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【書籍紹介】心をあやつる男たち(1993)

こんにちは、しょうごです。
今日の一冊は、人材開発・組織開発に携わる方であれば、一度は知っておくべき過去について取り扱った書籍です。
本の表紙は少し強烈ですが、中身はルポルタージュ形式で個人的には読みやすかったのでどうぞ!

・書籍名:心をあやつる男たち
・著者:福本博文(1993) 


■書籍紹介理由

私が所属する大学院の授業(人材開発・組織開発)でも、度々紹介されていた書籍。
「人材開発・組織開発に携わる者として、過去の過ちを知ること、この学問の危険性を知ることは必須である。その危険性を理解しようとしないものは、人材開発・組織開発に携わるべきではない」
と強いメッセージを教授からもいただき、「これは読まねば…!」と思い読んでみました。

■書籍概要

1950年代にアメリカから日本に導入され、60〜70年代に企業向けの組織開発として注目された感受性訓練(ST:センシティブトレーニング)を取り扱う。
日本に導入され徐々に評判を呼ぶ過程から、事故が発生し社会問題となる過程まで、ルポルタージュ形式の記事で実際の企業や人物が登場します。
参加者の人格が揺さぶられる様子、感受性訓練がビジネスとして利用される過程など、生々しくも描写されています。

■サマリ

時系列で描写される書籍の中では

  • 日本へのTグループの導入 → 感受性訓練(ST:センシティブトレーニング)への変化

  • キリスト教の宗教的な教育 → 対企業向けの“組織開発“としてビジネス利用

  • 企業向けの組織開発 → 個人のウェルビーイング的な学習会

  • 個人のウェルビーイング的な学習会 → マルチ商法・ネズミ講

など、50年代に日本に導入されてから、その形や用途を変えて、訓練という名目のもと暴力が許容されたり、一部の人間によってビジネスとして悪用される様子が描写されています。

Tグループと感受性訓練

そもそも、日本への感受性訓練の導入は、「Tグループ」の導入がきっかけとなっています。
両者は、人の感情に対する敏感さに注目するのか(感受性訓練)、今ここで起きている事象に注目し感情や、集団の行動の変化に注目するのか(Tグループ)といった違いがあります。

Tグループとは?
「トレーニンググループ」の略で、自己理解や他者理解、リーダーシップといった人間関係に関する気付きを得るための学習方法です。
心理学者のクルト・レヴィンらが1946年に米国コネチカット州で、教育関係者やソーシャルワーカーなどを集めて、人種間の差別撤廃に向けたワークショップを行ったことが起源とされています。
Tグループのワークショップは、1グループ10人程度に分かれ、郊外の研修施設などで1週間ほど生活を共にする合宿の形式をとります。
その中で生じる心の動きを読み取り、他者と関わり合う中で、人間関係や自分自身のあり方などへの気付きや学びを得ることが目的です。

日本の人事部より(https://jinjibu.jp/keyword/detl/1018/

「Tグループ」はグループで行われるワークショップで、事前にテーマを与えられず、参加者たちで自由に対話する活動になります。
参加者たちは、複数回のセッションを通して、"今ここ" で発生していることを振り返りながら、自身を見つめ直し、他者との関わりを学びながら、人間的な成長を目指します。

一方で、感受性訓練の場合、人の感情に対する敏感さに注目するため、深い内省と自己開示が求められます。
この書籍で描写されている内容についても、当初はキリスト教の牧師向けのTグループのワークショップだったものが、そこに参加した人間が「これはビジネスの研修でも使える」と考え、感受性訓練として販売する様子が描写されています。

感受性訓練の広まり

感受性訓練は、"アメリカより輸入された新しいビジネス研修" として浸透します。
当時の日本でも、集合研修は存在していましたが、より変化や成長が求められる管理職層向けの研修として、企業側より好意的に評価されます。
強烈な自己開示と深い振り返りが求められる研修では、参加者の精神の動揺や乱れが見られますが、研修参加後の参加者が「何かに吹っ切れ、人が変わったようだ」と周囲から見られる参加者も現れたことで、一種の"特効薬"のような研修として評価されます。

ただ、強烈な自己開示の裏には、研修参加後に心身の体調を崩す参加者もおり、導入当時から"一定のリスクがあるもの" として受け取られていました。

暴力と参加者の心身の崩壊

当時の感受性訓練が「効果はある」と評価された反面、ネガティブな評価もされた理由が、ファシリテーターから参加者への暴力と、参加者の心身の崩壊でした。
強烈な自己開示と深い振り返りを求める感受性訓練において、当時のワークショップでは、感情を動かすためにファシリテーターから参加者への暴言・暴力や、深い振り返りの結果 参加者の精神が崩壊する事案も発生しました。

その結果、ワークショップ中の死亡事故や、参加者による自死という大変不幸な事故も発生してしまいます。
死亡事故が発生したことは、当時の日本においても衝撃的なニュースとして扱われますが、それでも感受性訓練の"特効薬"的な側面を評価し、従業員を研修に送りこむ企業は存在し、賛否の議論を残しながら残り続ける形となりました。

感受性訓練の変化と悪用

賛否両論の議論はありながらも、一部の信仰者がいたことで残り続けた感受性訓練も、1980年代以降は陰りが見えはじめます。
そんな中、対企業向けの研修としては陰りが見え始めたことで、"個人向けのウェルビーイングな学習会" として研修が開催されるケースが増え始めます。ビジネスマンに限らず、人生に悩む主婦層や子ども向けのトレーニングまで、感受性訓練はその形を変えて残り続けます。

また、個人向けの学習会での影響力に目をつけた一部の人間が、感受性訓練を「マルチ商法」として利用する人間も現れます。
マルチ商法の起源はアメリカになりますが、販売員を紹介することで手数料を得るビジネスモデルに対し、感受性訓練を悪用することで販売員を急速に増やす手法は、当時社会問題にもなりました。

■印象に残ったこと

読んでいて、決して気持ちが明るくなることはない。ただ、人材開発・組織開発を学び人間として背筋が伸びる、そんな一冊でした。

感受性訓練を発端として起きたさまざまな問題は、感受性訓練そのものが問題という単純な話ではなく、感受性訓練を利用した質の悪いワークショップの横行が問題 と考えています。
※Tグループにしても、感受性訓練にしても「問題が発生したから学習方法が悪い」ではないこと、念押しして記載します。

自身のこれまでを振り返っても「辛かった過去の自己開示を求める研修」「それを良しとする講師の雰囲気」「感動的な雰囲気に包まれる研修会場とそこで生まれる強固な仲間意識」など、言葉にできない違和感を感じた経験がありました。
書籍を読んで、違和感の要因が少しだけわかったような気がします。

人・組織に作用する人材開発・組織開発を学ぶ者として、いつでも人・組織を洗脳する危険性があること。
それを防ぐためには、正しく学び、倫理観を問い続け、成長し続ける姿勢が求められる、そんなことを感じた今日の一冊でした。


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