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#283:河合隼雄著『カウンセリングの実際問題』

 『カウンセリングの実際問題』(誠信書房, 1970年)を読んだ。私は本書を20代の頃に一度読んでおり、その本は手元にあるのだが、考えたいことがあってもう一度読んでみようと取り出したら、あらゆるページにびっしりと赤鉛筆で傍線が引いてあったので、改めて新しく本を買い直した。手元に届いた本は、2021年発行の第60刷とあり、本書が今も読み継がれているロングセラーであることをうかがい知ることができる。

 今回読み直して、改めて思い知ったが、50年以上前に出版された本ながら、その内容は少しも古びていない。もちろん、本書出版後、新しい知見や、新しい考え方や、新しい取り組み方が、数多く私たちにもたらされた。しかし、カウンセリングの仕事をするうえで、心理臨床家として仕事をしていくうえで、基本として身につけておくべき姿勢、態度、考え方という点では、本書は現在においてもそのまま通用するものであると思う。

 いや、むしろ、本書に書かれていることは、「誰もが知っている当たり前のこと」として、軽視されている風潮があるのではないかと危惧する。心理臨床の仕事を新しく学び始める人たちは、非常に多くのことを幅広く学ぶことを求められるあまり、本書に詰まっているエッセンスを時間をかけてじっくりと身につけるべく学ぶことが、相当に難しくなってしまっているのではないだろうか。

 短期間に効率よく学べる、切れ味の良い方法の重要性と必要性を否定するつもりはないが、それは、基礎基本を十分に身につけていく地道な努力とその成果と合わさってはじめて、安全で有意味なものになるのではないかと思う。基本が不十分なまま、切れ味の良い方法を身につけることは、それを適用することが適切な(あるは適用してはならない)場面についての判断力が不十分なまま、相手を、そして自分自身をも傷つけるリスクを高めることにつながると思うのである。

 本書を、私は1ページ1ページ噛み締めるように読み直した。20代の頃に読んで受け取ったものと、30年後の今読んで受け取ったものには、大きな違いがある感触がある。それは、私自身の変化によるものでもあり、社会と時代の変化によるものでもあるだろう。

 本書の内容は、どこをとっても重要なことばかりで、基本的なこと(しかし身につけるには長い修練が必要なこと)がすべて詰まっていると言っても過言ではないと思うが、ここに残しておくメモとしては、一箇所だけ、「可能性への信頼と参加への決意」(p.232;強調は原著者による)というキーワードを引いておきたい。この言葉に、本書がまとめられた当時の著者の考えが凝縮されていると思う。そして、それがいかに困難なことであり、時間をかけて取り組むことでしか学べないことであるかが、本書全体を通じて、さまざまな形で繰り返し述べられていると思う。

 私が知る限りでは、本書は著者が残した数多くの著作の中でも、心理臨床の仕事を実践する者にとっては最良の著作の一つであり、繰り返し立ち戻るべき必読書であると思う。

 本を読むだけでは学べないことは多いが、本を繰り返し読むことでしか学べない、経験を理解へと結びつけることができない、そうしたこともまた多い。今回本書を読み直したことをきっかけに、若い学び手たちと一緒に本書を読み進めて共に本書から学ぶ機会を今後作ってみたいと、思い立った。