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極限報道3 第1章 不連続死 ■反社会的勢力が暗躍

巨大開発に渦巻く利権

 
 「都心最大の大規模再開発をめぐる不正の温床」
 新聞社に届いた「タレコミ」のタイトルにはそう書かれていた。

 大神は、要旨を書いたメモと資料の束を手に取った。

 大規模再開発の中心になっているのは「三友不動産」。不動産業界で日本トップの売り上げを誇る大企業だ。舞台は、港区の赤坂周辺の広大な土地。都心のあちこちで大規模開発が計画されているが、その中でも最も敷地面積が広く、官民一体で巨大プロジェクトが進んでいることで知られている。
 大神はメモを読み始めた。

「都心一等地の巨大開発をめぐって利権が渦巻いている。巨額なマネーが投下され、超高層ビル群の建設が急ピッチで進んでいるが、開発地区全体を見渡すとまだ、土地買収が完了していない所もある。東部の一角に広がる土地は、関西の資産家一族が所有しているが、買収交渉がもめにもめている。あげくに、この地区の用地買収を担当する三友不動産の関連会社が一族の立ち退きを暴力団のフロント企業に依頼する事態に発展した。しかし、そのフロント企業は暴走し傷害事件を起こした上に、依頼主の関連会社さえも脅して億単位の金を奪い取った。別の暴力組織も入り込み、抗争にまでなった。世界的にも注目されている再開発事業に、水面下で反社会的勢力が入り込み、巨額マネーを手にしている実態は許しがたい。詳細な経緯を添えて告発するので徹底的に調査して世間に公表して欲しい」

 大神は、告発内容は事実だと直感的に思った。大企業が一等地の用地買収交渉で反社会的勢力の手を借りた事案だ。通常は、端緒をつかんで取材を始めても、企業の責任者が認めなければ、記事にすることは難しい。
 否定されても記事にするには疑惑を裏付ける証拠を集めなければならないが、相当な時間がかかる。人員も必要だし、金もかかる。しかし、この件は内部告発文書がある。用地買収交渉についての詳細な経緯、関係する人物名と経歴、暴力団についての説明のほか、土地の登記簿まであった。

 「これは記事になる」。大神は確信した。6人いる「調査報道班」あげて取り組むような「ネタ」とはいえないが、捨てるには惜しいタレコミだった。

三友不動産による大規模開発で不正? 新聞社に内部告発が届いた


 大神は夕方からチェックしたすべての情報提供について、わかりやすいように一覧表にまとめて、遊軍キャップの井上に手渡した。

 午前1時半を回っていた。井上は伊藤社長殺害事件の記事で埋まった最終版の大刷りチェックを終え、目線をタレコミの一覧表に移した。頭はすぐに切り替わった。遊軍キャップのもとには、記者の生原稿のほかにも報告、相談ごとが次々に舞い込んでくる。
 それらをすばやくチェックして、方針を決めて指示を出していく。そうでなければ遊軍キャップは務まらない。一覧表を見ながら、大神に幾つか質問をした。そして大方のタレコミの内容に納得したようにうなずきながら言った。

 「それで、君はなにがやりたい。というか、どれをやるんだ」
 「私にやらせてもらえるなら三友不動産案件です。暴力団関係者の関与が克明に書かれています。基礎資料はそろっていますし、記事になると考えます」

 「確かに。それにしても未だに用地買収で暴力団を利用しているのか。それも大企業。腐れ縁が続いているのか。しかし、昭和なイメージの事案だな。『調査報道班』のネタとしては地味で弱い。まあ、この話は『一発モノ』としていけるとして、あの赤坂周辺の大規模再開発をめぐってほかにきな臭い情報はないのか。このタレコミにも『利権が渦巻いている』と書いてあるぞ」

内部告発には、暴力団関係者の関与が書かれていた

 「今のところは三友不動産案件だけです。取材していく過程でほかにもでてくればもうけものとは思いますが。ただ、この案件もデスクは簡単そうに言いますが、暴力団が関わっているし、記事にするまでには相当大変だと思いますよ」

 「ハハハ。確かに」と井上が笑った後、「わかった。やってくれ。ただ、しばらくは1人で下調べをしてくれ。今は伊藤社長殺人事件で人を出せない。取材を進めて『いける』となったら言ってくれ。応援を出すから」

 「わかりました。明日から取材にはいります。それからもうひとつ、いいですか」
 
 深夜だが、ほかの遊軍サブキャップや記者らが、井上と大神の話が終わるのを近くで待っていた。伊藤社長殺害事件の早朝からの取材の態勢について井上と話し合いたかったからだ。だが、井上は「少し待て」と彼らを押しとどめ、大神との会話を優先させた。
 大神の話は一刻を争う内容ではないかもしれない。だが、大神が醸し出す常に前向きな姿勢、雰囲気に触れるのは実に心地いい。「この記者はなにかどえらいことをやってくれるのではないか」という期待感が湧き出てくる。実際、大神は入社後、横浜総局やテレビ局に出向した時、事件史に残るような大きな仕事をこなしてきた。

 「キャップは社会評論家の岩城幸喜さんをご存じですか」。この日のタレコミのメールの中に岩城からの「告発文」があったので聞いてみた。

 「もちろん知っているよ。俺が社会部に来て方面回りをしていた時に何度か取材に行った。若い時から労働運動を先頭に立って引っ張った活動家の1人だ。主張も的を射ているので、労働運動の最盛期のころはよく取り上げられていたが、最近はあまりマスコミに登場していない。活動が停滞しているのか、あるいはマスコミの関心の方が薄れていっているかだ。今は評論家として、原発の再稼働についてや、政治資金をめぐる問題で一家言持っている。今回の投稿は防衛問題についての告発か。わざわざ情報提供してくるということは、なにがしかの重要情報を持っているのだろう」

 「重要情報の具体的な中身については触れられていませんが、税金の無駄使いについての指摘に関心を持ちました」。大神は、国会議員が選挙時に莫大な金を持ち出しで使うが、在任中に元を取るといわれる素朴な疑問からでた「金と利権の舞台裏」というキャンペーンをテレビ局に出向している時に展開し、大きな反響を呼んだ。軍事問題にも関心があり、メールを読んで岩城に会って話を聞いてみたいと思った。

 「あたってみてもおもしろいぞ。来るものは拒まずというタイプの人だから」
 「わかりました。時間がある時に連絡をとってみます」

税金の無駄使い。永遠に続く取材のテーマだ

 大神は遊軍キャップ席から離れた。すかさずサブキャップらが井上のところに集まってきた。早朝からの取材の配置、考えられる記事のねらいについて打ち合わせが始まった。井上の頭はすでに伊藤社長殺害事件に切り替わっていた。午前2時を過ぎていた。

 大神が自分の机に戻って帰り支度をしていると、スマホの青ランプが点滅していた。メッセージが届いたという知らせだ。
 
 河野進からだった。慶西大学文学部時代のゼミの1年先輩。大学時代は共にマスコミを志望していたが、河野は先輩の誘いを受けてネットメディアの世界に入った。調査報道を専門とするNGO(非政府組織)に参加。そこでネットジャーナリズムを実体験して3年後、同僚らと金を出し合って、「スピード・アップ社」を立ち上げ、自ら取締役編集本部長となった。調査報道に絞るのではなく、日々のニュースも取材して流していくという方針でスタートしたが、経営は「火の車」が続いており、河野もスポンサー探しに走り回っている。

 「由希か。深夜にすまん。伊藤青磁社長が殺されたというニュースに驚いている。うちの社は伊藤社長からの声掛けで『トップ・スター社』との間で提携話が進んでいたんだ。これがまとまると『トップ・スター社』の傘下に入ることになる予定だった。相当な資金が入り、事業拡大のチャンスだったが、これでおじゃんになるかも」

 「伊藤社長に直接会ったことがあるの?」
 「もちろん。『トップ・スター社』はどんなに巨大企業になっても、提携話については、社長が最初から関わるんだ。うちのような弱小会社であっても同じでね。何度か伊藤社長と会って話したけど、結構、気に入ってもらっていたんだ。本当にショックだよ」

 「とても残忍な殺され方だけど、犯人に心当たりはある?」
 「思い浮かばないな。毀誉褒貶の激しい人だったけど殺されてしまうとは、いくらなんでもひどすぎる。提携話で伊藤社長の側近の人たちとも親しくなったので聞いてみるよ。由希は殺人事件の取材チームに入ったのか?」
 「入ってはいない。いないけど、これだけの事件だからね。社会部員みんながそれぞれにアンテナ張っていくことになる」
 
 「わかった。いい情報が入れば連絡する」。河野はひと呼吸置いた。
 「最近忙しそうだな。全然会えてないね。今度いつ会える」
 「わからない。新しいタレコミが入ったので。取材にとりかかろうと思っている」
 「そうか、わかった。また連絡するわ」
 河野は大学時代から大神に恋心を抱いていた。大神も一緒にいて心が安らぐ存在として河野をみており卒業後も付き合いが続いている。

 紙面が刷り上がってきた。大神は伊藤社長殺人事件の記事に目を通した。
 本記は一面トップだった。
 
         (朝夕デジタル新聞朝刊一面)
「トップ・スター社」の伊藤社長殺される 無数の刺し傷 高尾山の山中で発見
 
 4月10日午後7時過ぎ、東京都八王子市の高尾山の山中に、インターネット会社「トップ・スター社」社長の伊藤青磁さん(49)が倒れているのを、下山中のハイカーが見つけた。全身に無数の刺し傷がありすでに死亡していた。警視庁捜査一課は、現場近くで殺害された後、吊り橋付近から投げ捨てられた殺人、死体遺棄事件とみており、八王子署に捜査本部を設置した。

 調べでは、伊藤社長の遺体にあった無数の刺し傷は、同一の刃物で刺された傷とみられるが、傷跡の深さや刺された角度の違いなどから、複数の人物が殺害に関わった可能性があるという。伊藤社長はこの日午前9時、日比谷の「トップ・スター社」本社で開かれた定例の役員会に出席した後、秘書部長に「急用ができた」と言って社有車を使わずに1人で外出。以後、秘書課員が明日の予定をすり合わせようと午後6時に連絡を取ろうとしたが、スマホの電源が切られていたという。

 愛媛県松山市の出身。地元の高校を卒業した後、東京のインターネットの専門学校に行き、在学中にネット広告を主な業務内容とする「トップ・スター社」を設立。M&Aを積極的に進めてゲームやメディアなど多方面に事業を拡大。設立から20年でグループ企業の年間総売上は7000億円を超えた。政財界を中心に交友関係は広く、福祉事業への多額の寄付活動でも知られる。独学で事業を興した「IT界の大成功者」として若者にも人気があり、影響力も大きかった。
 
 最近では、政治や社会問題にも関心を示し、ツイッターで時事問題についてもたびたび発言。多くのフォロワーがついていた。だが、過激な言動も多く、一部で反発を招くこともあった。

 日本の防衛問題への関心は高く、隣国との外交上の緊迫した状況についてはテレビのニュース番組で、「政府は戦闘能力をより充実させた上で、強い姿勢で交渉するべきだ。諸外国になめられているようではだめだ」と強い口調で批判していた。
 政府のIT委員会の委員や大学の講師を複数務めているほか、日本の防衛問題を専門とする民間のシンクタンク「日本防衛戦略研究所」(防衛戦略研)の顧問も務めていた。

                                           
 社会面の見出しは「IT業界の風雲児 衝撃の末路」。高校を卒業して以後、成功者になるまでの一代記を恩師や知人ら関係者の談話付きでまとめられていた。最近、ネットを介して意識的に話題を振りまいている様子も紹介された。女優やタレントとの派手な交際が話題になっていたことまで書き込まれていた。

(注)フロントの写真と本文の内容とは関係がありません。

(次回は、■代議士が高層ビルから転落死)






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