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極限報道9第2章 謎のシンクタンク ■最初で最後の取材
「暴力的な組織」で錯乱状態に
「実はうちにきた内部告発と、労働者への聞き取りで得たデータをまとめたんです」。 社会評論家の岩城幸喜は大神に言って、金庫から出してきた書類を机の上に広げた。
内部告発のタイトルは、「防衛産業の水増し請求疑惑とシンクタンクへの資金流出について」。
大手電機メーカーの「グランド・エレクトロニクス」が防衛装備品を防衛省に納入していたが、装備品の価格を操作し、作業時間や人件費を大幅に水増しして過大に請求しているという内容だった。水増し分だけで計50億円。このうち15億円がシンクタンクに流れ、30億円は会社の売り上げとして計上され、あとの5億円が政官界の複数の実力者に渡ったというのだ。
「こうした水増しは長年にわたって続いており、不正に流用された金額は計100億円近くになるというんだ」
「それって事実なんですか? 不正のスケールが大きすぎます。疑惑とかいうレベルではない。一大事件ですよ」。大神は驚きを隠せなかった。
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「事実かどうかはまだ確認はできていない。裏付ける資料も不十分だ。大神さんだったらこの告発、どうする?」
「もちろん、記事にするために取材します。とんでもないスクープネタです。ただ、取材に入ったとたんに証拠隠滅に走られるかもしれない。そうなると記事にするための裏撮り取材が困難を極め時間がかかります。証拠書類を入手できないと、政官界のどこに金が流れたかを突き止めるのは限界があるかもしれない。いっそ、捜査機関、例えば東京地検特捜部に情報提供するというのもありかと思います。強制捜査で関係資料を先に押収しておけば、証拠隠滅はできない。捜査も進むし、同時並行で取材をしていく。持ち込みネタなので、特捜部が事件に着手するときには、事前に連絡があるはずです」
「取材して書いてもらうのは構わないが、捜査当局に告発するというのはわれわれの立場では抵抗があるな。これまで労働運動で捜査機関など権力側にはさんざん、痛い目に遭わされてきたからな」
「こんな不正がまかり通っているのはどうみてもおかしいし、即刻やめさせるべきです。未だに巨額なワイロが横行しているなんて許せない。捜査のメスが入るべきです」。大神の勢いに押されるように「わかりました。私になにかがあれば、捜査当局に伝わるようにしておきます」と少し苦笑しながら岩城は言った。
だがすぐに真顔になり、「私が特に注目しているのは、実はシンクタンクの方なんだ」
「シンクタンク?」
「そう、15億円が流れていると書かれているシンクタンクです」
「調査、研究の費用としては額が大きいですね。そもそもどんな活動をしているのですかね」
「調べてみたんだが、よくわからない。謎の組織なんだ」
「謎の組織ですか」。大神の頭に、ある組織の名前が唐突に浮かんだ。
「ひょっとして、『日本防衛戦略研究所』ではないですか?」。あてずっぽうに言ってみたが、岩城はひどく驚いた。
「えっ、なぜ? なんで『防衛戦略研』と思ったのですか。取材しているのですか?」
「いえ、取材はしていません。『トップ・スター社』の伊藤社長が高尾山の山中で遺体で見つかるという事件がありましたよね。その時の記事に、伊藤社長が『防衛戦略研』の顧問だったと出ていました。なんの脈絡もなく言ってみただけです。すみません」
「いえ、当たりです。私の言うシンクタンクは、まさに『防衛戦略研』です。どこの新聞に出ていましたか?」
「うちの新聞記事に出ていました。伊藤社長の肩書の1つとして書かれていました」
「朝夕デジタル新聞に? 迂闊だった。見落としていた」
岩城の表情が明らかに陰った。それまでは自信に満ちていたが急に落ち着きをなくしたように体や首を小刻みに動かし始めた。
「そうだったのか、伊藤社長が……」。そう言うと、押し黙ってしまった。考え事をしているようだった。
しばらくして大神が言った。
「どうかされたのですか。謎の組織と言われましたが、どこが謎なのですか?」
岩城は我に返ったように顔を上げた。
「もともとは一般財団法人だったが10年前だったかに株式会社になった。以後、マーケティング会社を買収したほか、研究機関を傘下にいれて、グループとしての業績が急激に伸びていった。しかし、防衛という機密事項を扱っているからか、業務内容はベールに包まれているんです」
岩城によると、今回の内部告発がある前から「防衛戦略研」について調べていたという。
「日雇い労働を昨年11月上旬に秋田市郊外でやっていたのですが、元請けゼネコンの秋田支店長が問題の多い男でね。昼は平日ゴルフや麻雀、夜は風俗店に入り浸り。それでいて、現場の労働者には厳しくあたって気に食わないとクビにする。『パワハラおやじ』として評判が最悪だった。私と同僚の3人で、キャバクラからでてくるところをとっ捕まえて監禁状態にして、どこからそんな遊ぶ金が出てくるのかを激しく追及したんです。そしたら、ゼネコンからの収入のほかに、『防衛戦略研』から一定の額が振り込まれていたことをげろってね。初めて聞いた組織の名前だった。この支店長は、『防衛戦略研』のリーダーという肩書を持っていた。バカだから、名刺にも肩書の1つとして書いていた」
「その支店長の『防衛戦略研』でのミッションはなんだったんですか」
「迎撃ミサイル基地建設の有力候補地が秋田県内にあったが、反対も多かった。反対運動のリーダーが誰でどんな主張をしているのか、バックにはどんな組織が控えているのかなどの情報集めだった。遊びまくっていたのも実は情報収集のためだったのかもしれない」
「支店長はどうなったのですか」
「調子に乗って遊び過ぎたのがばれたのか、その後、行方不明になってしまった」
「行方不明ですか。物騒ですね」
「本業のゼネコン本社に問い合わせても、『突然姿を消した』『社としても所在がつかめず困惑している』と驚いていた」
「確かに謎に包まれていますね。15億円もの不正な金が流れたとすると一体何に使われたのでしょうか。その支店長のような人がほかにもいて、その人たちに渡す手当だったのでしょうか」。大神は率直な疑問を口にした。
「いや、それだけなら金額が多すぎる」。岩城はまた黙ってしまった。
しばらくして、岩城は大神の顔をじっと見ると、意を決したように話し出した。
「ここだけの話にしてください。実は『防衛戦略研』には暴力装置が備わっているという噂があるんです。荒唐無稽な話だと無視していました。ですが、伊藤社長の話を聞いて急に現実味が帯びてきた」
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「暴力装置ですか。反社会的勢力とつながりがあるということですか」
「いや、『防衛戦略研』自体が暴力的な組織だということです」
「資金の不正流用に暴力装置ですか。ひょっとして、さきほど話されていた秋田の支店長の行方不明もこの組織の仕業とか」
「可能性はある。口の軽い支店長は、『防衛戦略研』から取り調べを受ければ、我々に話したということを認めてしまうだろう。裏切り者扱いされてしまうかもしれない。私はほかの方面にもあたって調べました。直接、『防衛戦略研』の本社にも行きましたが、埒があきませんでした。そればかりか、以後、尾行されているのではないかと思うことが度々あった」
「尾行とはただごとではないですね」
「伊藤社長を殺した犯人は目星がついているのですか」
「警視庁は捜査中というだけでそれ以上の情報はありません」
「確か伊藤さんは複数の刺し傷があったのですよね」
「はい。高尾山の中腹まで連れて行かれ、刺されて殺されたようです。吊り橋のある場所は深い谷になっているので、あそこから落とされたら発見は遅れるはずですが、途中の木の枝に不自然な形でひっかかっていたようです」
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『防衛戦略研』がやったんだ。間違いない。暴力装置が牙をむいたんだ」。突然、岩城が大きな声を出した。
「あの組織を調べたり、裏切ったりすると『死』が待っているんだ。伊藤社長はきっと組織を裏切ったんだ。そして惨殺されたんだ」。声のトーンがどんどん大きくなった。完全に取り乱していた。
「岩城さん、大丈夫ですか」。女性の事務員が心配になったのか近づいてきた。「今日はこのくらいで終わりにしていただけませんか」と大神に向かって言った。
「わかりました」と大神が言うと、岩城が「もう少し調べてみる。いい加減なことを言うことは許されないからね。なにかわかったら連絡します。今日はこれまでにしてください。こちらも収穫があった。また、頻繁に連絡を取り合いましょう」と一方的に早口で言うと、突然、両手を重ねてバツのポーズをとった。取材打ち切りのポーズなのか。錯乱しているかのようだった。
「今日はありがとうございました。水増し請求疑惑と『防衛戦略研』の件、どちらもスケールの大きな疑惑であると同時に明るみにしなければいけない問題です。私も引き続き取材を進めます。また、連絡ください。いつでも伺いますので」
大神はそう言ってから相談所を出た。伊藤社長の事件のことを持ち出して以後、岩城が豹変した。
うろたえた姿に大神はただ驚くしかなかった。少し時間をおいて落ち着いたところでまた岩城を尋ねよう。
そう思った。
だが、2度と岩城に会うことはなかった。
(次回は、■犯罪被害者の会での出会い)