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【開催報告】異種移植を考える対話型ワークショップを実施しました 2024.09.18 One Earthology Seminar 2024 生命 1st round
ブタなどの動物の臓器を、移植を必要とするヒト患者に移植する「異種移植」。臓器の慢性的な不足を解消する新たな治療法として世界的に注目され、ヒトへの移植を可能にするための技術開発が進められてきている一方、その先には倫理的に超えてはいけない一線があるという議論もあります。
One Earth Guardians育成プログラムが定期的に開催している対話型ワークショップ One Earthology Seminarでは今回、「異種移植」をテーマに、人の願望や欲望に応えるための他の生命の利用の限界について考えました。
異種移植について参加者はどんな反応を見せ、どのような議論が起こったのか。その様子をご報告します!
One Earthology Seminarとは
学生、教員、学外の方々が参加して、多様なバックグラウンドの参加者が同じテーブルにつき、100年後のありたい姿や、どんな地球に生きていたいかを思い描きながら、学び、話し、考える共創の場。
毎年度、「土」「海」「食」「生物多様性」などのテーマを設けて、各テーマにつき2回ずつ実施しています。2024年度のテーマは「虫」「生命」。このうち「生命」の1回目として異種移植を主題に実施しました。
(One Earth Guardians育成プログラム 活動の紹介ページ)
異種移植を通して考えたいこと
異種移植は、試験的な段階にとどまるものの、臓器を待つ患者の切実な願いに応えるべく研究がつづけられ、異種移植成功を⽬指すバイオベンチャーも⽣まれています。
2022年には、拒絶反応を抑えるために遺伝子改変を行ったブタの心臓を患者に移植する世界初の手術がアメリカで行われました(*1)。
また、今回のセミナーが実施された直後の2024年10月4日には、東京慈恵会医科大学などの研究チームが、重い腎臓病の胎児にブタの腎臓を一時的に移植する臨床研究を開始するための計画書を学内に提出し、実施されれば国内初の異種移植になると注目されています(*2)。
しかし、これから「異種移植」の技術が進歩し、⼈間がブタから臓器を得られることが当たり前になる社会がきた時、私たちはどこまで、新たな臓器へのニーズを満たすことになるのでしょうか。増大する⼈間の欲望に応えつづけた先にはどのような未来が想像されるでしょうか。
これまでも⼈間は⾃らの⽣活や欲望のために、⾃然や他の⽣命を利⽤し、またそのための技術を発展させてきましが、私たちは、何のためならば、どの程度までならば、他の⽣命に⼿を加えたり利⽤したりしてよいのでしょうか。
「命」や「健康」という⼈を熱狂させやすい欲望と、それに応えられる技術が掛け合わさったとき、私たちは何をもって「していいこと/してはならないこと」の線引きをするか。今回は異種移植をテーマに、この複雑な問いについて思考してみることをセミナーの目的としました。
*1 日本経済新聞「ブタの心臓を人体に移植 米で世界初の成功」(2022年1月11日)
*2 時事ドットコムニュース「ブタ腎臓移植計画を学内申請 実現すれば国内初、重症胎児に―26年度の実施目指す・慈恵医大など」(2024年10月5日)
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異種移植のリーディングカンパニーという設定
どのような場合に異種移植を認めるか、認めないかの線引きは個々人によりかなり違いがあると想像されます。しかし今回のセミナーでは、一個人としての思考を離れ「社会として」どうするべきかに思いをめぐらせてもらいたいと企画者である私たちは考えました。このため、参加者には異種移植のリーディングカンパニー「ポルコ・ドリーム社」(*3)の取締役であるという架空の設定に身を置いてもらい、その社会的・経営的責任のもとで異種移植をめぐる社としての方針を考えてもらう設計にしました。
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設定はこうです。ある架空の未来、「すべての人に、健康な臓器を」をミッションに掲げるポルコ・ドリーム社には、最近になって新たな悩みが生じていました。もともとは患者の命を救うための最後の砦として行われていた臓器移植が、手をのばせば届く手段になるにつれ、生命の危機があるとまでは言えない事由での臓器提供のリクエストが寄せられるようになってきたのです。社として、どのような基準のもとでリクエストに応じるか否かを判断すべきなのか―。
さらに、もう一つの社の検討課題として、ドナーブタの“ヒト化”に対する社会的・倫理的課題とどう向き合うかを考えました。他種に由来する臓器を移植した際に本来起きる拒絶反応を抑えるためには、ブタの臓器や体の構成をヒトに近づけるような工夫を施す必要があります。ポルコ・ドリーム社の卓越した研究開発力は、心臓、肺、肝臓、腎臓、角膜... さまざまな“ヒト化”臓器を持つドナーブタを作出することに成功し、ドナーとして高い優位性を持つブタを次々に生み出してきました。しかし、より良いドナーとなるためにブタの“ヒト化”を押し進めることは、社会的・倫理的にどんな問題になりうるのか-。リーディングカンパニーの果たすべき責任として、取締役に扮する参加者たちが議論を交わしました。
*3 「ポルコ・ドリーム社」は、今回のセミナーの設定における架空の会社であり、実在しません。
ディスカッションを経て
この2つの課題について、参加者たちはグループに分かれてディスカッションを行い、最終的にワークシートにまとめたものを発表し合いました。
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ディスカッションの様子について詳しくは、企画・運営に携わった学生がまとめてくれました。この記事の最後に載せている<参加学生のレポート>をご覧ください!
セミナーの最後には、ディスカッションを経て「もやもやしたこと」、「面白かったこと」を参加者一人ひとりが発表し、異種移植そのものに対する考えだけでなく、健康や寿命、死に対する各人の感覚も垣間見えました。
▼参加者からの感想の一部
「みんなそんなに生きたいんだ、と思った」
「どうしてそんなに病院に行くのか、医療は行き過ぎではないか」
「人間の欲求は果てがなく、どこでラインを引くか難しい」
「議論を経て、徐々に移植に寛容になっていく自分がいた」
「異種移植は自然から逸脱した行為なのではないかと感じた」
<参加学生のレポート>
執筆:坂本 堅藏/OEGs5期生・生圏システム学専攻 修士1年
One Earthology Seminar 2024「生命」1st round のテーマは「他の⽣物の作る“臓器”を得て⽣きる⼈ −『異種移植』のその先に」でした。ブタの臓器をヒトへ移植する技術が進歩し、異種移植が普及した架空の未来を設定。多くの人の願いを叶えうる技術である一方、人々の期待や欲望がふくらんでいったとき、倫理的観点から、果たしてどこまでその技術を発展させ、どこまでその欲望に応じて良いのか、という複雑な課題について議論を行いました。
ワーク前半は、心臓移植から皮膚移植までさまざまな移植希望ケースを想定し、「異種移植を行ってよいと判断する基準がどこにあるのか」を探るべく、それぞれの移植希望ケースに応えるか否かを判断する個人ワークとグループ議論を行いました。希望者の背景情報がない条件下で個人の立場で判断するワークと、背景情報が提供された上で、自らが異種移植のリーディングカンパニーの取締役の立場にあると設定して行ったグループ議論では、判断基準にかなり変化が生じて興味深い結果となりました。
私個人としてはワークを企画している当初、家畜であるブタを犠牲にすることで多くの人を救うことができるのだから、どのような要望であっても許可するという意見が多数になり議論にならないのではないかと懸念していました。しかし実際にはそのようなことはなく、すべての想定ケースで許可するという意見だけでなく、生命の危機に関わる時のみ許可するという意見から、そもそも異種移植は全て認めないという意見まで、多様な考えが示されることになりました。
ワーク後半では、「どこまでブタをヒトに近づけて良いのか」について議論を行いました。人間に移植しやすい臓器をつくるためにブタの体の一部や遺伝子をヒトに近づける(=“ヒト化”させる)ことは、本来異なる種であるブタとヒトの境界を曖昧にする行為であるという見方もでき、ブタとヒトそれぞれの尊厳を損なうことになりかねない、という倫理的観点からの問題提起があります。どこまで“ヒト化”を進めてよいかの明確な基準を設定することは難しいものの、参加者の議論では、脳や外見を変化させるのは行き過ぎだという意見が多く挙げられ、知能や見た目がそれぞれの種としてのアイデンティティを守る一つの大きなラインとなると考える人が多いのではないかと考えられました。
今回のセミナーは、複雑な要素が含まれる、議論が非常に難しい回であったと思います。参加者の中には、異種移植自体に反対だという方や、そもそもそこまで医療による延命や治療を求めないという意見の方も複数おられ、人によって生命や医療に対する倫理的な態度が大きく異なることが強く感じられました。異種移植の技術は今後さらに発展していくと予想されます。人間の果てなき欲求と複雑で曖昧な倫理観に大きく左右される異種移植のあり方について、どこで線を引くか納得のいく落とし所を見つけるためには、密に議論を続けていかなければならないと考えさせられた回でした。
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