秋の気配
八月も終わり九月になっても
まだまだ暑い日が続いてはいるものの
真夏の酷暑には
到底想像も出来なかった
湿り気を含んだひんやりとした
心地よい涼やかさを
時折吹く和やかな風の中に
わずかだが感じられるようになった月半ば
朝と言うにはもう遅く
昼と言うにもまだ早く
人々がようやく活発に動き出し
一月前よりは少し
遠慮がちになった太陽が
頭上に登り切る前の頃合い
とぼとぼと歩く私の背後から
低空飛行でトンボが追い抜いて行った
目の前でそのまま上昇しつつ
遠くに飛んで行く素振りを見せたかと思えば
トンボは突如
羽だけをバタつかせながら
ちょうど引力と斥力が拮抗した状態のように
ピタリと空中で静止した
トンボの静止とほぼ同時に
ひんやりとした心地よい
涼やかな少し強めの風が
私の頬を撫でた
私にとっては心地よい風が
トンボにとっては
行く手を遮る障壁になるのだと思うと
トンボも大変だなと
つい独り言のように
小声で呟いていた
しばらくすると風は止み
空中で静止していたトンボは
左右にサッサッと高速で短く移動した後
当初の予定通り
上昇して遠くに飛んで行った
「あんたらよりはマシさ」
雲ひとつない青い空に向かって
遠ざかっていくトンボが
吐き捨てるように
そう呟いた気がした
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