誹謗中傷のない現代、ハゲたあいつは自殺した。

今朝、同僚の田島が死刑になった。
理由は、田島が同期の相田と会社の食堂で他愛のない話をしていた際に、ふと冗談で「ハゲ!!!」と言ったからである。その瞬間相田は白目を剥き、泡を吹いてその場で卒倒し、周囲の者が救急車を呼び、その後田島は逮捕された。
田島の「ハゲ」という発言は単なるジョークであり、彼なりの心の許した人間に対する一種の甘えでもあるのだが、今の世の中では通用しない。
あれ程までに田島に注意しろと言っていたのにも関わらず、奴は最後まで迂闊で、しまいには死刑になってしまった。

田島は一つ下の後輩で同僚以上の存在であった。仕事終わりによく飲みに行ったものだ。
田島は酔うとすぐに、「糞野郎」とか「あのバカ」などと言った。
誰に向かって言う訳でもなく、独り言のように小声でぶつぶつとよく言っていた。俺は周囲の目が気になり、田島を家に呼び、俺の酔いが回った頃に、二人で「あのデブ!」「死ね!」「ブス女!」など二人で叫びまくったものだ。解放感のような、私達は人間であると言ったような、至極純粋な動物的な叫びがそこにはあったように思えた。
俺ら以外の人間がこのようなことをしているのかは知らないし、そもそもそんなことを他人に確認すれば気違いだと思われてしまうし、そもそも世間の連中の頭の中には「誹謗中傷」というような概念が失われているように思えた。
田島は「誹謗中傷」ということがどのようなことなのかよく分かっていない所があり、俺は前々から危なっかしいと思っていた。
そしたら案の定田島は、死刑になってしまった。糞野郎が。

100年前のこの国では、「死ね!」や「デブ!」などと言っても罪に問われるとはなかったらしい。インターネットで誹謗中傷をしても特に何かを問われることはなかったと聞いた。今では考えられないことだ。
相手の身体的特徴を表すような言葉や、不快になるような言動を取ると、私達は死刑になる。
「アンチ」という存在が昔はあったと聞いた。要するにファンの対義語のようなもので、例えばSNS等で、アンチは有名人に「死ね!」とか「辞めろ!」とかそんなことを言っていたらしいのだ。
今では全員が有名人のファンである。誰しもが「好きです」とか「応援してます!」とかそんなことを言っている。全く気持ちの悪い世界になってしまった。
私も死んで欲しい芸能人に「頑張ってください!」というような文章を送ったことがある。

相田は未だに会社に来ていない。
彼は明らかに頭皮にダメージを負っていた。誰が見てもズル剥けなのである。バーコードといったような表現が遥か昔にはあったらしいが、そんなレベルではなく、もうレジを通そうとしてもスキャンできない程に彼の頭はハゲ切っていたのである。だというのにも関わらず、誰もそのことを気にしていないようであった。私は相田と初めて会った時、「死ぬ程ハゲてんじゃねえかよ。」と内心思った。でも誰も、彼をハゲていないように扱ったのである。
例えば、会社の女性社員達は、彼の前で平気で流行りのシャンプー等の話をしたし、通っている美容室の話などをしていたのである。相田も相田でその話に割って入るようなことを自らしていて、俺は彼が一番ハゲていることを自覚しているように見えた。辛かったのではないのかとすら思った。
相田がハゲていることを皆は気付いていないのだろうか。

100年前と比べ、今の日本は犯罪がかなり増えているらしい。
その理由は人を見た目で判断しないからだと私は思う。
例えば、ラッパーのような格好の人間を見た時に彼はヒップホップが好きなのだろうと思うのが普通だと思うのだが、現代ではラッパーのような恰好をしていても、彼がヒップホップ好きとは限らない、テノールが好きなのかもしれない、クラシックが好きなのかもしれないと、とにかく決めつけることを避けているのである。
だから見た目がおっかない人に、むしろ見た目がおっかないからこそ平気で声を掛けたりして、ぶん殴られたりしているのである。
阿呆ばかりなのだ。

相田が職場復帰をした。
皆が彼を温かく迎えた。
周りの同僚達は、「酷い目にあいましたね。」「田島は死刑になりましたから。」などと言っている。
相田は剥き出しになった後頭部の皮膚を手で覆うようにしながら、「いやあ、本当辛かったよ」などとほざいている。
社長がやって来て「相田君、君はハゲていない。誰よりもハゲていない。フサフサとは君のことだ。」と言っていた。皆が拍手をしていた。
相田は顔を赤らめながら「ありがとうございます。」と言っていた。

俺は次の日から毎日相田に向かって「髪伸びたんじゃないですか?美容室に言った方がいいですよ。」と言った。相田は「そうだねえ~。中々切りに行けなくてさ。」と嘘のような笑みを浮かべていた。
その度に俺は立ち上がり、オフィスの全員に伝わるように大きな声で
「みんなちょっと聞いてくれないか!相田の髪が伸びすぎていると思うんだ。どうだろう?」
と説いた。
すると皆がやっけになって「そうよあまりにも伸びすぎているわ!」「早く切って来た方がいいですよ!」とか言って、終いには社長室に呼び出された相田は「美容室に行け!髪が伸びすぎている!」と社長に怒鳴り散らされていた。
俺はこれを毎日毎日やった。
二週間目にして相田が自殺をしてしまった。
遺書には「俺はハゲている。」とだけ書いてあったらしい。

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落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。