学部長の教科書⑱ マネジメント編「明文化されたルールの整備」その1
ルールとは何か?
学部長の教科書⑭で述べたように、学部レベルの教育に関する「組織的な取組」を進め、PDCAサイクルを回しながら質の向上をはかるためには、「ルールの整備」が欠かせません。
大学には、「学則」「規則」「規程」「申合せ」「基準(ガイドライン)」「要領」「指針」「方針」など、様々なレベルのルールが存在します。これらをまとめたものを「規程集」と呼んだりします。以前の大学で法学部長になったとき、前任の学部長から引き継がれたものは、分厚い「規程集」でした。その後、その規程集は学部長室の片隅に鎮座したままでしたが、規程を大切にするという文化の中で私は育ちました。
「学則」とは、学部学科の定員や組織に関わることや、カリキュラムや履修方法などを定めたものであり、学内的に最も高いレベルのルールだと言えるでしょう。学則変更は基本的に文科省への届出が必要です。
「規則」というのは、例えば「就業規則」のように、学校法人レベルで策定されるルールが多いはずです。「規程」「内規」「申合せ」「基準」「要領」などは、全学のものもあれば、学部独自のものもあることでしょう。「履修規程」などは、全学レベルの共通部分と、学部独自の「細則」で構成されていることが多いようです。
なぜルール整備が重要か?
学部長は、リーダーシップを発揮して学部に変革を起こす一方で、その成果を学部として制度化し、PDCAサイクルを回す「マネジメント」につなげていく必要があります。その架橋を果たすのが「ルール整備」なのです。「申合せ」「基準(ガイドライン)」「要領」は、学部教授会レベルで策定できるはずです。学部長は、このレベルのルールを活用することで、改革の制度化を進めることができます。
ルール整備が重要だと私が考える理由には3点あります。
第1に、学部長の短い任期を繋いで学部の継続的な改革を進めるためには、ルール化が強い武器になります。アドホックなプロジェクトで成果を出したとしても、学部長が変わってしまえば、その成果が引き継がれる保証はありません。学部長として任期中に取り組んだ改革は、ルールに落とし込まれることによって、自らの任期期間を超えた継続的な制度へと深化し、定着するのです。
第2に、「ルール」は、権力の恣意的な乱用を防ぎ、組織の公平性や説明責任を高めます。法律の先生方がよく「人の支配から法の支配へ」という点を強調するのは、近代民主主義社会は、人(権力者)ではなく、「法」によって支えられていることを重視するからですが、大学組織も同様です。私自身がこれまでいくつかの大学を見てきた範囲内でいえば、トップに権力が過度に集中している大学は、規程等の整備が甘い傾向にあるかもしれません。例えば、「CAP制は年間◯◯単位までとする。ただし、学長が認めればその限りではない」みたいに、「ただし」が乱発されていたりします。これだとルールは有名無実なものになってしまいます。
第3に、「例外」や「解釈」を駆使することで、規程整備と、融通無碍な運用を両立させることができます。これは法律を少し学んだ人でないとわからないかもしれませんが、かつて私は法学部の教授会で、「等」の解釈や例外規定の準用などを通じて、先生方が融通無碍にルールを解釈するその鮮やかなテクニックに目を見張ったことが何度もあります。ルールとは構成員をがんじがらめに縛るものではなく、解釈次第なんだと、法学部教授会の議論から学びました。
九国大法学部「授業のルール」の策定
以上の理由から、私はこれまで、ルールの策定にとても気を配りました。特に授業改善の方法をルール化するようなことは15年前から取り組んでいました。たとえば、前任校では、「法学部における講義のルール」を教授会で定めました。
このルール策定に先立って様々なFDを行ったり、教授会での議論を何度も交わしました。もちろん、この1つ1つのルール自体は「原則」や「目標」のようなものであり、すべての授業で一言一句その通りにしなければならないというものではありません。法学部の先生方も「理念的なルールだよね」と言ってくれて、わりとこのルールはあっさりと教授会を通過したと記憶しています。
先生方が授業の中でこのルールを少しでも意識してくれれば、学部教育全体の質が上がると期待していましたし、実際に、多くの先生方がルールの一部を採用して授業改善に取り組んでくれたようです。特に、「授業環境の維持」の効果は絶大でした。授業態度に厳しい先生だけがやかましく言っても、甘い先生がいたら、授業環境は良くなりません。学部としてルール化することで、多くの先生方が学生に抵抗感なく「共通の授業ルール」を伝えられるというメリットがありました。
また、学部でそれまで取り組んできたFD研修等の内容を含んでいる点もポイントです。(3)のシラバスに関しては立命館の沖先生から学び、(4)の双方向性は久留米大学の安永先生から学びました。(5)は日本語デザイン塾という河合塾が立ち上げた研究会から学んだことです。このように、FDで授業の改善手法を学んだら、それを文言化・ルール化するというサイクルを作るのです。さらに、導入後にルールの効果を評価し、より効果的なルールへとバージョンアップしていくサイクルまで埋め込んでおきましょう。
「北陸大学授業のガイドライン」の策定
北陸大学でも同様の取り組みを初年度に行いました。あえて「教員による教員のためのガイドライン」という表現を入れ、「学生を縛るルール」として受け取られがちな組織風土の中で、「教員がお互いに目標とするルール」という位置づけを明確にしました。
授業のルール・ガイドラインの運用方法
北陸大学版授業のガイドラインは、前任校で作ったものよりはるかに緻密な内容ですが、導入時に丁寧な議論が十分にできたとは言えません。「上から」落としたルールだったため、当初教員のコンセンサスとして実際に広がったかどうかは疑問が残ります。しかし、このガイドラインはその後、全学共通のものとなり、毎年毎年バージョンアップされ続けています(現在は「厳格な成績評価」という項目が登場しています)。毎年4月の教授会では、各学部でこのガイドラインが配布され、新人教員も必ず目にするようになっています。
当時、全学教務委員会の場で、ある先生が、「このガイドラインは、DP、CPを各授業に埋め込むためのツールなんだね」とおっしゃいました。まさに慧眼とはこのことです。DPやCPは、カリキュラムマップやカリキュラムツリーといった小道具だけでは、授業レベルになかなか落とし込まれません。「方針」をより具体的な「ガイドライン」に落とし込むことの意味は、改めて強調しておきたいものです。
さて、このような「ラフなコンセンサス」を学部単位のルールとして文章化・規程化し、バージョンアップを重ねるサイクルを作っていくことは、学部長の「マネジメント」の重要な手法の1つです。インターネットのRFC(Request for Comments)みたいなものかもしれません。
そして規程などのルールの改廃や運用に一番詳しいのは職員であることは言うまでもありません。ルールの作り方、運用の方法などについては、職員が知恵袋になって貰う必要があります。この点でも学部長こそ教職協働が不可欠なのです。
ルールについては、まだまだあります。次回に続きます。