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「私たちには、まだまだやれることがある」松田医薬品社員に聞く、蘇湯プロジェクトの裏側

滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山。日本百名山の一つでありながら、「薬草の里」としても名高く、古来より1,300種の植物や280種の薬草が育まれてきました。しかし、近年では鹿による獣害や地崩れの被害を受け、危機に直面しています。

そんな伊吹山の自然を守り、蘇らせるために立ち上げられたのが、伊吹山「蘇湯(そゆ)」プロジェクトです。前編では、同プロジェクトの立ち上げの経緯についてお話を聞きました。

後編にあたる今回は、伊吹山の植物を配合した入浴用ボタニカル「蘇湯」の開発に携わった松田医薬品の社員4名にインタビュー。

複数企業が関わった商品の共同開発をはじめ、松田医薬品にとって初めてづくしだった同プロジェクト。「蘇湯」を製作する際のこだわりや共同開発で得た気づき、今後の展望について話を聞きました。

(プロフィール/写真左から)
細川元広:2004年4月入社。入社時より製品事業部所属。今回のプロジェクトでは、包材(桐箱)と伊吹山の方々との調整を担当。
高橋隆幸:1998年4月に新卒入社。製品事業部で調合・処方作成を担当した。今回のプロジェクトでも熟練の技と感性を活かしてチームに貢献。
島田和明:2011年8月入社。総務部に10年間在籍後、2021年4月に製品事業部に異動し、現職。今回のプロジェクトでは、工場長として全体の管理・統括を担当。
岩原美帆:2016年入社。製品事業部での事務職を7年務め、2023年5月より製品事業部の営業職に就任。今回のプロジェクトでは包材(布袋)製作とクリエイティブチームとの調整を担当。

伊吹山の空気感を表現するために現地へ

包材(桐箱)と伊吹山の方々との調整を担当した細川

――「蘇湯」プロジェクトはいつ頃から始まったのでしょうか。

細川:弊社にお話をいただいたのは、2023年1月頃だったと思います。伊吹山の植生回復活動に真摯に取り組んでこられた資生堂さんと、株式会社REDDの望月重太朗さんとの間で「薬草湯を軸にした共感性の高い入浴剤をつくれないだろうか」というお話になり、弊社取締役である松田憲明にご相談いただいたかたちです。トータルで1年ほどのプロジェクトになりました。

2023年2月には包材の一つとして桐箱を使用することが決まり、同年4月には包材と入浴剤の試作品を持って横浜にある資生堂さんのオフィスへ打ち合わせに伺いました。

高橋:弊社では他社さまから依頼を受けて入浴剤を制作するOEMも多いのですが、その場合、デザインにはタッチせず、入浴剤の中身を制作するパターンがほとんどです。今回のように複数社が関わったうえで、クリエイティブも含め弊社と先方で細かなすり合わせをしながら進めていく「共同開発」のような形態は初めてでしたね。

――最初の蘇湯の試作品は、どのようなものだったのでしょうか?

高橋:資生堂さんが研究過程でどうしても使い切れなかった未利用素材である、伊吹山のヨモギ、ドクダミ、トウキ、イブキジャコウソウ、ゲンノショウコ、スギナの6種類をブレンドしたものです。

これまで扱ったことのない植物もあったので、一つ一つを嗅ぎ分けながら丁寧に合わせていきましたが、全部いい香りでしたね。とくにイブキジャコウソウ、ゲンノショウコの2種類は私も扱うのが初めてだったのですが、香りが独特で。2つの香りをうまく立たせられるよう調合していく過程が面白かったです。

――資生堂さんとの打ち合わせを経て、調合に変更はありましたか?

高橋:最初の試作では、原料を細かく刻んでいたんです。ですが、資生堂さんから「もう少し植物を感じられるように、ワイルドな状態で入れられませんか?」というご要望をいただいて、原料の刻み方を当初よりも大きくしました。

一般的な浴槽で使用するには細かくしておいたほうが短時間で植物の色が溶けだしやすいですし、原料を大きくしすぎると袋に入りづらく、サイズも大きくなってしまう。メーカー側としてはできるだけ細かくしておきたいという事情がありました。

ただ、ご意見をくださった資生堂の高草木さんは伊吹山の植生回復活動に携わってこられた方で、「伊吹山の自然を感じてほしい」という強い想いをお持ちだったので、最終的には植物のかたちが若干残る大きさに変更したんです。

私としても、「薬草の里」と呼ばれる伊吹山の雰囲気や空気感を大事にしたかったので、現地にも行き、実際の山の香りも体感した上で、さらに微調整を重ねました。

理想の包材を再現するために全国行脚、巾着のサンプルも自作

包材(布袋)製作とクリエイティブチームとの調整を担当した岩原

――包材に関しては、どのように進めたのでしょうか?

岩原:資生堂さんのクリエイティブチームの方々と相談しながら進めていきました。弊社では生薬を不織布に入れて入浴剤をつくるのが通例だったのですが、資生堂さんから「今回のコンセプトである『Primitive×Premium』に合わせて『できるだけ自然に近い素材を使いたい』」というご要望を受けて、植物を入れる包材の検討から始めました。

かつて、薬草湯を楽しむために使用されていたという木綿袋

岩原:生薬を浴槽に入れる方法を検討しているとき、ヒントを求めて伊吹薬草の里文化センターにお邪魔したところ、手ぬぐいを巾着にしたものに薬草を入れてお風呂で揉み出して使っていたという資料が残っていたんです。昔の薬草風呂の使い方として、使い古した手拭いや麻布を巾着にして使用していたことを知り、巾着袋を蘇湯の包材として取り入れるようにしました。

岩原:ただ、不織布以外の包材を使用するのは初めてだったので、実際に麻の布を買ってきてサンプルの巾着を自作しました。紐で結ぶタイプの巾着や大きめの巾着など、5回ほど試作を重ねて、最終的には資生堂さんのご意見を踏まえて、折り返しになっている現在の形状が採用されたかたちです。

細川:私は桐箱と、箱の中で商品を固定するための「ゲス」という中仕切り、蘇湯を入れる紙袋を担当しました。

桐箱でとくにこだわったのは、サイズです。発送に使う宅配便の箱に入れられる大きさで、商品をきれいに敷き詰められるちょうど良い塩梅になるよう、製品のリリース直前まで粘って微調整を重ねました。

細川:和紙でつくられた紙袋には蘇湯に使用した植物を練り込み、箱を開いた瞬間から伊吹山の自然を感じていただけるようにしたのもこだわったポイントです。また、入浴剤は一つひとつ、パッケージに手詰めしています。

岩原:資生堂さんの美意識の高さに応えるべく、全国各地のいろいろな包材や袋のメーカーさんを訪ねたこともありましたね。巾着袋の製作をお願いした石川県の株式会社ヒロさんにも、私と細川が出向いて「こういう風にしてほしい」と直接細かなご依頼をさせていただくなど、細かなニュアンスを伝えるよう心がけました。

初の共同開発プロジェクトで「まだまだやれることがある」と気づいた

調合・処方作成を担当した高橋

――社外のクリエイティブチームの方々との商品の共同開発を通じて得た気づきや発見があれば、教えていただけますか。

高橋:今回の蘇湯の入浴剤は、パッケージから木綿製の巾着袋に移し替えて、紐で閉じたうえでバスタブに投入するという、弊社のこれまでの商品にはなかった仕様になっています。

最初はお客様の手間が増えてしまうのでは、という心配も浮かんだのですが、この仕様を考案した資生堂クリエイティブチームの方が「入浴前に心を落ち着かせるための瞑想」をイメージされていたと聞いて、商品開発の際のストーリーの組み立て方にハッとさせられました。

岩原:私は元々、別の部署にいたため、営業として携わった初めての案件だったんです。クリエイティブの第一線で活躍する方々と一緒に入浴剤の中身や包材をゼロから検討していくのは初めての経験ばかりで、「ここまで素敵なものが仕上がるんだ」という静かな感動がありました。

クラウドファンディングに関しても「クラファンってなに?」という段階からのスタートで。目標金額に達成できるのか不安もありましたが、支援の輪がはじめは身内や知り合いから、幅広い方たちに広がっていくのを目の当たりにして、自信につながりましたね。

工場長としてプロジェクト全体の管理・統括を担当した島田

島田:私はデザインや言葉の選び方に感銘を受けましたね。「蘇湯」というネーミングは、コピーライターさんが「人間だけでなく、万物が本来の力を“取り戻す”」というテーマのもとに考えてくださったものですし、ロゴも「蘇湯」の象形をもとにデザイナーさんが考案してくださいました。

「蘇湯」のネーミングには、漢字の象形が持つ意味も込められている

島田:普段の入浴剤のOEMではデザインをクライアントさんから持ち込んでいただくことがほとんどなので、こうしてクリエイティブのプロの仕事を間近で拝見できたことはすごく良い経験になりました。

細川:そうですね。「商品にストーリーがある」とはよく聞く言葉ですが、本当にロゴや包材一つひとつに意味やストーリーがあることを改めて認識しました。

そして、自分たちの商品もそれだけ本気で掘り下げて考えていけば、自分たちが本当に愛せる商品をお客さまに届けられるんだなと。自分たちにもまだまだやれることがあると知れたので、今後は自社商品を開発する際にも、こうした細やかなこだわりを大切にしていきたいですね。

全国各地の魅力を再現する「第二の蘇湯」の構想も

――今回の伊吹山「蘇湯」プロジェクトに対して、伊吹山の近郊の方々からはどのような反応がありましたか?

細川:お話をお聞きすると、伊吹山の薬草に対して並々ならぬ思い入れがあるとわかって。「昔のように薬草をつくる人が少なくなっている中で、鹿による獣害で薬草がさらに減っている。けれど、需要はまだまだあるし、伊吹山を薬草が覆っているきれいな景色は後世に残していかなければいけない宝だ」とお話されたのを聞いて、このプロジェクトは地元の方との対話を重ねながら進めていかなければいけないと思いました。

伊吹山に何度も通って、地元の方々とコミュニケーションをとるうちに協力してくださる方が増えてきて、クラウドファンディングで支援してくださるなど、プロジェクトメンバー以外の方にも波及していったのを感じられてうれしかったですね。

――伊吹山「蘇湯」プロジェクトを経た、今後の展望をお聞かせいただけますか。

高橋:「蘇湯」は伊吹山の未利用素材を使うというコンセプトで製作したものなので、2023年度の「蘇湯」は今回で終了です。でも、その年によって味わいが変わるワインのように、その年ごとの植物の収穫量に合わせて配合を決め、毎年違う色や香りの「蘇湯」を製作するのはおもしろそうですね。

細川:今回のプロジェクトのお話をくださった株式会社REDDの望月さんとの間では、伊吹山だけではなく、全国各地の「蘇湯」をつくるのもいいんじゃないかとも話していました。

高橋:もしもそうなったら、伊吹山のときと同じように現地に足を運んで再現性を高めたいですね。それぞれの場所や時期によっても、香りの感じ方は違うんですよ。今後も伊吹山には定期的に足を運んでいく予定です!

取材・編集:友光だんご(Huuuu)
構成:佐々木ののか
撮影:かずさまりや