私と、とある新聞記者の話(本章)
社会人になってからの友人て何人いるだろう?
ふと、そんな疑問が頭の先端をかすめた。
アルコールの肴には上等だろう。
友人の定義を述べよと言われたらそれはとても難しく面倒だ。
私が大学の教授になったらその種の論文試験を出すのも面白いかもしれないが、その可能性は今のところ酒を断つことくらいの可能性しかない。
私は、友人は少ない。
そんな私でも少ないだけで多からず少なからずの友人はいる。
最初の質問だが。
何人ということは返答に窮するが、社会人になってからの友人と言われればすぐに思い浮かべることができる人間が一人いる。犬、猫、植物、熱帯魚じゃなくて、心より良かったと思う。
私が彼と出会ったのは神戸のとあるバーだった。
いい笑顔だった。
私が、新聞記者ととあるバーで深夜2時に名刺交換した。名刺を見て「何だブンヤか」とつい声に出してしまった僕に対して、彼は卑屈でない笑顔を見せた。
そして、私の名刺を見て
「すごいですね」
「すごくはない。それはオフィシャルの方」
「ということはプライベートなのも?」
「あぁ」
私はギネスを半分ほど飲み込んだ。
彼のハイネケンの生ビールが入っているグラスは残りが4分の1ほどになっていた。
「お替り入れましょうか?」先ほど彼と話をしてバーテンダーが彼のグラスを見てそう言った。
「じゃあ、僕もギネスで」
「それならこっちにもおかわりを」
バーテンダーは私達を順繰りに見て嬉しそうに
「わかりました」と言った。
ビールが出てくる前に、私は再び名刺入れを取り出し、数枚だけ忍ばせている最初に渡した名刺と違う名刺を渡した。
名刺を受け取った彼は
「へぇ~」という感嘆の声をあげ、「頂戴します」と大切そうに名刺入れの中に2枚の名刺をしまった。
私はしばらく彼からもらった名刺を眺めていたが、ビールが出てきたタイミングで名刺入れにしまった。
ギネスが二つ運ばれてきて私達はなんとなくグラスを合わせて飲み始めた。
基本的に会話は質問形式で行われた。もっとも、初対面の人間同士の会話は概ね質問と回答で形成されることがほとんどだ。ただ、彼は矢継ぎ早ではないが、心地よいテンポで質問をしてきて、私はそれをビールを飲みながら、そして彼の様子を観察しながら回答していった。
「どこにすんでいるのか?」
「いつもこの時間まで仕事をしているのか?」
「歳は?」
「家族は?」
「出身大学は?」
「なぜこの仕事に就いたのか?」
私はインタビューに応えるように穏やかに質問に答えていった。嫌味でない。その眼だ。彼のためならば有益な情報を与えたいという、そんな気分になった。
「眼が笑っていない」
質問が一通り終わった後、私は唐突にそう彼に言い放った。
すると彼はまた照れたように笑い、
「そうなんですよ」そう爽やかに笑った。
「すみません。気を悪くした?」そして素直に謝罪した。
「いや。大丈夫・・・・」
彼は黙った。私の次の言葉を待っているようだぎた。
「いや、好きだよ。そういう姿勢。同じ年代でそこまで仕事に真剣になっている奴が他にもいると知って励みになる」
私はそういうと、何度目かのギネスを空にした。
バーテンダーがその様子を見て注文を取りに来たので、私はだまって頷いた。バーテンダーはギネスの缶を私の横にある冷蔵庫から取り出し、グラスに注いで振動機に置いた。
「君もまったく眼が笑ってないけどな。」
彼はそう言って、「お替り」とバーテンダーにグラスを振ってみせた。
深夜の3時半ころまで一緒に飲んで途中まで一緒に帰った。
「じゃあ、こっちだから」別れの言葉も簡単だ。
メールアドレスも、電話番号も交換しない。名刺に載っている電話番号で十分だった。
また、店で会うこともあるだろうし、二度と会うこともないかもしれない。
彼は私の情報が欲しかったら連絡してくるだろうし、そうでなかったら連絡はしてこないだろう。また、私も彼を利用できるならその時に利用したらいい。
至ってシンプルだ。