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暗黒報道㉟孤島上陸

■この世の地獄……


 大神や伊藤楓ら8人が乗った小型船が午前1時、横須賀港近くの波止場をひっそりと出港して、白蛇島へ向かった。その様子を誰が見ているかわからない。こんな時間でも海に面する遊歩道を散策するアベックはいるものだ。酔っ払いが千鳥足で歩いていたり、寝転んでいたりすることもある。見た目は、漁船の出航という形をとった。

 船室で大神と楓は並んで椅子に座り、まっすぐに進む先を凝視していた。会話はなかった。船はゆっくりと進んだ。20分ほどが経った時、うっすらと小さな点のような島影が見えてきた。どんどん大きくはっきりとしてくる。岸壁が迫ってきた。黒々とした影のようだ。その背後には木々が鬱蒼と茂っている。島の周りをゆっくりと進む。小さな船着き場が月明かりで見えてきた。すでに2隻の船が停泊していた。島に人がいる証拠だ。船内に緊張が走る。

月に向かって、船はゆっくりと静かに進んだ

 楓が前に撮影した写真を参考にしながら進み、船着き場から少し離れた岩場に隠れるように停泊した。8人が順番に上陸した。
 事前の打ち合わせ通り、そこから2手に分かれた。
 井上、大神のチーム4人は島西側の建物の方へ、伊藤楓のいるチームは真ん中付近にある洞窟方面へ向かった。立入禁止区域への上陸であり、人もいるようだ。危険は冒さず、1時間後に上陸した岩場に戻って合流することを申し合わせた。

 大神らは林の中に入っていった。ガサガサと落ち葉を踏みしめる音がする。なるべく音を立てないように歩いているつもりでもシーンと静まり返っている中では響いてしまう。

 舗装された道に出た。短い橋を渡ると、山を削って作られたトンネルがあった。100メートルほどの長さで壁には煉瓦が整然と積まれていた。横穴がいくつも開き、空洞になっていた。第二次世界大戦中に日本軍が駐留した時に作った武器庫、食堂、兵隊の退避場跡のようだ。
 
 トンネルを抜け出てしばらく歩くと、灯りが見えてきた。2階建ての建物だ。近づいていこうとしてみながふと立ち止まった。後ろの方でかすかに音がしたのだ。やがて轟音となって近づいてくる。4人はあわてて道をはずれて木々や岩の陰に隠れた。ここでは深夜でも活動しているのか。4人の前を通り過ぎたのは、2台のジープだった。

ジープが轟音を立てて通り過ぎた

 ジープは建物の前に停まった。ジャンパーを着た男たち3人がでてきて、大きなドラム缶5本を次々に下ろし、建物の中に運び込んでいった。ジャンパーの胸に「J」のマークが縫い付けられていた。大神らはじっと動かず様子を窺っている。男たちは10分ほどして建物の玄関から外に出て来て、ジープに乗り、元来た道を戻って行った。

 「虹」の隊員が偵察のために建物に忍び寄った。建物の名称を示す表札とか看板のようなものはなかった。学校の体育館のような大きさで、新築されたばかりなのか。外壁に汚れはなかった。

 正面ドアは開いているようだが、中に入るのは危険な感じがした。警報音が鳴り響くかもしれない。窓はない。ドアのわずかな隙間から1階は真っ暗だった。ブーンという電子機器が作動しているような音が聞こえた。2階の正面側の角部屋には電気がついていてそこだけが明るかった。窓が開いているのが確認できた。
 
 偵察隊員が戻ってきて状況を報告した。2階の明るい部屋の方向に4人が移動し、建物までは10メートルほど離れた森の中で止まった。近くに大木があった。そこに上れば角部屋の中を覗くことができそうだ。突き出した枝が細いこともあり最も小柄な大神が代表して木の上から部屋を観察することになった。手袋をして枝をつたって昇った。7、8メートルぐらいのところで、太い枝をまたぐようにして体勢を整え、建物の方を見た。

 角部屋の窓は大きく、中の様子がよく見えた。白衣を着た人物が見える。男のようだ。机に座っている。大神は双眼鏡を手に持って覗いた。

 愕然とした。鮫島次郎。通称「ミサイルマン」の内閣府特別顧問兼国家安全保障局長だった。普段つけている紺色仮面は外していた。顔の右側は真っ赤だった。皮膚が所々に剥がれていた。

 食事をしていた。こんな夜中に晩餐か。驚きながら様子を見つめる。分厚い肉の塊をナイフとフォークで切り刻み口元に運んでいた。肉の赤い色が鮮明だった。生肉のような感じがした。ワイングラスが傍に置かれ、赤ワインが半分ほど入っていた。

 生肉が気になった。何の肉なのか。注視したがわからなかった。生肉をいかにもうまそうに口に運んでいく鮫島の姿を見ていてなぜか、気分が悪くなってきた。

 木の下で隊員が移動したのか、枝が折れる不自然な音がした。静寂の中で驚くほど大きく響き渡った。鮫島が突然、食べる動作を止め、真剣な表情になって窓の方を見た。
 ゆっくりと立ち上がり窓に歩み寄り、顔を突き出して外の様子を見渡した。大神の方に顔が向き、目を凝らすようにした。鮫島と大神は互い見つめ合う感じになった。「見つかったか」。大神はじっとして動かなかった。木と同じ迷彩色の服装を着ていたし、林の中は真っ暗なので、見つからないはずだとも思った。
 
 時間が長く感じた。

 鮫島は目をそらして、窓を閉めようとした。その時、なにかに気付いたようにびくっとしたような顔をした。ポケットのスマホを取り出して耳にあてた。電話がかかってきたようだ。
 「なんだと」。そう言ったことが、口の動きから読み取れた。その後、あわてて窓を閉めた。すぐに部屋の電気が消えた。間もなくして鮫島は玄関から出て来てドアに鍵をかけ、近くに止めていたバイクに乗って走り去った。紺色仮面を被っていた。洞窟方面に向かったのだろうか。
 
 大神は木の上で座っていた15分ほどが何時間にも感じた。眩暈がした。木を降りる途中で全身の力が抜け、5メートルほどの高さのところで全身の力が抜けて落下した。下では、異常を察した隊員たちが構えたが、受け止めきれなかった。大神は一時気を失ったが、気付け薬で目を覚ました。腰や足に激しい痛みがあった。

 大神は横になりながら、木の上で見たままを説明した。
 「鮫島はなんで急いで出て行ったのだろう」
 「洞窟の方で何かがあったのかもしれない。不測の事態が起きたのかもしれない」
 「集合まではまだ30分ほどあるぞ。洞窟の方へ移動するか」
 「いや、1時間で元の集合場所に戻るという約束で分かれて動いている。計画を変更するとかえって混乱する」。隊員たちが口々に思うことを言い合った。
 
 井上が言った。
 「建物の中に入ろう。仮面の男が出て行って、もぬけの殻だと思う。今のうちに中を調べよう。時間は10分だ」
 大神は足の痛みはあったが、そんなことを言ってる状況ではなかった。木の枝を杖代わりにして歩いて建物の中に入った。
 隊員が建物のドアを壊した。1人が外で見張りをして3人が中に入った。一階を懐中電灯で照らすと、だだっ広い空間に最新鋭のコンピューターが何台も並び、一部が稼働していた。ミサイルのような形態をした20メートルほどの筒が2本並んでいた。見た目では、本物か模型かはわからなかった。

 「ここは一体、何なの?」。大神は息をのんだ。
 「軍事面での研究所のようだな」
 「紺色仮面の私設の研究所なのか」

 壁にそって巨大な冷凍庫があった。近くにドラム缶と青色の袋が放置されていた。大神が冷凍庫のドアを開けてみた。
 「うわっ」。飛びのいて床に倒れ込んだ。「どうしたんだ」。井上が振り返った。大神が冷凍庫を指さした。

巨大な冷凍庫。中を見た大神は倒れ込んだ

 「あああ……」。しゃべろうとしたが言葉がでなかった。井上が中を覗き込んだ。「ううっ」と顔を顰めて後ずさりした。
 遺体だった。人の遺体が力なく重なり合っていた。完全に凍っている遺体と、凍りかけの遺体があった。内臓が切り取られているものもあった。

 「じ、じ、地獄」。大神が声を振り絞った。 
 「さっき、車で運ばれてきたのは遺体だったんだ。そして冷凍庫に放り込んだんだ」。井上が言った。
 「鮫島がさきほど食べていたのは、人の肉だったのか」。別の隊員が言った。兵士として鍛えられているのか、驚いてはいるが動揺している様子はなかった。大神はその場で吐き、床に倒れ込んだ。
 
 「大丈夫か。しばらく休んだ方がいい」と井上が言ったが、その顔がひきつっていた。井上と隊員は1階の機器類を点検しだした。大神はなんとか立ち上がり、階段を上って2階に行った。鮫島がいた部屋の前に立った。鍵はかかっていなかった。
 中に入ると強烈な異臭がした。電気のスイッチを入れた。ぱっと明るくなった。タオルを口と鼻に巻いて、部屋の全景を撮影した。そして作業机の方に行った。皿の上に食べ残しの生肉の切れ端が残っていた。
 
 横に、極秘と書かれた文書があった。ノートパソコンもあった。大神は、極秘文書とノートパソコンを抱えて部屋から持ち出し電気を切って、1階に降りた。
 玄関のところで待っていた井上に「1階には何があったの」と聞いた。
「軍事関係の研究所だ。最新鋭のコンピューターがあり、核兵器の設計資料があった。分析しなければならないが、もう完成しているのではないか」
 「ミサイルは」
 「核ミサイルの模型だった。もう時間だ。岩場に戻ろう」

 4人は林の中を抜けて岩場に戻った。1時間が過ぎていた。洞窟の方に向かった楓たち4人はまだ帰っていなかった。
 「しばらく待とう」。井上が言った。4人で船に乗り込んだ。大神は、奥の長椅子で横になった。腰と足の痛みがひどくなって動くことができなくなっていた。左足首は骨折かひびが入っているのかもしれない。痛み止めを打って休んだ。10分が過ぎたころだろうか。うとうとしてしまった大神が肩を揺らされた。
 
 「洞窟の方に行ったメンバーがまだ帰って来ない。不測の事態が起きた可能性がある。我々3人で様子を見に行ってくる」
 「私も行くわ」。大神が言って立とうとしたが、左足首に激痛がはしった。
 「その体では無理だ。かえって足手まといになる。ここで休んでいてくれ。必ず帰ってくる」
 井上はそう言って出て行こうとした。そして思い出したように振り返って小包を大神に渡した。
 
 中からでてきたのは拳銃とナイフだった。大神は無言で凶器を見つめ首を横に振り、押し返した。
 「君が受け取りたくないというのはわかる。だが、万が一のための護身用だ。何が起こるかわからない。持っていてくれ」
 井上が使い方を説明したのをボーッとして聞いていた。実際に手に握らされて引き金を引く仕草をした。弾がこめられていた。

(暗黒報道㊱ 第四章 ■サイコパス出現 そこは処刑場だった)

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小説「暗黒報道」目次と登場人物           
目次
プロローグ
第一章 大惨事
第二章 報道弾圧
第三章 ミサイル大爆発 
第四章 孤島上陸
第五章 暗号解読 
第六章 戦争勃発 
第七章 最終決戦
エピローグ

主な登場人物
大神由希 
主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。
下河原信玄 
内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。
後藤田武士 
国民自警防衛団(民警団)会長、元大手不動産会社社長。大神の天敵。

★朝夕デジタル新聞社関係者
橋詰 圭一郎 
東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。
井上 諒   
東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。
興梠 守   
警察庁担当キャップ。

★大神由希周辺の人物
河野 進
「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。
岸岡 雄一
「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。
伊藤 楓
インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。
鏑木 亘
警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。
永野洋子
弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。
田島速人
永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。

★下河原総理大臣周辺の人物
蓮見忠一
内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。        
鮫島 次郎
内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。
江島健一
民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。
香月照男
民警団員。精鋭部隊入りを目指している。
★事件関係者
水本夏樹
スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。
水本セイラ
水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。




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