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推しの炎上は非行少年の更生みたいなもの

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芥川賞受賞から時間が経っても、ランキング上位にランクインしている『推し、燃ゆ』。この物語は推しが炎上することから始まる。小説の題材になるくらいだ。推しが炎上するということは世の中的にはわりと日常の中で起こっていることなのかもしれない。

私は過去さまざまなジャンルの推しを推してきたが、炎上を目の当たりにしたり、その渦に呑み込まれる経験があまりなかった。熱愛報道関連はよく出くわしたが、発言や行動に対するものはほぼ無かったように思う。しかし最近、私はやたらと炎上する推しに出会った。初めて「炎上」を目の当たりにして、この現象の中に渦巻く感情について考えたので、ここにまとめておきたい。


そもそも「炎上」とは何か-。

インターネット上において、不祥事の発覚や失言・詭弁などと判断されたことをきっかけに、非難・批評が殺到して、収拾が付かなくなっている事態や状況を指す。


自分が推している人が炎上したら、ファンとしてどんな気持ちになるか。その炎上に共感したり、落ち込んだり、怒ったり、悲しんだり、今後の活動に不安を感じたりする人が多いだろう。なぜなら推しが世の中から批判を受けているのだから。

ただ私は実際に推しが炎上していた時、こういう気持ちを不思議と抱かなかった。その代わりに頭を過ったのが「非行少年の更生」という感覚だった。
「事の大小」はあれど、炎上をしてしまった、ということは何かしら世の中から批判されることをしてしまったということだ。もちろん、その炎上をきっかけに事が大きければ活動が止まってしまうこともあるし、ファンを失うこともあるだろう。炎上とはそのくらいダメージとリスクを伴う現象なのだ。


炎上は非行少年の更生だと感じた、と私は最初に述べた。というのも人は大なり小なり過ちを犯すことがある。理由はどうあれ、間違った選択をしてしまうことがある、ミスをしてしまうことがあるのだ。

「アイドルは人前に立つプロなんだから」
「自分にはファンがいるという自覚を持って行動すべき」
「この仕事でお金もらってるんだから」

炎上が起こると、こんな声をたくさん耳にする。この言葉に私も共感しないわけではない。ただアイドルも人間なのだ。その時の肉体的・精神的コンディションによって、上手くカバーできる部分とそうでない部分が生まれてしまうのは致し方ない。また経験値の差から配慮のない言動や行動が出てしまうこともあるだろう。
私はそんな推しの姿を目にした時、自分に問う。私はただの会社員であるが、自分の仕事でお金をもらっている。その仕事の中で周囲の人の期待や信頼を絶対に裏切らない、傷付けない行動が、振る舞いができると約束できるか?と問われた場合、正直「はい」と明言することは難しいだろう。もちろん努力はするが、自信はないのが本音だ。もしかしたら…と考えざるを得ない。推しにとって、先程の言葉は同じようなことを強いているのではないかと私は思う。


そして起こしてしまった過ちを周囲が責め立て、批判したらどうなるか?非行少年たちは周囲から白い目で見られたり、批判されることによって社会復帰の機会を失ってしまったり、生きづらさを感じてしまうようになるだろう。炎上も同じことだ。巻き起こっている炎上に対してファンがさらに油を注ぐこともあれば、見守るだけのこともある。今や些細なことも炎上する世の中だ。多くの場合は炎上の対象となったアイドルたちは炎上後も活動を続けることが多く、ファンもその炎上を受け入れ、なんとなく折り合いをつけて、ファンを続けるのだ。ということは炎上を起こしている人も、それを見守っている人も、心のどこかで、炎上を受けた後の推しの動向にプラスであれマイナスであれ、何らか期待しているはずだ。

だから私は自分の推しが炎上していた時にふと思った。炎上は推しを“消す”ことも、推しを“伸ばす”こともできる、どちらにも転ぶ可能性のあるものだと。推しが責められていたら、擁護したくなる。推しが許せなかったら怒りをぶちまけたくなる。その気持ちも全てわかる、理解できる。でもどれをしたって、傷口に塩を塗るだけだ。
感情的になる前に、「何が推しをそうさせたのか」「どこかで防ぐ術はなかったのか」自分なりに考えて、冷静さを取り戻すべきだと。ファンが擁護しても、責めても、大抵の場合炎上は大きくなる。炎上が大きくなればなるほど、まわりまわって損するのは、傷付くのは推しだ。そして、推しにマイナスの影響が及んだ時、落ち込むのは、悲しむのは自分だ。自分で自分の首を絞めてしまうのだ。


どんなことがあっても肝に銘じなければならないのは、世の中はどうしようもないことに溢れていて、その中で推しのためにできることは、推しの人気を高めるために、活躍の場を一つでも多く作るために応援すること、お金を出すことしかないのである。ファンも所詮は消費者。消費者には選択の自由があるのだから、その人を推せないと思うなら離れることもありだと思う。

でも一度でも、その人を応援しようと思うのならば、思ったのならば、推しのどんな姿も受け入れる、推しの選択を受け入れる強い気持ちが必要だと思う。その気持ちがないまま、感情的に推しを傷付けることは愛ではなく、エゴではないだろうか。

過ちを犯してしまったら、選択を間違えてしまったのなら、反省してやり直せばいい。その時、寄り添って、背中を押すことややり直すきっかけを作ることがファンの役割ではないだろうか。やり直す姿を応援し、見守ることで推しも、ファンも、成長するのである。

炎上は人間性が成長するチャンスであり、ファンとの絆を強めるチャンスだと感じる。どうか、推しは炎上後の行動や振る舞いを大切にし、ファンは炎上後の推しを考えて、炎上中に行動してほしいと願う。


私はかつて、未成年と遊んで謹慎になってしまった推しも、メンバーと仲違いのような脱退をしてしまった推しも、恋人とイチャついている写真を撮られた推しも、恋人と別れて精神的ダメージを受けすぎて、コンサートで一度も笑わなかった推しも、事務所の先輩と駆け落ちするようにグループを脱退した推しも、ファンとの接触イベント中にずっとスマホをいじっていて、怒号を浴びせられていた推しも、全員その姿を受け入れて応援してきた。
今は離れてしまった推しもいるけど、離れた理由は決して上記にあげたようなことではない。その姿を見ても心のどこかで「私が推している人はこういう人なんだ」と受け入れていた。


だから私はコンサートのMCで下ネタを言ってしまったり、YouTubeという全世界に向けたチャネルで寝てしまう君も受け入れて応援していくよ。だってあなたは私の“推し”だから。



おけい

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