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空間への美意識の持ち方について

なんてことはない、気づかない人がほとんどだろう。しかしモダニズム建築の巨匠ミース・ファンデル・ローエはこう言った。「神は細部に宿ると。

空間デザインをしていて、それこそ細かい箇所へこだわり始めればキリがない。塗装1つにしてもローラー塗りなのかハケ塗りなのか、色味から骨材の混ぜ方から仕上げ方まで、選択肢は無限大だ。

たかだかビス1本でも普通のコーススレッド(銀色のプラスネジ)を仕上げに見せるのは野暮だ。ビス頭を見せないように隠して仕上げるのが普通だが、あえて見せるなら粋に仕上げたい。空間に合わせて真鍮のマイナスネジに変えてみたり、黒くて無骨な丸頭のビスを使ったり、わざわざアンティークの作りの粗い釘に変えてみたり。

「こんな小さなところ誰も見てないよ。」もう1人の自分がそう囁いてくる。いや、俺が見てるんだよ。少なくとも自分だけはここに気づいているんだ。気づいてしまった以上は見て見ぬ振りはできない。


トイレの標示錠の色が気にくわない

飲食店は営業許可を得るのに専用のトイレが必要になる。施設内テナントの場合は共用で免除される時もあるが、路面店なら確実に必要だ。そしてトイレには当然、鍵が必要になる。

簡単にやるならカンヌキのようなスライドボルトで良い。しかし、もしも中で泥酔したお客さんが寝てしまったら?緊急時には外から開けられなきゃいけない。そうすると、中で引っ掛けるだけのものだとダメだ。

不特定多数の使うトイレの場合、入っているかどうかを知らせる仕組みがないと不幸なノックの応酬になる。この入室済と空室を知らせる仕組みがついてる鍵を標示錠というのだけれど、ほんと良いものがなかなか見つからない。

アンティーク風のVACANTの文字表示はオシャレなのかもしれないが不親切だろう。入室時は外のランプが灯るなどもできるがコストが高くなる。悩みどころだ。

例えばこの表示の色。空室は青、入室済は赤だ。たしかにわかりやすいし一般的だ。しかし、空港のトイレや駅のトイレならいざ知らず、飲食店の個室のトイレにふさわしいのかは疑問が残る。

誰も入っていない時にも「空いてますよ!」とわざわざ主張する。トイレは空間の主役ではないから、食事中はお静かにしていてほしい。


文句を言っていても仕方ないから、バラバラに分解して表示板の色をDIYで変更することにした。

空室は主張のない艶消しの黒。入室済なら無駄なノックを避けたいから鈍い輝きのある銅箔貼り。ちょうど前室の手洗器の水栓も銅メッキのものを選んでいたから、そこにあわせた。

本当は鍵の真ん中の緊急時に外側から開ける部分も黒にしたいのだが、微妙にテーパーがかかっていてシート貼りはきれいに仕上がらない。これは組み込んでから最後に塗装で仕上げるのが良さそうだ。


「こんなところに誰が気づくんだよ!」自分でもそう思う。DIYでこんなことをやってる設計者やデザイナーは見たことがない。もちろん工務店側から提案されたことも一度もない。自分でも軽く変態の域に入りつつあるのを感じる。

おまけにこの鍵を扉に組み込むのも僕がやった。本来は建具屋さんというドアや窓作りの専門職の仕事だ。

もともと引き戸だった古民家の建具を寸法を詰めて開き戸に組み替えた。

文章で書くと1行だが、乾いて歪んだ古い建具をバラして仕立て直すのは骨が折れる作業だ。一点物の古材の建具だ、もしも壊れたり切り過ぎたりしたら替はきかない。失敗は許されない。これは建具屋さんが嫌がるわけだ。

さらにドアノブや鍵をつけるには昔の建具では枠の寸法が短いので、ベース部分だけは木工で作り直す。手間が多い。

できあがった佇まいは古い和の建具に同年代のイギリス製アンティークのピューター(錫)のドアノブがよくなじんでいる。空室時の鍵の静けさもいい。食事の時にトイレは意識したくないから、これくらい静かなのがベストだ。


・・・こんなのは自己満足なのかもしれない。

でも、こんな些細なこだわりも、きっと誰かが気づいてくれる。空間の空気感とはこうした微細なこだわりの集まりが形作るものだと信じたい。

そして僕は今日もまたノミを振るう。

このままだとデザイナーではなく建具屋さんになってしまいそうだが、気づいてしまったからやるしかない。きっと誰かが気づいてくれて、報われる日を夢見て。

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