見出し画像

「会社は株主のもの」 vs 「会社は社会の公器」:包括的分析

ちょっとサーベイ


1. 歴史的背景

株主利益中心の起源: 近代株式会社の黎明期、企業は国家の公的目的を果たすための手段とみなされていました。19世紀前半には法人設立に特別の立法措置が必要で、企業活動は定款で定められた公共目的に限定されていたのです。しかし、19世紀後半に一般的な株式会社制度が確立すると、株主の利益を追求する私企業が爆発的に増加し、ステークホルダー(利害関係者)の福祉への配慮は後景に退きました。1919年の米国ミシガン州最高裁判決「ドッジ対フォード自動車訴訟」では、「株式会社は主として株主の利益のために運営される」との有名な判断が示され、取締役の裁量は株主利益の追求に限定されるとされました。このように法的にも**「会社は株主のもの」**という原則が確立されていきました。

社会の公器としての起源: 一方、企業を社会全体の利益に資する**「公器」とみなす考え方も歴史的に存在しました。米国では1929年の大恐慌を契機に企業の社会的責任が再び議論され、ハーバード法学教授のメリアン・ドッドは1932年、「株式会社は経済的機関であり利益追求だけでなく社会奉仕の機能も持つべきだ」と主張しました。彼は企業経営者の使命は株主のための利益最大化に留まらず、従業員の雇用の安定や消費者への良質な製品提供、地域社会の福祉向上にもあると説いたのです。これは同時代に株主至上を唱えたアドルフ・バーリらへの反論でもあり、企業の目的をめぐる「バーリ=ドッド論争」として知られます。一方、日本では明治期の実業家渋沢栄一**(1840-1931)が既に「企業は社会の公器」とする理念を提唱した最初期の人物とされています。渋沢は『論語と算盤』の中で道徳と経営の両立を説き、私益と公益の調和を図る資本主義を主張しました。また20世紀中葉には、松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助が「まず基本として考えなくてはならないのは、企業は社会の公器であるということです。つまり企業は本質的には特定の個人や株主だけのものではなく、社会全体のものだと思います」と述べ、「会社は社会の公器」思想を広めました。このように日本でも企業の社会的使命を強調する思想が根付いています。

産業革命と企業像の変化: 産業革命以降、鉄道・石油など巨大企業の出現により、企業は経済のみならず社会全般に与える影響力を飛躍的に増大させました。19世紀末から20世紀初頭にかけて、労働問題や独占問題が表面化すると、企業の在り方を問い直す声が高まります。米国ではテディ・ルーズベルト大統領の下で独占禁止法の執行や企業規制が進み、企業は単なる私的利益団体以上の社会的存在として認識され始めました。世界恐慌期には企業統治のあり方に関する学術的議論(バーリ=ドッド論争など)が勃興し、第二次大戦後は各国で福利国家的政策のもと企業の社会貢献が重視されます。こうした歴史を経て、**「会社は株主のもの」「会社は社会の公器」**という二つの見解は、それぞれ根強い支持を持ちながら緊張関係にあります。

2. 経済学的視点

株主資本主義 vs ステークホルダー資本主義: 経済学的には、企業の目的を誰の利益に定めるかで大きく二つの資本主義モデルに分かれます。株主資本主義では、企業の最優先目標は株主価値(株価や配当)を最大化することとされます。ミルトン・フリードマンは1970年の論説で「企業の唯一の社会的責任は利益を最大化すること」と喝破し、この考えを世に広めました。他方でステークホルダー資本主義は、企業は顧客・従業員・取引先・地域社会・環境などあらゆるステークホルダーに価値を提供すべきとする考え方です。エドワード・フリーマン教授は1984年の著書でステークホルダー理論を体系化し、「企業は一部の株主だけでなく、関係するすべての人々のためのものである」と説きました。この理論によれば、企業は**「人間のためのビジネス」**であり、株主だけのものではないという視座が強調されます。


( Graphic Sociology )図1: 株主中心のモデル(ファイナンス重視)

企業経営を株主利益(ファイナンス)に従属させた概念図。中央に**finance(資本)が配置され、顧客や従業員、社会などその他のステークホルダーは周囲に位置付けられている。株主資本主義ではこのように資本提供者の利益が最優先され、経営判断も株主への財務的リターンを最大化する方向で下される傾向が強い。フリードマンの主張するように、企業利益の増大こそが社会貢献であり、他の公益的関心事項は「見えざる手」**によって結果的に達成されると考えられてきました。しかし、行き過ぎた株主至上主義は近視眼的な短期利益志向を助長し、従業員の待遇悪化や環境破壊など社会的コストを無視しがちであるとの批判も根強く存在します。


( Stakeholder Theory Diagram…like a donut - Graphic Sociology )図2: ステークホルダー中心のモデル(企業=公器)

ステークホルダー理論に基づく企業の概念図。中央にthe firm(企業)が位置し、主要なステークホルダーである顧客・従業員・取引先(供給者)・出資者(金融者)・地域社会が取り囲む。さらにその外縁には政府・競合他社・消費者団体・特別利害団体・メディアといった二次的ステークホルダーも描かれ、企業を取り巻く幅広い利害関係者との関係性が示されています。ステークホルダー資本主義では、経営者はこれら多様な関係者との調和を図りながら意思決定を行い、企業価値も財務指標に限らず長期的・総合的な価値(顧客満足・従業員エンゲージメント・ブランド信用・環境配慮など)によって測定されます。フリーマン教授が言うように「目的(パーパス)こそが利益を生み出す原動力」であり、高い目的意識をもってステークホルダー全体の価値を創造する企業の方が、結果的に持続的な利益成長を遂げると期待されます。実際、利益(Profits)と目的(Purpose)は矛盾せず不可分であり、両立が可能だとの認識が広がっています。

企業価値最大化と経営者の役割: 株主モデルでは経営者は株主の代理人(エージェント)とみなされ、株主利益の最大化という単一目標に忠実に行動することが期待されます。一方、ステークホルダーモデルでは経営者は様々な利害の調停者であり、企業全体の長期的な価値創造を使命とする受託者(トラスティ)に近い役割を担います。経営学者ドラッカーも「企業の目的は顧客の創造である」と述べたように、企業価値は株主だけでなく顧客をはじめとする関係者からの支持によって生み出されると考えられます。近年は**コーポレート・パーパス(企業の存在意義)**を明確化し、それを社内外に浸透させることで従業員のエンゲージメントやブランド価値を高め、ひいては財務パフォーマンス向上につなげようとする企業が増えています。経営者にとって重要なのは、短期的な利益目標と長期的なビジョンとのバランスをとりつつ、ステークホルダー間のwin-winを追求する戦略的リーダーシップと言えます。

フリードマン vs フリーマン: ミルトン・フリードマンとエドワード・フリーマンは、それぞれ株主主義とステークホルダー主義を代表する思想家です。フリードマンは「株主の利益を最大化することが結果的に社会全体の富を増やす最善の方法である」として、経営者が社会的問題に関与しすぎることに警鐘を鳴らしました(いわゆるフリードマン・ドクトリン)。他方、フリーマンは企業は社会の文脈の中でこそ存立すると捉え、「利害関係者すべてに価値を生み出す企業こそが長期的に繁栄する」と主張しました。フリードマン理論は1970年代以降の米英型資本主義に強い影響を与え、株主価値経営(Shareholder Value Management)が一般化しましたが、21世紀に入りフリーマンのステークホルダー理論が再評価され、企業の社会的責任や長期志向の経営が経済界でも重視されるようになっています。

短期利益志向 vs 長期的成長: 現代の経済では、株主の要求する短期的な業績向上と、企業存続に不可欠な長期的な投資・成長とのバランスが重要な課題です。株主至上主義が極端化すると四半期ごとの利益目標達成にとらわれる短期志向(ショートターミズム)に陥りやすく、研究開発や人的資本への投資不足を招く懸念があります。一方でステークホルダー志向の企業は長期的視野に立った戦略をとりやすく、景気変動や危機への耐性が高い傾向があります。マッキンゼー・グローバル研究所の調査によれば、長期志向の企業は他社に比べ売上成長率が累計で47%高く、2008年の金融危機後の回復も迅速でした。2001年から2014年の期間で見ると、長期志向企業の収益は年平均6.2%成長したのに対し、その他企業は5.5%にとどまったとの報告もあります。このように短期的な株主要求に応えるだけでは却って企業価値を損ない、中長期的視点でステークホルダーとの健全な関係構築に努める方が経済的にも有利となりうることが、実証的にも示されつつあります。もっとも市場からの短期圧力が強い現実もあり、経営者は短期と長期の二律背反に賢明に対処する手腕を求められています。

3. 法的視点

会社法と株主・取締役の位置づけ: 法律上、株式会社は株主の出資によって設立され、取締役が経営を担う形態をとります。多くの法域で株主は会社の所有者ではなく会社に対する権利(持分)を有する者と位置づけられますが、経営陣(取締役)にとって株主は重要な利害関係者であり、その利益に配慮する法的義務(受託者責任)を負う場合があります。典型的には取締役の忠実義務は会社および株主全体の利益のために行使されるべきと解され(米国デラウェア州法など)、これが株主至上の法的根拠とされています。一方、近年では法制度上もステークホルダーを意識した規定が散見されます。米国の一部州ではコンスティテュエンシー条項(利害関係者条項)を会社法に設け、取締役が決定を下す際に株主以外のステークホルダー(従業員、取引先、地域社会等)の利益を考慮することを認める例があります。英国でも2006年会社法で取締役に拡張された義務(従業員や取引先、環境への配慮義務)が課されました。さらに米国では、新しい法人形態として**公益法人(Public Benefit Corporation)**制度が導入され、定款に社会的目的を明記した企業が一定の条件下で営利と公益を両立する経営を行えるようになっています。これらの法的変化は「会社は社会の公器」という見解を反映し、企業が社会全体に責任を負う存在であることを制度的に裏付けようとする動きといえます。

ここから先は

7,870字
落合陽一が「今」考えていることや「今」見ているものを生の言葉と写真で伝えていくことを第一に考えています.「書籍や他のメディアで伝えきれないものを届けたい」という思いを持って落合陽一が一人で頑張って撮って書いています.マガジン開始から4年以上経ち,購読すると読める過去記事も1200本を越え(1記事あたり3円以下とお得です),マガジンの内容も充実してきました.

落合陽一が日々見る景色と気になったトピックを写真付きの散文調で書きます.落合陽一が見てる景色や考えてることがわかるエッセイ系写真集(平均で…

noteマネーのバナー

いつも応援してくださる皆様に落合陽一は支えられています.本当にありがとうございます.