミサイル』が撃ち込まれると、いくら防衛網のレベルを上げても到底追いつかない」
「無駄になるということですか」
「ミサイル防衛の態勢をとるべきではないと言っているのではない。『中大陸国』の軍備拡張は凄まじい勢いで進んでいて、大変な脅威になっています。日本の防衛については、もっと、その限界、課題が議論されるべきでしょう。その上で、どういう態勢で臨むのかということをしっかりと国民に説明するべきです。日本は南西諸島方面に地対艦ミサイルをいつでも発射できる態勢がすでに整っている。さらに敵基地攻撃の能力のあるミサイルはいつでも実戦配備することが可能です。こうした状況もきちんと説明すべきです。危機を煽るだけ煽って防衛費がどんどん膨らんでいくのは問題です」
「防衛費の増強については、『孤高の会』の主張が特に目立っていますね」
「『孤高の会』は危険だ。政権をとったら何をしでかすかわからない。すぐに核武装に着手するでしょう。そうなる前に、いかに『孤高の会』の主張が荒唐無稽で、逆に日本を危機に陥れることになるのかを暴いていかなければなりません。防衛関連産業に湯水のように税金が注がれている背景には、『孤高の会』の存在が大きいと考えています」
岩城は熱弁を振るった。話し始めて興に乗ったら止まらないようだ。このままでは1日中、岩城による「講義」が続きそうだった。大神は、話がひと息ついたところで、税金についての話題に戻した。
「岩城さんの今回の情報提供では、特定の組織への税金の流入、キックバックについて強調されていますね。具体的な事実をつかんでおられるのですか」
「鋭い、感心します。目の付け所がいい。社会部の記者に来てもらってよかった。ここからはディープな世界に入ります。大神さんにも取材で協力してもらわなければならない。身の危険を感じることになるかもしれない。話す前に、覚悟があるかどうかを伺いたいのですが」
いやに思わせぶりなことを言う人だ。覚悟があるのか、とか聞くこと自体が意味不明でおかしい。不信感が芽生えた。
「覚悟の意味がわかりませんが、すべての取材に全力であたっています。立ちはだかる壁が大きければ大きいほどやる気はでます。ただ、岩城さんがやろうとしていることに協力できるかどうかは別の問題です。記者として、おかしいと思うことがあれば取材して、おかしいと書きます。結果的に協力したことになるかもしれませんが、最初から岩城さんの活動に協力するとは言えません」。少し強い口調で言った。
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「いや、失礼しました。その言葉、意気込みが聞きたかっただけです。まさに正論。大したものですね」
岩城は感心したように言うと、立ち上がって、事務所の隅に置かれていた場違いなほど大きな金庫の前にしゃがみこんだ。そしてダイヤルを何度も回して扉を開けた。
厳重に保管されていた分厚い資料の束を取り出した。