ホームルーム演劇「喪に服従」
バイトから帰ってきて、急いで煙草を吸って換気扇の音を聞いているのか、聞いていないのか分からない感じでボ~っとしていたら、突然学生時代のとある記憶が蘇ってきた。
何故思い出したのかを考えてたのだが、というか考えている私の脳がその答えを知っているはずなのであるが、知らへん、知らへん、と言いますので、埒が明かない。折角だから書いておこうと思う。あまり良い記憶ではない。
高校2年生の頃であった。
当時担任のK先生は自分よりもかなり目上の人間だと思っていたが、27歳から30歳の間くらいで今の僕と同じくらいの年齢である。
僕は今年で27歳になる。
だから、あの頃の彼女のことを考えるにあたって、僕に足りない部分があるとすれば、それは単純な時間の経過だけではないと考られる。彼女がどういう人間だったのか、横並びになって今考えることが出来るのは少し胸が躍るような気もしなくはない。
彼女は英語の先生で、情熱的だという風に周りから評価されていたと思う。教育熱心というような感じである。優しくて、物腰の柔らかい、生徒思いの先生だと親達は考えていただろう。
僕は彼女を怖いと思ったことが何度かある。何かが欠落していて、その分何かが過剰だなと感じていた。
と言うのも、彼女の全てが嘘臭くて仕方がなかったのである。これは実際に接していないと分からないと思う。言葉の抑揚の付け方、手の動かし方、何よりも目、その全てが虚偽であるかのように見えた。
彼女にとって情熱的でいることはさほど重要ではなく、情熱的と見られるにはどのように振舞えばよいか、ということに重きを置いていたはずである。
何が素晴らしいかを考えずに「素晴らしい先生」を目指した結果、側から入ってしまったので中身が空虚で、彼女から発される言葉のほとんどが「音」であった。メロディーを奏でるように、雄弁に懸命に生徒に話しかけるK先生を見て、彼女が英語を担当しているのになんとなく納得がいってしまった。
彼女が英語を話している時だけ、よく分からない単語の羅列ではあったが、彼女が日常的に使っている日本語より遥かに中身があったと思う。
「Isthis a pen?」
彼女は本当にそれがペンかどうか分からないみたいだった。
「No, it is an apple.」
と僕は答えた。
とある朝のホームルーム。
K先生が突然、「お話があります。」と言った。重い口を開きました感を出された生徒達は、雑談を辞めた。教室が静まり返った。僕はその日、その瞬間に窓から見た風景まで覚えている。
「私の友人が病気で死んでしまうかもしれません。」
と彼女は言った。誰一人口を開かなかった。僕は友人と目を合わせようかと思ったが、誰も首を動かしていなかったので諦めた。
彼女は選挙演説のような口調で、圧倒的な迫力を演出し、眠気眼の生徒たちに向かって一方的に語りかけたのであった。僕は暴力を受けたような気持ちになった。
先生の声が次第によれていって、それでいて声量は増していって、選挙をテーマとしたミュージカル風な発声に変わり、その内泣き始め、次第にそこら辺の女子生徒達もがもらい泣きをしはじめ、最終的には声を枯らしながら、
「だからあなた達は!!!!一日一日を大切に生きてください!!」と先生は叫んだ。
先生の友人の人生がさも終わったような言い方に、僕は結構腹が立った。
例えの重さの割に、結論が一般的で、引用された友人を不憫に思った。
僕は当時運動しているだけで廊下の真ん中を歩き、昼になると小石を油で揚げたような飯を販売している購買部を占領する、運動部を憎んでいた。僕もあれを食べたかった。
運動部は僕らと校舎が分かれていた。本当に良かったと思う。
何故学校行事としてこいつらの大会を見に行き、炎天下の中応援しなくてはならないのか疑問だったが、同じクラスの女子達は校舎が違い関わりがないはずなのに、愛情を注ぐような目で彼らを懸命に応援していた。
K先生の話聞き泣いている女子生徒を見て、納得が行った。
先生は劇を終えると、「さあ今日も頑張りましょう!」と、はい!辛気臭いのはこれで終わり!!みたいな、蒔いた種を回収回収!といった具合で颯爽と、気持ちのよさそうな表情を浮かべ教室を後にしていった。
その後も教室は静まり返っていた。なんなんだろうこれはと思った。
嘘臭くて反吐が出そうだった。何を喪に服したような雰囲気を醸し出しているのだろう。馬鹿なあいつですら真面目な顔をしている。
そこには計算がある。どれくらい時間が経てば、日常に戻しても不謹慎ではないか、皆が考えている。
俺は、帰りのホームルームじゃダメだったのだろうかと、そればかりを考えていた。ここは俺は、で合っている。
先生の友達はその後どうなったのかは知らないが、生きていればよいなと思う。
そして俺にそのようなことを思わせ、思い出させ、今こうして長文駄文を連ねさせ、俺とそして読書の貴重な時間を奪った先生を俺は許せない。
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落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。