
農耕の開始と先取制の起源・発展:国際比較
先取制.ポストAGIでこれが議論になると思う.
農耕以前の社会(狩猟採集社会)における先取的価値観
農耕が始まる以前の狩猟採集社会では、現代的な「所有」の概念が希薄であったと考えられてきました。移動を前提とする生活の中で、人々は必要最小限の物しか持たず、自然から得られる資源を蓄える必要も乏しかったためです (食うために働き、働くために食って寝る(狩猟採集民社会の労働)〖前編〗 | 人材・組織開発の最新記事(コラム・調査など) | リクルートマネジメントソリューションズ)。獲物や食料は手に入れ次第、共同体内で広く分配・共有されることが一般的でした ( Coevolution of farming and private property during the early Holocene - PMC )。このように、個人が財や土地を独占するという考え方は薄く、所有欲に基づく格差もほとんど見られなかったとされています。
しかし一方で、人類学的研究によれば狩猟採集民のすべてが完全な「原始共産制」だったわけではなく、多くの集団で限定的な所有権の概念が存在した可能性も指摘されています (Private property, not productivity, precipitated Neolithic agricultural revolution)。環境資源が豊かな地域や定住性の高い狩猟採集民(例えば河川や海岸沿いに住む集団)では、特定の狩猟場や木の実のなる木などに対する占有権が認められる場合がありました (Private property, not productivity, precipitated Neolithic agricultural revolution)。実際、サン(ブッシュマン)社会では「獲物を仕留めた矢の持ち主」がその獲物の肉を分配する権利を持つという習慣が報告されています (San - Bushmen - Kalahari, South Africa...)。これは、その場で最初に成果を得た者(先取者)が一定の優先的権利を持つ一例と言えます。こうした習俗は近代的な所有権制度とは異なるものの、狩猟採集社会にも先取的な価値観の萌芽がみられた文化的事例と考えられます。
また、多くの狩猟採集民社会では伝統的知識や技術が世代間で受け継がれており、最初に火の起こし方や狩猟技術を編み出した伝説的な祖先は、神話上で特別な位置づけを与えられることもありました。例えば、火を人間にもたらした英雄(ギリシア神話のプロメテウスなど)や、初めて特定の動植物の利用法を発見した祖先についての神話は各地に存在します。これは経済的な所有権ではありませんが、「何かを最初にもたらした者」への敬意という点で、後の社会における先取制の価値観と通底する部分があると言えます。
農耕定着後の社会変化と先取制の発展
新石器革命とも称される農耕の開始(約1万年前)は、人類社会に経済・社会構造の大変革をもたらしました。農耕民は土地を開墾し作物を栽培するため、長期的な労働投資が必要となります。しかし狩猟採集時代のように収穫物が直ちに共同体で共有されてしまう環境では、個人が労力を払って作物を育てるインセンティブが生じにくい ( Coevolution of farming and private property during the early Holocene - PMC )。この問題に対応するため、農耕定着期には**「自分が労働を投じて生産したものは自分のものとする」**という新たな規範、すなわち私的所有の観念が発達したと考えられます ( Coevolution of farming and private property during the early Holocene - PMC )。実際、考古学的・経済学的研究によれば、農耕の成立には相互に認め合う私有財産制度の確立が前提条件であり、農耕の普及とこうした所有権規範の成立は同時並行的(共進化的)に進んだとされています (Private property, not productivity, precipitated Neolithic agricultural revolution)。初期の農耕社会では、農地や収穫物に対する個人または家族の権利が次第に明確化し、先に土地を開拓した者がその収穫を享受できるという認識が広まっていきました。
西アジア(中東)では、最古の農耕文明が興ったメソポタミアやエジプトにおいて、初期には神殿や王権が土地を管理する共同体的要素も強かったものの、やがて民間の家族単位で農地を世襲・経営する形態が現れました。例えば古代メソポタミアの法典(ハンムラビ法典など)には土地所有や借地に関する規定があり、既に農民による私的耕作地が存在していたことが窺われます。一方、未開墾地(荒地)に関しては、古代から中世のイスラム圏において「マワート(土地)」の復活の原則(イクヤー・アル=マワート)が知られています。これは人が手を付けていない荒地を最初に開墾・灌漑した者にその土地の権利を認めるというイスラム法上の原則で、中東における先取的土地取得の明文化された例と言えます。この原則は7世紀以降のイスラム帝国で法制化され、開拓者に土地の所有を許すことで生産力向上を図りました。つまり、西アジアにおいても「先に開墾した者が権利を持つ」という考え方は比較的早い時期に制度として現れていたのです。
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落合陽一の見ている風景と考えていること
落合陽一が日々見る景色と気になったトピックを写真付きの散文調で書きます.落合陽一が見てる景色や考えてることがわかるエッセイ系写真集(平均で…
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