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植物の体の中では何が起こっている?植物の力こそが食料生産の鍵となる / 田野井慶太朗 教授 [農学部リレーインタビュー vol. 5]

植物が養分を吸収している様子を見たことはありますか?今回、八木信行 先生からタスキを受け取ったのは、附属アイソトープ農学教育研究施設で植物体内における物質移動の可視化を行う田野井先生。植物の放射線検査とも言える研究を通じて、光合成と食糧生産との深い関係を語ってくれました。

プロフィール   |   田野井 慶太朗
東京大学大学院農学生命科学研究科 附属アイソトープ農学教育研究施設(応用生命化学専攻 協力講座)
放射線植物生理学研究室 教授。博士(農学)。
専門分野は放射線植物生理学、放射線生態学。研究テーマは「植物中の物質動態解析」。

植物の“血流”を見る

私は農芸化学という分野の出身です。大学院生になる時に農芸化学の中の専門分野として附属放射性同位元素施設(現 附属アイソトープ農学教育研究施設)の研究室に所属することとなり、以降、今に至るという単純な経歴です。特に教員として働くようになってからは、放射線をどうやって農業や植物で利用するか、といった研究をしてきました。現在は、肥料成分などに放射性同位体の標識をつけて、植物の根や葉に移動する様子や、二酸化炭素を放射性同位体の標識をつけておいて、光合成により二酸化炭素を原料に作った生産物が、葉から他の部位へと運ばれる様子を可視化する、といったことを行っています。例えるなら、人間ドックなどで使われるPET検査の植物版と言えますね。
植物の体って一つの家族みたいなもので、上の方の葉っぱが稼ぎ頭のお父さんのような存在なんです。赤ちゃんの若い芽は光合成はできません。だから、お父さんやお兄さんの葉っぱが頑張って光合成をして、若い芽に養分を送るんです。芽が成長して葉が緑色になり大きくなってくると、自分の光合成で栄養を賄えるようになってきます。そうすると、今度は自分が作った余分な養分を次の世代にあげるようになって成長していくんです。このような養分の受け渡しの工程は“転流”と呼ばれています。これは大変に面白いもので、上のおじいちゃんの葉っぱから、一番下の赤ちゃんの芽までの血流を見るような感覚で観察しています。

「低セシウム米」品種の開発を目指して

2011年の福島第一原発事故以降は作物の中のセシウムがどうなっているか、ということも調べています。放射性同位体を使ったトレーサー実験を行うことで、土壌中のセシウムが作物にどう吸収され、どこの部分に分布しやすいかを見える化できるんですね。イネで調べてみると、根から吸収されたセシウムの量は同程度でも、玄米中のセシウムの量は品種によって違うことがわかりました。つまり、セシウムを玄米へ転流させるしくみがなにかしらあるはずで、現在、品種間で比較をしているところです。今後、玄米へセシウムを転流させないようなイネを作ることができるかもしれません。現在、福島のお米は、農家の努力に加えて、セシウムを固定しやすい土壌の性質により、セシウムをほとんど含みません。しかし、世界の土壌は様々です。セシウムが玄米に行きにくい「低セシウム米」品種をつくることができればいいな、と考えています。

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気づいていないだけで食糧難

最近はサステナビリティを考える機会が増えています。我々、農学の分野では食料生産といったフードセキュリティの課題があります。米国農務省のデータなどを見ると、現在の世界の穀物の生産量と消費量は同じくらいで、期末在庫、つまり次の期に繰り越せるのは2割ぐらいです。だから、例えば干ばつが数年続いて80%しか取れなかったら、たった1年で食料は不足してしまいます。私は温暖化よりも冷夏が怖いです。古代遺跡の堆積物などから過去の気候を調べると、2~3年冷夏が訪れた後に文明が滅んでいる場合があるそうです。現代社会においても、このようなことが地球規模で起こる可能性はあると思います。豊食な日本だと肥満や健康問題に目が行きがちで、飢餓問題の方はあまり注目されていない。だからこそ、農学の立場としては、植物の光合成や食料生産について真剣に考えていく必要があると考えています。

学生は失敗を恐れずに積極的な挑戦を

最近、学生にサイエンスライティングの教育を始めたんです。以前は先輩の文章を見様見真似で投稿論文を書いて、エディターの説明を読んで、そうやって文章の書き方を学んできました。自分もそうだったのですが、最近はそれだけではまずいなと考えるようになりました。サイエンスライティングは論文に限らず、申請書や報告書といった様々な分野に共通すると思うんです。だから、まずは彼らの卒論を念頭に、緒言とか引用をちゃんとしなさいよとか、コピペするなよとかから教えています。あと、学生にはなるべく多くのことを経験してほしいので、例えば海外へ行きたい人がいれば、積極的に行かせる努力をしています。まずは失敗を恐れずに、学生自ら湧き出た「やりたいこと」を思う存分やってみてほしいですね。


〜 インタビュー後記 〜

何についてもポンポンと答えを返してくださる田野井先生。ついお話が弾んで話題もあちらこちらに及びましたが、最後には、「One Earth Guardiansを始めて、農学部もっとこうしたらいいのに、と思うこととかありますか?」と逆インタビューを受けてしまいました。

(インタビュー実施日 2018.08.30)
インタビュー・編集/東京大学大学院農学生命科学研究科 One Earth Guardians育成機構 深尾 友美, 中西 もも
構成・文/東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 青塚 圭一

[東京大学農学部リレーインタビュー]
東京大学 One Earth Guardians育成プログラムでは、東京大学大学院農学生命科学研究科の教員たちに順次インタビューをしています。研究の内容だけでなく、取り組むきっかけ、そして研究を通して見つめたいこと、問いかけたいことまでざっくばらんに語っていただいています。時には、農学生命科学研究科の外にも飛び出してお話を伺っています。
お話を聞かせていただいた先生に、次の走者=インタビューを受ける方を紹介いただく「リレー形式」でタスキをつないでいきます。
個性豊かな研究者たちの人となりも垣間見ていただければ幸いです。

東京大学農学部リレーインタビュー(タスキ)_210630 紺_水色【使用版】

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