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生薬とともに40年。松田医薬品が「蘇湯」プロジェクトに挑戦した理由

「自然のあらゆる恵みを紡ぎ、人と社会を、あたためる」というスローガンのもと、人と社会の健康に貢献できる企業を目指して活動してきた松田医薬品。特に植物を使った入浴剤の製造を得意とし、自然界にある生薬の力を研究しながら、さまざまな製品を手がけてきました。

また、2024年には資生堂fibonaをはじめとした企業や団体とともに伊吹山「蘇湯(そゆ)」プロジェクトに参加。滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山(いぶきやま)の生薬を使用した入浴用ボタニカル「蘇湯」の製造を担当するなど、信念を守りながらも新たな挑戦を続けています。

松田医薬品が生薬の研究・製品開発にこだわり続けている理由とは。そして、入浴剤を通じて社会とどのように向き合っていこうとしているのか?

「蘇湯」プロジェクトに携わった経緯やそこで得た気づき、そして松田医薬品の生薬への想いや今後の展望について、代表取締役社長の松田康弘と、取締役営業副本部長の松田憲明に話を聞きました。

松田康弘(まつだ・やすひろ)
松田医薬品株式会社 代表取締役社長
大学卒業後1980年に稲畑産業(株)に入社し医薬情報担当者(MR)として従事。1984年松田医薬品入社。1995年より現職。

松田憲明(まつだ・のりあき)
松田医薬品株式会社 取締役営業副本部長
立教大学を卒業後、2014年にアルフレッサ(株)に入社。クリニックや調剤薬局への営業職を担当。2017年アルフレッサ ヘルスケア(株)経営企画部に転籍。2019年に家業である松田医薬品株式会社に入社。2022年5月より現職。

初の共創型プロジェクトに挑戦した理由

松田医薬品株式会社 取締役営業副本部長を務める松田憲明

――伊吹山「蘇湯」プロジェクトの経緯について教えていただけますか。

松田憲明:まず伊吹山では、今回のプロジェクトメンバーでもある資生堂の高草木さんと伊吹薬草の里文化センターの谷口さんが、植生回復へ真摯に向き合っていらっしゃったんです。

伊吹山の麓の地域では、薬草をふんだんに使った独自の薬草湯の文化が受け継がれてきました。しかし、鹿などの野生動物による食害や地崩れ、薬草栽培の担い手不足などにより、昔から薬草の宝庫として親しまれてきた伊吹山の自然が危機に直面しているという状況があったと聞いています。

かつて織田信長がポルトガルの宣教師に明治、日本初となる薬草園を開かせたと語り継がれる伊吹山。ヨモギやトウキ、ゲンノショウコなど、薬草として活用されてきた植物が現在も多く自生している

松田憲明:こうした現状を受けて「伊吹山の薬草を軸にした製品を通じて、伊吹山の力を蘇らせることはできないか」「入浴剤はどうだろうか」というお話になり、同プロジェクトのクリエイティブ・ディレクターである望月重太朗さんが入浴剤メーカーとして弊社を推薦してくださったかたちです。

――「薬草を使った入浴剤」で「松田医薬品」が想起されたんですね。

今回のプロジェクトで製作した「蘇湯」のパッケージ。製造のこだわりについては後編記事(リンク入ります)を

松田憲明:私どもは40年以上、生薬の入浴剤をつくり続けている会社で、望月さんとは以前、天然素材のみの入浴の素「Löyly湯(ロウリュゆ)」の製作でご一緒させていただいたことも大きかったと思います。

資生堂さんとは以前からご一緒していたのですが、今回のように大勢の方々が関わる共創型のプロジェクトは初めて。「これは大変なプロジェクトになりそうだ」と直感しました。

ただ、具体的にお話をお聞きしていく中で「この製品はうちが開発できなければ、どこにもできないだろう」とも思い、挑戦してみることにしたんです。

さまざまな人とともに“つくる”経験を通じて得たもの

松田医薬品株式会社 代表取締役社長を務める松田康弘

――これまでになかった共創型の「蘇湯」プロジェクトについて、どのような印象を抱かれましたか?

松田康弘:私どもが自社で製作する商品はOEM受託のものがほとんどで、お取引先様のニーズに合わせることを第一としてきました。でも、自分たちで製品を一からつくってみたいという願望は社員の中にもあったでしょうし、そういった機会が必要だと私自身も思っていたんですね。

そうした背景があった中で、弊社の一番の特徴である生薬の入浴剤という領域で、資生堂さんとともにものづくりをさせてもらえた。また、クラウドファンディングという形で多くの方にご支援いただきながら製作を進められた。初めての試み尽くしの今回のプロジェクトは、弊社の今後のモノづくりにも良い影響をもたらしてくれそうだと期待しています。

クラウドファンディングでは117人の支援者から、356万5000円もの支援が集まった

――プロジェクトを経て、社内に感じられた変化はありましたか?

松田憲明:普段接することがない組織やクリエイターの方々とともに一つのモノをつくることで、社員はさまざまな刺激を受けられたのではないかと思います。

今回ご一緒した皆さんはクリエイティブに対する視座が高く、オーダーを再現するのに苦労したこともあったようです。しかし、プロジェクトの経験は、これまでの入浴剤製造においてはOEMのイメージが強かった弊社のリブランディングにも活かされたと思いますね。

松田医薬品の皆さんは、「蘇湯」プロジェクト終了後も伊吹山の保全活動に参加している

松田康弘:実際に伊吹山に出向いて、資生堂さんや伊吹薬草の里文化センターの方々とともに獣害防止用の柵をつくったのも新鮮だったのではないかと思います。普段の業務では、そんな経験はなかなかできませんから。

OEMの受託生産ばかりしていると、どうしても受け身になってしまいがちです。しかし、現場に赴いて“その土地”を表現するミッションに向き合えたことで、社員の想像力や感性が磨かれたのではとも思います。

松田憲明:資生堂グローバルイノベーションセンターのオフィス内にある植物園にお邪魔した際、研究や商品に使用する薬草を見て、社員たちが感激していたのも印象的でした。

――社内には、やはり植物を純粋にお好きな方も多いんでしょうか。

松田憲明:そうかもしれません。工場で働いている社員はとくに植物が好きで、仕事にイキイキと取り組んでいる人たちが多い気がします。

弊社の事業は、動物用医薬品の卸売が大きな柱で、相対的に見ると入浴剤製作事業の割合は小さいんです。とりわけ生薬の入浴剤は、製造に手間がかかり、原料価格が不安定で、生産コストが高い。正直、儲かりづらい事業なんです。

それでも、今回のプロジェクトは生薬の入浴剤を長くつくってきたからこそ実現できたことですし、得られたものも大きかった。今後も細く長く継続していきたいですね。

生薬を使った入浴剤づくりを守り続ける理由

――松田医薬品では、生薬を使った入浴剤づくりを大切にされてきたんですね。

松田康弘:弊社の生薬を使った入浴剤づくりは、2代目社長である私の父が、生薬をベースにした入浴剤をティーパックに入れて製品化したのが始まりなんです。なので、やっぱりそこにはこだわりたいですよね。

高知県では土佐市周辺でつくられている「土佐和紙」が有名なので、入浴剤を入れる包材の素材もよく吟味しています。生薬によっては袋との相性が悪くて目づまりを起こすこともあるので、できるだけ早く溶けだすような素材を選ぶなど、試行錯誤を重ねながら一つひとつの商品をつくってきました。

ただ、生薬の入浴剤に関して社員に対しては「無理に売れ」とは言わないんです(笑)。声をかけても「頑張りよ」くらい。生薬の入浴剤をつくっている事業者は他にほとんどいませんし、そんなにあくせく売っても仕方ないですから、粛々と製造を続けていますね。

――参入する事業者が少ないのは、どんな理由があるのでしょう。

松田康弘:一般的な入浴剤と比べると、どうしても単価が高くなってしまうため売りづらいのが理由の一つですね。先ほどの話にもあったようにコストのかかる商品なので、自社での製造をやめて、弊社に製造を引き継いでもらえないかと依頼をしてくださる企業さんも少なくありません。

なので、ベストセラー商品「ゆずバスソルト」やOEMの受託生産で経営を安定させつつ、いつかは花が咲くかもしれない、という精神のもと製造を継続しています。展示会で生薬の入浴剤を紹介すると、興味を持ってくださる方は意外と多いので、今後も裾野を地道に広げていきたいですね。

――市販の安価な入浴剤と差別化するためにされた工夫などはありますか?

松田康弘:やはり、ボタニカル素材にはこだわっています。地元の素材も積極的に使っていて、例えば高知の四万十市でアロエを育てている企業さんからアロエの残渣(ざんさ)をもらってきて、入浴剤の素材として使用したことがあります。薬草にアロエを混ぜると滑りが良くなって揉みやすくなりますし、アロエ自体にもしっとりする成分が含まれているので、湯ざわりが良くなって売れ行きも好調でした。

――入浴剤のボタニカル素材自体の栽培にも取り組まれたことはあるんでしょうか。

松田康弘:試みたことはありますが、高知は平地が少ないので、素材を育てるだけの土地を確保するのが大変で。現状ではなかなか難しいですね。

松田憲明:そういった意味でも「栽培」ではなく、山に生えている素材を利活用する今回のプロジェクトは、弊社に新たな可能性を見せてくれました。

生薬を通じて健康を支えることが社会貢献

――生薬の入浴剤づくりは、いまの社会においてどのような役割を果たしていると思いますか?

松田憲明:生薬はそれ自体で皆さんの健康を支えていますよね。日頃のお風呂から取り入れていただくことで、体と心を芯まで温めてくれるので、不調の予防にもつながります。

生薬を使った製品には、飲み薬や薬用酒などさまざまなものがありますが、生薬の入浴剤はまだまだ認知されていません。コロナ禍や「おうち時間」を経て、皆さんがご自身の健康やお風呂との向き合い方が変わってきた今こそ、生薬の入浴剤や、お風呂体験自体の魅力を伝えていきたい。そうすることが、間接的ではありますが、社会貢献につながると考えています。

――日本人にはもともと温泉地をテーマにした入浴剤で旅情を楽しむ感性がありますし、「蘇湯」のように“その土地”を味わう入浴剤との親和性も高そうだと思いました。

松田憲明:そうですね。ただ、温泉地をテーマにした入浴剤のほとんどが、色やパッケージでつくりあげた“イメージ”を楽しむものになっているように感じます。今回の「蘇湯」は伊吹山に生えていた生薬をそのまま使用していますから、”その土地”をお湯に使って五感で楽しむことができる点でユニークですよね。

伊吹山薬草センターにお邪魔した際に、昔は地域の方が木綿で縫った袋に薬草を入れて揉み、入浴剤代わりにしていたというお話を聞きました。そうした民間療法のような文化は失われつつありますが、現代においても価値は薄れていません。ですから生薬にまつわる知識も、もっと普及させていきたいですね。

入浴の価値を伝えていくために

松田康弘:世界を見ても、これだけ各家庭に浴槽があり、入浴習慣がある国は珍しいですよね。お風呂にゆっくり浸かって温まるのは、日本人が昔から行っている健康のための実践だと言えると思います。

お風呂の楽しみ方は、湯ざわりや香り、ぬくもりなど、人それぞれですが、生薬の入浴剤の場合はそれらに「効能」がプラスされます。いま触れている生薬は、自分にとってどのようにプラスになっているのかを確認して楽しみながら、毎日お風呂に入ってもらえるといいですね。

松田憲明:創業から76年にわたり、弊社が事業を通じて一貫して行ってきたのは、あらゆる生命に対して健康になっていただくことだと思っています。

とくに生薬の入浴剤は、そうした会社のミッションを日本独自の文化として表現できる側面もあります。なので、改めてお風呂の価値を一人でも多くの方に伝えていきたいと考えています。

入浴の価値を伝える手段はいろいろとありますが、自社での情報発信はもちろん、山での体験ツアーのような試みもできそうですよね。高知の山に入り、識者の方の話を聞きながら植生についての理解を深め、最後は山の植物を使った入浴剤入りのお風呂に浸かる……まだアイデア段階ですが、面白そうですよね。。

ーー雑草として刈られてしまっている山の薬草を活かすことで、林業の課題解決にもつながるようなアイデアだと思います。

松田憲明:松田医薬品が大切にしてきた“もの創り”に留まらず、まだまだ新たな取り組みの可能性は広がっている。それも、今回の蘇湯プロジェクトで得た気付きかもしれません。

複数の企業さまと切磋琢磨しつつ楽しみながら、魂のこもった商品をつくり、それが結果的に皆さんの健康につながる。これほど良い循環はないなと思っています。

取材・編集:友光だんご(Huuuu)
構成:佐々木ののか
撮影:本永創太