あの日、あそこで見た景色~北アルプス国際芸術祭2021
ちょっと前のことにはなるけれど、
感動したあの景色について書いておく。
旅のまえ
2021年11月、長野県大町市を訪れた。
目的はそこで3年に1度開催される北アルプス国際芸術祭を見に行くこと。
僕は芸術が好きだ。どこかを訪れるときは必ず美術館をチェックする。
面白そうな展覧会があれば、少しくらい離れていても行ってしまう。
そこでの感動はお金や時間には代えられない。
そんなわけで初めて長野県を訪れるとなって、ネットで情報をあさって
松本城や民藝館も行きたいなぁ、ご飯はやっぱり信州そばでしょ、
クラフトビールやワインも飲みたい、リンゴだって食べたいと、
調べれば調べるほど期待値ばかりがどんどんと上がっていった。
空港→上條(そば屋)→大町市
そんな僕をまずやさしく受けとめてくれたのは、松本空港の周りを散歩する長野県の方々だった。着陸した飛行機の窓から、ここが長野県かぁ、
寒くないかなぁと外を眺めていると、空港の周りに設けられた遊歩道を、
主に年配の方がスポーツウェアを着て、せっせせっせと散歩している。
大きく腕を振って、イッチニ、イッチニ、そして飛行機が近づくと笑顔で
こちらに向かって手を振ってくれる。一人や二人なんかじゃない。
滑走路を移動しながら目に入る人の多くが同じように手を振ってくれる。
どなたか有名な方が乗っている? 到着する便がそれほど多くはないから?
いやいや、素直に、いらっしゃい、もしくはおかえりって気持ちが表れているような気がして、その純粋さにうれしくなってしまう。
空港を出たあとは、バスで松本駅に行き、そこでレンタカーを借りて
大町市に向かう。僕の愛車は日産ノート(epowerではない旧型)。
知らない道を走るのはナビがあってもちょっと緊張する。
え、大町市は右折って標識が出てるけど、ホントにまっすぐ行っていいの、ナビを信用するしかないとわかりつつも、標識とナビが違うと、決まってどうしようと困惑し、そんな標識が続いてしまうとドキドキがとまらず、
はずかしいけど小心者であることが露になる。それでもナビへの信用を裏切らなかったおかげなのか、最初の目的地に到着。信州そばのお店、上條。
ちょっと腹ごしらえのため、松本と大町の間にある有名どころの蕎麦屋をあらかじめセレクトしておいた。ただ、透明なガラス板に書かれた店名の雰囲気から、もしかして高い店かもと駐車場で入ることをちょっとためらい、念のため食べログでメニューを再確認し、窓辺に座るお客さんの服装とかも確認して、うん、大丈夫と扉を叩く。あれ、思いのほか堅苦しさはない。どちらかと言えば、田舎の他人ん家にお邪魔したような素朴でアットホームな雰囲気。ただ、店員が誰もいない。おそるおそる勝手に奥に入り、他の客のチラ見を気にしつつ、抑え気味にすみませんと声を架けると、裏からハーイという声がし、店員にカウンターをすすめられる。窓際のテーブル席は光が入り明るいが、店の中に設けられたここはちょっと薄暗い。メニューから辛味大根の蕎麦をいただく。
ざるに盛られた蕎麦と、辛味大根のしぼり汁、そして透明な液体に入ったひと口だけの蕎麦。持ってきてくれたスタッフの方より、まずはこちらの水蕎麦からお召し上がりくださいと言われ、素直にそれに従ってみる。あれ、これだけでもなんかおいしい。正直なところ大して味はしない。ただ、とても自然なものを口にしている感じがする。まず水がちがう。僕の知ってる水道水ではない。もっと清らかな感じがする。そのせいなのか蕎麦からも、風味が強いわけではないけれど、蕎麦の実という自然のものを人が手を加えて作った食べ物といった、自然なものを食している印象を受ける。それを辛味大根の辛さというか刺激でいただく、あー、これは長野の大地をいただく贅沢なものだと堪能する。とてもおいしい、体もよろこんでる。
お腹も満たされ行きますかと車を走らせるが、ナビが明らかに松本に戻る
方向を示している。ナビ至上主義、ナビ派(ためらいなくナビを信用する人)の僕としては従って進むしかないが、やっぱり違う気がする。車を止め、スマホで地図を確認してもどうもおかしい。入れ間違えたかと疑うも、そんなことはなさそう(機械には疎いから確認の仕方が正しいのかどうかもあやしいんだけど)。仕方がない、どうも納得がいかない、信条を覆すして、あっさりとナビを切り、僕は自分の感覚と地図を信じ、逆走する。不安から大町市への標識を見逃すまいと、いつも以上にすこし前のめりになる。当たっててくれよという思いで車を走らせ、大町市まで残り〇〇kmの標識が出てきたときには安心から、標識に向かって手を伸ばしハイタッチをした。僕はそうして道の駅にも寄りつつ、無事、大町市に入ることができた。これから3日間、大町市内を車で走り、点在しているアートをスタンプラリーのように見て回る。
これが本当におもしろかった。美術館での観賞とは違い、アーティストが大町市の土地柄、歴史、文化から刺激を受けて作品を創作し、それらが自然のなかや歴史的背景がある建物内で展示されている。もちろん作品の背景など分からずとも楽しめる作品もあるけれど、アーティストの解釈を勝手に紐解きながら鑑賞する時間というのは、この土地でこの作品を見るからこそ体験できる貴重なものだと感じた。
心を揺さぶったもの
そしてそこで僕の心をずっと揺さぶっていたのは、その自然、山々の美しさだった。大町市に入る手前の国道を走っていて、冠雪した山が目の前に現れたとき本当に自然と、うわぁぁぁと声が出てしまった。何度もその姿を改めて確認しようと、運転しながらよそ見をして、そのすばらしさに心が震えた。アートの展示場所へ市内を走ってるときだって、何度も遠くにその雄大な景色が広がっていて、純粋にカッコいいなぁと魅了された。自然とは対極にあるアートを見に来たわけだけど、結局は自然を目にして得た感動のほうが大きかった気がする。ただ、インスピレーションを受け何かを形にすることは本当にすばらしいことであり、そのインスピレーションの素になったものもやっぱりすばらしい、それだけのことなんだと思う。
正直、大町市自体は、失礼かもしれないけど、アーケード街を見てもちょっと廃れていってる印象があった。きっとここで暮らしていくことは都会と比べれば不便で、仕事だってそれほど多くはないだろう。それでも一人の訪問者として、この土地の風景に圧倒され、そこから得られる自然の恵みを味わい、こんな風に自然に感動することが久しぶりだったからこそ、この美しい自然の四季の移ろいをいつでも身近に感じられることを羨ましく思った。そしてこの自然の近くで暮らしているということが、長野県の方の人柄にも表れているような気がした。そのことを記しておきたかった。
結局、アートを見て回るだけで時間がなくなってしまい、
松本城も民藝館にも訪れることができなかった。リンゴも食べておらず、
リンゴジュースとワインをお土産にすることで諦めた。クラフトビールだけはスーパーで買ったものをホテルで飲んだ。今度はあの山にも登りに行きたいから、たくさんの休みをとって再訪したいと胸に誓い、夜の飛行機に乗り込んだ。帰りは手を振ってくれる人は誰もいなかった。ただ窓から見える松本の夜景には、僕の心をすごく温かくしてくれるものがあった。
あぁ、いい旅だったな。
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