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優しい”デスマスク”、元世界王者ウィラポン氏インタビュー

タイのチャイヤプーム県ナイムアン(県庁所在地の中心街)の外れにあるレストラン「世界チャンピオンの家(バーンチャンプローク)」は、元世界王者のウィラポン・サハプロム氏(ウィラポン・ナコンルアンプロモーション)のお店で、ウィラポン氏が自ら調理した料理を振舞い、時にはファンとの写真撮影にも応じてくれる。※お店の紹介は以下 ↓ ↓

お店の空き時間に、ウィラポン氏に色々と質問させてもらったので、内容を紹介したい。(2023年10月14日にインタビュー) 題名にある「デスマスク」は現役時代のウィラポン氏のニックネームのひとつ。表情を代えず、無慈悲にパンチを繰り出して、ノックアウト勝ちを収めるところからその名がついたそう。

ウィラポン氏は、会話の中で、自分自身のことを「ウィラポン」と呼ぶので、雰囲気を伝えるため、そのまま「ウィラポン」とした。

ーーーやっぱり日本のボクシングファンが聞きたいのは井上尚弥のことです。ウィラポンさんと同じ階級で4団体王者になりました。(Odasai)

井上との試合は高いレベルでの駆け引きができるから面白くなりますよ。ウィラポンがピークだったら是非やってみたかったですよ。

ウィラポンはボクシングIQを駆使して井上と戦います。ジャブ、そしてボディー、カウンター。

試合がタイでの開催であれば、相手が出てくるのを待つことができます。しかし、日本でやるのだったら自分から出ないといけない。それがホームとアウェーの違いです。日本のレフェリーは世界一フェアです。でも、待ちのボクシングでは敵地でポイントを拾えません。

井上のジャブですが、ジャブが見えなかったらそりゃあもらってしまうでしょう。逆に井上は、対戦相手が放つジャブの良いのはまだ経験してないかもしれないし、ウィラポンは色々やってみたい。

ウィラポン氏は井上対策を身振り手振り実演してくれた。左は同行のAさん。

日本でやる場合ですが、日本での調整は難しいところがありますね。例えば、タイだと朝起きてすぐ、午前6時から走れますよね。でも日本だと午前6時だと寒すぎます。午前8時を過ぎて、ようやく温かくなってくるので、それまで待たないといけません。夜は寒くて眠れない時もあるので、コンディション調整はやはり大変ですね。

井上尚弥は、今、一番好きなボクサーですよ。彼がホームの日本でタイトルマッチを続ければ、ずっと防衛できると思いますよ。

ウィラポンは、日本、フランスなんかで防衛戦をしてきましたけど、外国での試合は本当に難しいところがあります。

現役の時に試合で日本に行くと、調整するのは大体は東京や大阪の帝拳ジムです。東京の帝拳ジムだと、事務のおばちゃん(長野ハルさん)が「ウィラポン、ようこそ」と迎えてくれます。

室内用の靴(スリッパだと思われる)を揃えて「どうぞ」と出してくれます。「ウィラポン、お水どうぞ」とか、おばちゃんが自分で水を出してくれたり、すごく親切な人です。

ーーーウィラポンさんは、日本のボクサーと、何人とも戦いましたね。それぞれの印象はどうでしょうか。

まず、長谷川!(元WBC世界バンタム級王者・長谷川穂積、ウィラポンから世界王座を奪取、防衛戦でもウィラポンを退けて、対ウィラポン2戦2勝) 彼との試合は難しかったね。長谷川は本当に強かった。

そして西岡!(元WBC世界スーパーバンタム級王者・西岡利晃、バンタム級でウィラポンに4度挑戦し、2敗2引き分け) ウィラポンとやった時は、まだ彼のハート(気持ち)は100ではないと感じた。世界王者はみんな、100以上のハートを持っていますよ。西岡は、ナパーポン(元世界1位のナパーポン・ギャティサックチョーチャイ)と決定戦をやって、そっから防衛していった頃にはハートも100以上になったのでしょうね。

西岡との2回目の対戦の時の、9ラウンドはヤバかったです。ウィラポンは、あの試合のように競った試合が大好きです。西岡も強かったですね。

ナコンルアン(ウィラポンの所属するプロモーション)のチームも、西岡にはとても警戒していて、彼がナパーポンと暫定王座決定戦をやった時は、ナコンルアンのボスのスチャートさんが、ウィラポンをチームに同行させると言うから、わざわざその為に日本に来ましたよ。

ナパーポンに勝った西岡とリング上で

ウィラポンはチームの中ではトレーナーでも何でもなかったけど、チームにウィラポンがいて、セコンドに付いたら西岡が動揺するだろうという作戦です。ナパーポンは頑丈でいい選手だったけど、試合は西岡のほうが上回りましたね。

ナパーポン戦後にウィラポン氏と初対面の著者(右端)

そして、辰吉。(元WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎、対ウィラポン2戦2敗)大阪の試合は凄かったね。特に第一戦は、ものすごい歓声で、リングに上がるまでに柄の悪い人たちが「オイコラー」とか言って恫喝してきて、もみくちゃになって、リングに着くまで30分以上に感じましたよ。

大阪で辰吉と戦っていた、シリモンコンからも「大阪はすごいぞ」とは聞いてたのだけれど、実際に経験してみると、想像をはるかに上回りました。リングに着くまでに非常に長くて疲れました。

でも、リングに近づいたら段々と安全になってきたのが分かりました。リングに上がる前に、会長から「ウィラポン、10回深呼吸してからリングに上がれ」と言われました。

リングの下で1回、2回と深呼吸しているうちに気持ちも落ち着いてきました。そして、リングに上がったら、戦うというより「さあ、仕事だ!」、いつもこんな感じでした。「戦うぞ!」「打ちのめすぞ!」とかいう気持ちでなく、ただ「仕事」をするだけです。ウィラポンはそれまでムエタイも含めて100試合以上戦ってきましたから、そうなってしまいます。

「仕事」の前、そして仕事中も、100戦以上の今までの経験もあるから、何が起こっても大丈夫だと、自分に言い聞かせました。

そして、辰吉との試合が終わった後ですが、もう大阪のファンが大騒ぎで、とてもではなく、リングから降りられません。人が少し引くのを待って、リングから降りて控室まで1時間は掛かったかもしれない。そして控室でも、観客がいなくなるまで、また1時間待ちました。

その日は祝勝会もできませんでしたよ。次の日空港に行って、タイに戻ったら22時。くたびれました。

あと、ほかの日本人、タイでやった藤原(元日本フライ級1位・藤原康二、ウィラポンに3回KO負け)も強かったですよ。

長谷川戦の時、言い訳じゃないけど、2試合目は眼も問題がありました。タイでずっと熱い日中に試合したり、夜でも試合中スポットライトを浴びたりで、眼に長年のダメージがあったと思います。その頃は、長丁場の試合になると、ラウンドを重ねるといつも眼が見辛くなってました。

長谷川戦の後で、すぐにバンコクで病院で見てもらったら手術が必要で、手術や治療費で6万バーツが掛かりました。

眼の問題以上に長谷川は良いボクサーだった。若くて体力はあったし、ハートも強い。

そして、世界王座から陥落した後も長谷川戦を目指して、ひたすらタイで試合を続けて、最後はマリンガ(ブシ・マリンガ、南アフリカ、元WBC世界バンタム級1位、ウィラポンに4回KO勝ちも長谷川に1回KO負け)と挑戦権を掛けて戦いましたが、その頃にはウィラポンは身体が動かなかったね。37歳だったと思う。

ーーー私(著者)は6年前にラジャダムヌンスタジアムに、ウィラポンさんとセムサン(セムサン(サムソン)・ダッチボーイジム、ムエタイの元ルンピニー、ラジャ王者で元ボクシングWBF王者)の試合を観に行きました。またセムサンさんと試合をする予定はありますか?

2017年12月27日にラジャで行われた記念興行、ウィラポン対セムサンのスペシャルマッチ

また、セムサンとライバル対決をやるかって?もう充分、あいつとはやらない。ラジャでやった試合?あれはショーです(笑)試合の前の日までここで料理を作っていました。あまり準備してませんでした。※2017年のセムサン戦は65キロ契約でファイトマネーは、1人30万バーツと言われていた。ムエタイの現役時代にウィラポンと1勝1敗。

試合前にセムサン、元世界王者ピチット、同じく元世界王者ポンサワンと写真撮影

セムサンは準備してたかも。いつも彼とは電話でしゃべってるから、もうセムサンはイイよ。(笑いながら)

セムサンも国際式ボクシングには行ったけど、WBFだから、ちょっと路線が違いますね。メジャー団体ではやらなかった。
※セムサンはWBF世界王座を38度防衛し、46戦全勝で引退。

ウィラポン対セムサンのスペシャルマッチ、互いの全盛時の写真

ーーームエタイ時代はセムサンはとても強かったと聞きました。同時代のムエタイ選手、また国際式の選手たちはどうでしたか。

セムサンもだけど、昔のファイターで言うと、チャモアペット(チャモアペット・チョータナカ―ン、元ムエタイ九冠王)は強かったね。彼は戦うコンピューターみたいだった。日本人と結婚したんじゃなかったっけ。今は日本じゃないかな。

サーマート(サーマート・パヤクアルン、ムエタイの名選手で、国際式でもWBC世界王者)、ソムジット(ソムジット・ジョンジョーホー、元北京五輪ボクシングフライ級金メダリスト)、ディーゼルノイ(ディーゼルノイ・チョー・タナスカン、ムエタイ元ルンピニー王者)、みんな良いファイターだった。

今のファイターだと、あの日本人の小さい子、名高(吉成名高)、彼はすごくいいね。プラーオプラーオ(プラーオプラーオ・ペットプラオファー、現ラジャダムヌンスーパーフライ級王者)とやったらどうなるか楽しみ。名高はうまいし、何でも揃っているように見えます。

ーーー

インタビューは、他の日本語媒体で読んだのと同じような話になるのは仕方がないが、タイ語で直にウィラポンから聞く話は非常に興味深く、技術論になると自らパンチを繰り出して実演して魅せてくれた。井上尚弥のみならず、最近のムエタイ業界の動向や、ラジャ王者の吉成名高についてもよく知っていて、ウィラポンは、ずっとムエタイ、ボクシングを見続けているのだなあと感激しました。

近く、またチャイヤプームに行く用事もあるので、ウィラポン氏インタビュー第二弾も計画したいところ。同じチャイヤプーム県には、元WBA世界ライトフライ級王者のピチット・チョー・シリワットもいるとのことなので、機会があればインタビューしてみたい。

バーンチャンプローク前で、ウィラポン氏と著者、同行の知人たち。


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