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琉球舞踊のサーベイ

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沖縄伝統音楽「こてぃ節」の学術的考察

1. 歴史的背景と起源

「こてぃ節」(特牛節〈くてぃぶし〉)は琉球王国時代に成立した古典音楽曲です。18世紀前半、尚敬王(在位1713–1751年)の時代に文化事業が奨励され、多くの芸能が生み出されました。伝承によれば、北谷王子朝騎(ちゃたんおうじ・ちょうき)がこの曲の元になった琉歌(りゅうか)を創作したとされます。この琉歌は「大北の牡牛や…我した若者や花ど好ちゅる」と詠まれたもので、曲名の「特牛(くてぃ)」はその歌中に登場する強い牡牛を指す言葉に由来します。発祥地については諸説ありますが、沖縄本島北西の伊江島に原歌の歌碑が建てられていることから伊江島発祥とも言われ、一方で歌詞に出てくる「大北(うふにし)」が読谷村の古称であることから読谷の地歌とする見解もあります。いずれにせよ、地方に伝わる民謡的な琉歌が宮廷音楽に取り入れられた例と言えます。

「こてぃ節」は琉球王国の宮廷行事で演奏される御前風五節(ごぜんふういつぃぶし)の一曲に数えられ、格式高い祝典音楽として位置づけられていました。宮廷の祝賀行事や国王・冊封使の歓待宴(御冠船行事)において、宴の座開き(オープニング)で演奏され、荘重で品格ある曲調が場を清める役割を果たしたと伝えられます。こうした背景には、中国や日本の礼楽文化の影響も指摘されます。松や牡牛といった吉祥の象徴を謳う「こてぃ節」は、琉球が周辺文化から取り入れた瑞兆を祝う歌の一つであり、他の琉球古典音楽(例えば「かぎやで風節」など)とも共通する世界観を持っています。以上のように、「こてぃ節」は18世紀の琉球王朝文化隆盛期に生まれ、地方の民謡的要素を宮廷芸能に昇華させた歴史的経緯を持っています。

2. 歌詞の意味と解釈

「こてぃ節」の代表的な歌詞は、次のような内容です。

日本語訳すると「一年中青々と茂る常緑の松は、決して色あせることがない。いつも春が巡って来れば、さらに一段と緑が増して美しくなる」という意味になります (「若衆特牛節」 - 古典舞踊/若衆踊り)。ここで謳われる“常盤なる松”とは常緑樹である琉球松のことで、四季を通じて不変の繁栄や長寿を象徴しています。松は沖縄でも正月飾りなどに用いられる縁起物であり、永遠の生命力の象徴として古くから親しまれてきました。歌詞はその松の不変の緑にあやかって、人の世の幸先(さいさき)や繁栄を祈念する内容になっています。

曲名にもなっている「特牛(くてぃ)」は「特に強い牡牛」、すなわち頑健で立派な牛を意味し、転じて将来性のある壮健な若者を牛にたとえた表現と解釈されます。原歌となった琉歌では「大北の牡牛や なじち葉ど好ちゅる、我した若者や花ど好ちゅる」と詠まれています。「なじち葉」の正確な意味は不明ですが、牛が好んで食べる草(例えば粟やソルガムなどの葉)とも考えられます。対して若者は「花(=若い娘、あるいは華やかなもの)が好きだ」と歌われており、頑強な牡牛に象徴される年長者・権力者が実利を好むのに対し、若者は花のような美や愛を好むという対比表現になっています。これは、力よりも平和や恋を愛する若者の心意気を示唆しているとも解釈でき、実際この歌には「若者たちの平和を愛する心意気」が満ちていると評されています。

なお、「こてぃ節」には男性舞踊用と女性舞踊用で異なる歌詞バージョンがあります。男性舞踊(若衆踊り)では前述の松や若者を詠んだ歌詞を用いますが、女性舞踊(女こてぃ節)では組踊『大川敵討(おおかわてちうち)』の中で主人公の乙樽(おとたる)が舞う場面に由来する歌詞が用いられます。例えば女こてぃ節の歌詞例として「ご慈悲ある故どお 万人のまじり 上下もそろて 仰ぎ拝む」というものがあり、こちらは「ご仁慈あればこそ、すべての人民が身分の上下なく揃ってそれを仰ぎ拝むのだ」という意味で、為政者の徳を讃える内容になっています。このように、場面や演目によって歌詞の内容が変化する点も「こてぃ節」の特徴です。もっとも広く親しまれているのは前述の松を謳った歌詞であり、現代でもその象徴性は受け継がれています。現代の解釈では、不変の松の緑は平和と繁栄の永続を意味し、花を好む若者の歌は未来への希望や平和志向のメッセージとして語られることが多くなっています。

3. 音楽的特徴

「こてぃ節」は琉球古典音楽の中でも荘重で格調高い曲調を持つことで知られます。旋律はゆったりと伸びやかで、音域を大きく上下しながら情感豊かに歌われます。歌詞は八音句3行+六音句1行の琉歌定型(8-8-8-6拍)に沿っており、このリズムに三線の音型が合わさることで独特の揺らぎと余韻が生まれます (【沖縄音楽の歌詞】琉歌のリズムは八・八・八・六)。拍節感は強くなく、むしろ**間(ま)を大切にした半即興的な歌唱が特徴で、句と句の合間に「イーヤーサーサ」といった掛け声や間奏が挿入されることもあります。曲全体は歌三線(うたさんしん)を中心に演奏され、舞踊伴奏の場合には笛(横笛)と太鼓(杖太鼓など)の囃子が加わります。古典舞踊の実演では、笛と太鼓だけで厳かに前奏を奏でてから歌い出すのが一般的ですが、地域伝承の舞踊(例:読谷村など)では三線の手事(てぃぐとぅ)**と呼ばれる間奏から入る略式の構成も伝わっています (「若衆特牛節」 - 古典舞踊/若衆踊り)。流派や地域によって前奏の有無や演奏順序に違いが見られるものの、いずれも三線の調弦は古典音楽の基本である一番調子(本調子)で、ゆったりとした調べが基調です (琉球古典音楽集成(2枚組) / 城間徳太郎 ほか)。

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