見出し画像

【無料公開】Stripe日本代表にインタビューしてきた【Off Topic Ep162】

宮武徹郎と草野美木が、アメリカを中心とした最新テクノロジーやスタートアップビジネスの情報を、広く掘り下げながら紹介するPodcast『Off Topic』。このnoteでは、番組のエピソードからトピックをピックアップして再構成したものをお届けする。

エピソード『#162 Stripeの社内文化とオペレーティング・プリンシプルズ 〜Stripe Japan ダニエル・ヘフェルナン〜』は、決済サービスの雄ともいえる「Stripe」について、2週にわたってフィーチャーしている後編。前編はStripeという会社が見据えるインターネットの未来を、これまでの歩みやビジョンを振り返りながら考察したが、今回はそれをもとに、実際に日本オフィスを訪問して、ダニエル・ヘフェルナン共同代表にOff Topicがインタビュー。

企業訪問シリーズ「Out of Office」の初回にふさわしいトークとなった。ここでは以下、ダニエル氏へのインタビューを抜粋・再構成してお届けする。ぜひ詳細は、Podcast本編でチェックしてほしい。

シャドーIT戦略が使えなかった日本進出

── ダニエルさんはStripeに2014年5月に入社され、日本支社の立ち上げをずっと行ってきたんですよね。

そうです、当時は100人ちょっとの会社で、UberやAirbnbなどのユニコーン企業がどんどん出てくるなかで、Stripeも僕が入社したときは時価総額が$1 billionになっていました。

私は最初から日本で働いていたんです。創業者のコリソン兄弟、パトリックとジョンは幼馴染で、僕も中学2年生のときに、彼らと一緒にアイルランドのリムリックの中学校で、プログラミングをしていました。当時からすごく優秀だけど変わった兄弟で、古典ギリシャ語を勉強していたんですよ!

パトリックもプログラミングに興味を持ち始めて、一緒にサービスを作ったこともありました。2000年か2001年くらいだったと思います。ただ、パトリックはアイルランドだと5年間勉強しないと大学受験できないシステムに我慢できなくて、イギリスの大学を受験して、そこからMITに行ったんですね。

── ダニエルさんは、なぜ日本へ行くことにしたんですか?

中学時代にアメリカ人の友達がいて、彼の家にはデジタルの電話回線が2本あり、インターネットに常に接続していました。彼が日本のいろいろなコンテンツを教えてくれて、そこから日本に興味を持ち始めました。日本語を勉強し始めて、日本語の家庭教師にも習っていって……気づいたら20年以上、日本語を学んでいました(笑)。

大学院から東京大学に研究生として入り、修士課程を修了し、クックパッドにエンジニアとして入社したんです。そこでパトリックやジョンと話をする機会があり、Stripeの日本支社を立ち上げたいが適任者がいないということから、お手伝いすることになったんですね。インタビューを受けて無事に入社し、まずはアメリカで決済のことも含めて勉強しました。

── 決済のことを英語でも日本語でも勉強するのは大変だったでしょうね。ストライプの日本での立ち上げは、他のサービスとは違い、インフラを整えないといけないという点が大変だったと思います。シャドーITで始まるような戦略は取れないでしょうし。

おっしゃるように、インフラを整えないとサービスを提供できないので、シャドーITのような戦略は取れませんでした。ただ、ウェイティングリストを使って、日本での需要を探っていきました。日本でサービスを展開した時には、すでに数千件から数万件のウェイティングリストがあったんです。そこから声をかけて最初の需要を見つけたり、すでにアメリカで事業を展開している日本人からの声を聞いたりして、少しずつサービスを広めていきました。

「自分たちでやりたいこと」から戦略は始まる

── Stripeは20ほどの多くのプロダクトを持っていますね。自社開発や買収、第三者のアプリエコシステムなど、さまざまな手法で機能を開発しています。どういったバランスを重視していますか? どのプロダクトを自社で開発し、どのプロダクトを第三者に任せるかなど、判断の仕方を教えてください。

まずは「自分たちでやりたいこと」を明確に決めています。それは基本的に自社開発しますが、M&Aを通じて加速させることもあります。Stripe TerminalStripe Taxがそうですね。

ただ、プロダクトの開発は「こんな良い会社があるから買収すればいい」という理由ではスタートしていません。まずは自分たち発信で「ニーズがある」と考えて、その後で良い会社が見つかれば買収を通じて加速させるんです。

自分たちがまだ取り組んでいない部分は、APIを通じて第三者がエコシステムを作っていく形になります。もちろん、新しい商品を出すことで、今までAPIを使ってビジネスを展開していた企業と競合することもありますが、できる限り密に話をして事前に計画を共有し、納得いく形で進めるように努力しています。

── Shopifyなど他のアプリエコシステムを持つ企業との共通点として、自社で開発するものは幅広いユーザーが使えるもの、スペシャライズしたものは第三者アプリに任せるという考え方があると思います。非常に合理的なようですが、システムをオーガニックに構築していく中で、第三者が入れるべき部分や、ニッチな部分はどのように判断していますか?
考え方としては、全員が使えるベースのブロックを作り、スペシャリティを持つ人たちにはニッチをカバーできない部分を他社に任せるようにしています。アーキテクチャを見直しながら、第三者が入れるようにする部分や、特定のセグメントでしか使えない部分を明確にしていますね。Stripe App Marketplaceがまさにその一つといえます。

透明性の高いコミュニケーションを実践する

── Stripeのカルチャーは独特に感じます。初期から全てのメールに全社員がCCされた時期があったとどこかで読んだのですが、本当ですか?メールボックスがあふれそうですし、特にインターンなどは大変だろうと思います……。

本当です。目覚めると300件ほどのメールがたまっていて、それらを処理してから仕事に取りかかるまでに1時間ほどかかっていました。1時間で処理できなくなった頃は、朝2時に一度起きて30分から1時間で100件、200件ほどのメールをチェックし、また寝て、起きたら再びメールの処理を行っていたこともあったくらいです。

現在もメーリングリストは活用していて、各チームのメーリングリストや社外とのやり取り用リストがあります。各社員に可能な限り多くの情報を届けることで、透明性の高いコミュニケーションを通じて、社員が貢献できる範囲を広げられると考えています。

もちろん、メールの言い回しに指摘が入ることもあるなど、悪い点もあります。そのような指摘をしないカルチャーも意図的に作り始めています。

── Slackなどのチャットツールでは、全社員が参加するチャンネルもありますか?

はい。ただ、プライベートチャンネルも存在しますが、基本的にはオープンなチャンネルでのやりとりが主です。DMも結構しますが、DMで話が進んだらチャンネルでやりとりするようになります。

SlackではValveのゲーム「Portal」の絵文字を使って、チャンネルを移動するように指示しています。例えば、DMで日本支社の話題について長くやりとりをした場合、絵文字を使って「#Japan」チャンネルに移動しましょうと。Portalの絵文字は、全員が共通言語として理解しています。

── 面白い方法ですね!

また、長いミーティングが行われた場合には、メーリングリストやNotesリストにも情報が投稿されます。そういったことを意識して取り組んでいるので、全体的にコミュニケーションが円滑に行われていると思います。

社内文化でライティングを重視すると生まれるメリット

── Stripeは素晴らしいライティング文化で有名です。これはAmazonからインスパイアされたものでしょうか?

そうですね。Amazonにそういう文化があることはみんな知っていました。ただ、Amazonの「1ページャー」「6ページャー」とは関係なく、ドキュメントを書くことで頭の整理にもなり、他の人からの指摘も考慮して、より良いアウトプットができるという文化が昔から強いですね。

── このような文化にはメリットもデメリットもあると思いますが、どうでしょうか?

バランスを取れば、ライティングを重視することで良い結果が得られると思います。でも、やりすぎは良くないです。ライティングの目的を忘れたり、方向性を間違ったまま進んでしまったりすることがあります。また、周りからのレビューで書き方ばかりに注目されてしまうこともありますね。適度なバランスが大事だと思います。

一つ、すごく良いところがあるとすると、明確な採用基準が文書化されているので、フィットする人とそうでない人がはっきりします。それはチーム全体で話し合って決めることもあれば、トップダウンで決めることもあります。これらは「オペレーティング・プリンシプルズ」に基づいて考えています。

── オペレーティング・プリンシプルズは誰が作成したのですか?

元々はクレア(※Claire Hughes Johnson、2014年から2021年までStripeのCOOを務めた)が形にしてくれたものです。それはクレア自身が考えたわけではなく、もともと存在していた社内の空気をまとめたようなものす。人が増える中で、オペレーティング・プリンシプルズを明確にすることが重要だと思っています。今も採用ページを見ていただくと、それらからピックアップした項目が載っていますね。セレクションバイアスになるんです。

── そして、それが最近、本にまとめられたのですね。

ええ、Stripe Pressから出版されました。元々は『Increment』という雑誌を出していましたが、リブランディングして本を出すようになりました。『Increment』は主にエンジニア向けのベストプラクティスを浸透させるための雑誌として始まりました。ベストプラクティスはGAFAMといった大企業に存在していても、それぞれのエンジニアが知っているだけでしたから、それを外部へ広げていくことで全世界のエンジニアのためになるだろう、と。

結果的に全体的な効率が良くなれば、結果的にStripeの「インターネットのGDPを拡大する」というビジョンに貢献するだろうと思ったんですね。
── クレアさんが書かれた『Scaling People: Tactics for Management and Company Building』を始め、タメになる本をたくさん出版されています。このPodcastを聞いた出版社のみなさま、視聴者にいたらぜひ翻訳書の刊行を!

マイクロペシミズム、マクロオプティミズム

── 最近、パトリックさんがインタビューで話していた「マイクロペシミズム、マクロオプティミズム」という概念が興味深いと思いました。ストライプの企業理念にも関連するようですが、この考え方はStripeにとってどのような意味を持ち、なぜ重要なのでしょうか?

この考え方は、長期的にはインターネット経済が成長し続け、世界の隅々にまでインタビューが広がっていることに楽観的である一方、短期的にはリスクや問題に対して慎重であることを意味しています。コリソン兄弟もそうですけど、どこか完璧主義なところを持ちながらも楽観性を保ちたいという思いがあるようです。

そのほうが、長期的にオポチュニティも大きいですし、会社としても社会としても経済としても、どんどん良い方向に進んでいって、社会もプログレッシブに進化していく。その中で自分たちは目の前のことをしっかりやりましょう、というニュアンスを捉えています。

── なるほど。では、この考え方はどのように従業員に浸透しているのでしょうか?

私たちは従業員に対して、自分自身で考えることを重視しています。例えば、「素早く行動する」と「慎重に考える」という異なる価値観がある中で、どちらが適切かは、状況に応じて自分で判断することが求められます。これは、会社全体としてオプティミストであるべきだが、楽観的すぎるとリスクを見失ってしまうため、短期的な視点で慎重さも必要とするという考え方に基づいています。

どっちも大事なんですよね。でも、そのバランスも上から教わるものではなくて、コンテキストで考えるべき。両方からちゃんと考えて、正しいことをやろう、失敗しても大丈夫なことは何かと。ライティング文化も、各従業員に自分なりに考えてもらいたい思いが表れたものともいえるでしょう。

長期的にはエンジニアやサポートチームでもAIを活用する

── Stripeさんのビジョンにある「インターネットのGDPを拡大する」が社内でも頻繁に話されているのですね。社内で売買の流通総額の何パーセントが今インターネット上にあるのか、といったことをトラッキングしていると聞いたこともあります。

そうですね。実際にその数字を見ることはありますが、毎月すぐ変わるものでもないので、年に1回くらい見れば大丈夫です。それを見るためのダッシュボードが各国のオフィスにあるわけでもないです。

ただ、新商品を出した、イベントがあった、といったような大きな仕事ができた時には社内でメールを送ったりするのですが、それらがオペレーティング・プリンシプルに従ってなされているかどうかは、頻繁に話していますね。

── 特にアメリカのテック業界では、AI生成技術が今ブームになっている中で、StripeはOpenAIと提携を発表しました。現在は、ドキュメンテーションで質問に答えることができるようになっていますし、不正利用の防止など、既にStripe社内でAIがいろんな形で使われていると思います。特にAI生成技術に関しては、今後どのようにサービスと取り組もうと考えているんですか?

現在は、ドキュメントで質問に答えてもらえるようになっている部分や、不正利用防止の部分でAIを活用しています。誰でも登録すれば利用できる形にしているので、そのユーザーが信頼できるか、利用規約に違反していないかといった部分で、Large Language Model(LLM)が非常に適しています。そういった部分の導入は今すぐに進めています。

長期的には、エンジニアやサポートチームでもAIを活用することが増えていくでしょう。例えば、GitHubのCopilotを使ってコードのアシストを受けたり、サポートエージェントのアシストとしてAIを導入したりすることが考えられます。この一年でほぼすべてのチームに何らかの影響があると思っています。

社内にはAI専門のグループもあり、そのメンバーが他のチームと相談しながら、どのようなモデルを導入できそうかを検討しています。

コンテクストがいかに大事か

── Stripe Japanを運営している中で、一番心配していること、英語だと "what keeps you up at night" は何ですか

長期的な懸念というか、ブランドが海外からすぐには浸透しないので、日本でしっかりとブランドを築いていくことが常に気になります。

以前は、朝に起きてすぐメールのチェックをして、300件ほどのメールを処理していましたが、最近はサブスクライブを解除して、大体100件くらいに減らしました。それと、子供が3人いるので、朝は彼らを支度して、無事に玄関から送り出すことが大事なタスクです。

── ダニエルさん、周りがあまり信じていないもので、あなたが信じているものは何ですか?

難しい質問ですね。私は、コンテクストがいかに大事か、ということを信じています。長い間、仕事をしてきたおかげで、どこに誰がいるのか、お客さまはどういったユースケースを持つか、困っていることは何か、プロダクトで何ができるのか、パートナーの得意不得意といった、多くのコンテクストを理解しています。

これらの資産を大事にして、新社員にも伝えていくよう努力しています。

── 余談でも構いませんが、最近で「誰かに感謝したい」と思った瞬間はありますか?

2年前に、ジェフ・ホーキンスの『A Thousand Brains』を読んで、人間の考え方やAIの考え方に感謝できるようになりました。人間の存在がいかに奇跡かということを改めて考えさせられたんです。この本は、脳の仕組みや意識についても詳しく説明してくれるので、感謝しています。


今回のOff Topic「#162 Stripeの社内文化とオペレーティング・プリンシプルズ 〜Stripe Japan ダニエル・ヘフェルナン〜」ピックアップコンテンツでは、Stripe Japanのダニエル氏にインタビューする機会を得たが、特徴的な部分を取り上げた。Podcast本編では、より細部に至った話題が展開されている。Stripeという企業のカルチャーの底力を感じ取ってほしい。

(文・長谷川賢人

ここから先は

0字

スタンダードプラン

¥500 / 月
このメンバーシップの詳細

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?