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#642:池内紀・川本三郎・松田哲夫編『日本文学100年の名作 第9巻 1994-2003 アイロンのある風景』

 池内紀・川本三郎・松田哲夫編『日本文学100年の名作 第9巻 1994-2003 アイロンのある風景』(新潮文庫, 2015年)を読んだ。本巻に収録されているのは、16人の作家による短編作品。

 読み応えのある作品揃いの中で、とりわけ私の印象に残った作品を挙げるなら、吉村昭「梅の蕾」(1995)、浅田次郎「ラブ・レター」(1996)、重松清「セッちゃん」(1999)、村上春樹「アイロンのある風景」(1999)、吉本ばなな「田所さん」(1999)、山本文緒「庭」(2000)、小池真理子「一角獣」(2000)といったところ。

 重松氏の作品は、重く、苦い。途中から読み進めることが辛く、苦しくなるが、ラストに微かな希望に灯火を感じることができた。浅田氏の作品は、ちょっと反則技ではないか(笑)と言いたくなるほど、涙を搾り取られるような作品。そういう反応をするのは、中年〜初老期男性限定だろうか? 村上氏と吉本氏の作品は、それぞれに違ったやり方で、いつの間にか生と死の交錯について考えさせられる作品。それを理としてではなく、あくまで物語の一断面として描き出して見せるのが、彼らに共通する美質だろうか。吉村氏と山本氏の作品は、堅実な日常の描写とともに進む物語の中に、胸をつかれる瞬間が訪れる。小池氏の作品は、全編に漂う虚無感とドロリとした不気味さと一角獣のイメージとの対比が忘れ難い。

 このアンソロジーのシリーズは、これで第7巻〜第10巻の4巻分を読んだ。どの巻もさすがと思わせる充実ぶりだったが、中でも私には本巻が最もしっくりときた。それは本巻の収録作の発表時期が、私にとっての20代後半から30代半ばの時期をカバーするものであったことと、おそらく無関係ではないのだろう。すべての作品が私にとっては初読であったのだが、これらの作品をリアルタイムで読んでいたらどういう感想をもっただろうかと、自分の反応を想像してみるのも面白い。年齢を重ねたから感じ取ることができ、反応できるようになるものがあるようだと実感する機会が、このところ増えるばかりだ。