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誰が為の教育無償化か

1       高等教育の受益者と、高等教育無償化の受益者

1.1      拡大する教育無償化政策の主張

 令和5年11月30日、前原誠司氏(衆・京都2区)は国民民主党の斎藤アレックス氏(衆・比例近畿)、嘉田由紀子氏(参・滋賀選挙区)、鈴木敦氏(衆・比例南関東)、無所属の徳永久志氏(衆・比例近畿)とともに新党「教育無償化を実現する会」の設立を表明した[1]。令和6年10月4日に、「大前提として、「非自民・非共産」の野党が協力して、政権交代を実現しなければならないという譲れない目標」があり、「「教育無償化」の実現に近づくことが出来る。前向きな判断に基づ」いてそのうちの4名が日本維新の会に合流することになったのだが、それまでにこの党は教育無償化の実現を訴え、共同通信社の最新の世論調査によると1.5%の支持を獲得するに至っていたという[2]。

 なぜこの党が教育無償化を掲げたかは、それが日本の複合的な危機を克服するための諸政策の核、センターピンになるからだと言う。「天然資源に乏しい我が国が経済成長を果たし、世界有数の経済大国となり豊かな社会を築いた原動力は、ひとえに「人材」に」あるとし、国際競争力を回復する観点からも、学び直しによる持続的な賃上げの実現のためにも、十分な教育を全世代型で受けられるようにすることの重要性を説いた。またその一方で経済的な負担の観点からは、「親の所得によってこどもの教育にかけられるお金に差が生じてしまうことが、格差の固定化をもたらす主要な要因の一つ」となっているとし、また奨学金返済を抱える若年層の負担が晩婚化・未婚化、あるいは出産や子育てをためらわせているとしてその無償化を訴えたのである[3]。

 教育無償化を実現する会は、令和6年6月13日に「全世代にわたる教育無償化等の推進に関する法律案 」と「高等学校等に係る教育無償化等の推進に関する法律案」を日本維新の会と共同提出した。特に前者の法案においてはその第二条基本理念において、「すべての世代の者について、その経済的な状況にかかわらず、〔中略〕原則として経済的な負担なく、その適性に応じた多様で質の高い教育を受ける機会が十分に確保されること」と、所得制限のない全世代型の教育無償化を掲げた。また、第六条第一項においては、「〔義務教育段階の:筆者註〕学校以外の場において行う一定の基準を満たす学習活動に係る費用に充てることができる給付を行う」と、学習塾などの負担ゼロも国が措置を講じることを示した[4]。

 そして今日においては与党第一党の自由民主党も、今般の衆議院議員総選挙の公約において、「家庭の経済状況に関わらず、大学・高専などへの進学を希望する全ての若者が、自らの夢を実現できる社会にするため、高等教育の無償化を大胆に進めます」と示している[5]。野党第一党の立憲民主党も、「生まれ育った環境にかかわらず、誰もが同じスタートラインに立てる社会を目指す」として、国公立大学の授業料を無償化し、私立大学・専門学校には同額程度の負担軽減を実施するとしている[6]。


1.2      高等教育の受益者と、高等教育無償化の受益者

 ではなぜこれまで個人が負担してきた高等教育の費用を国が血税をもって負担、すなわち納税者が負担するという論理となるのだろうか。これにはもちろん昭和50年には年間36,000円、平成元年には339,600円だった国立大学の授業料が現在では535,800円と物価以上の値上がりをしていること[7]、また先に教育無償化を実現する会が理由として挙げていた負担増大による格差構造の再生産、奨学金返済による晩婚化や出産・育児の金銭的ハードルの高まりもあろう。すなわち、少子化や潜在的に優秀な人だが高等教育を受けられないことにより活躍が阻まれる、といったように負担増加の悪影響が個人の範囲を超えて社会に及び始めたことを挙げているのである。

 しかし、血税を以ってこれを負担する論理の最大の拠りどころは、高等教育の受益者は学生個人のみならず「高等教育を受けた人材によって支えられる現在及び将来の社会」も含まれるという理由であろう。例えば、法学部などを卒業した人物が官僚として活躍したり、工学研究科を修了した人物が社会基盤整備などで活躍することは、巡り巡って社会全体が現在から将来にわたって好影響を受けるということである。文部科学省によると、その高等教育機関に含まれるのは一部のランキング上位の大学や層に留まることなく、高等教育がエリート段階(進学率15%未満)、マス段階(同15%以上50%未満)又はユニバーサル段階(同50%以上)のいずれにある場合でも基本的に受益者に社会が含まれることに変わりはないと考えられるとされている[8]。というのも、ユニバーサル段階においても知的なネットワークの広さと質が極めて重要な意義を持つ知識基盤社会においては、質の高い労働力や研究成果の供給による利益のほかに、層の厚い高等教育の存立そのものが経済社会全体の発展の基盤として不可欠の存在となると考えられるためである。

 このことから、確かに高等教育を社会をして支える論理には筋が通っていることがわかる。しかし、これまで高等教育には全く国の予算=血税が投下されていないわけではない。国から国立大学法人には「運営費交付金」が配分されており、2022年度においては例えば京都大学は32.4%、山形大学は23.7%など、多いところは収入の8割強を運営費交付金に頼っているとされる[9]。またこの交付金に関しては、今夏文部科学省は来年度の概算要求で今年度と比べて3%余り増額の1兆1145億円を要求した[10]。私立大学の場合も、「私立大学等経常費補助金」が交付され、令和6年度予算では約3,000億円であった[11]。

 ここから導かれるのは、これまでも受益者は学生個人のみではなく社会や企業も含まれるとの認識から国立大学のみならず私立大学にも血税が投じられてきたということである。一方で今日の議論は高等教育に係る費用の「全て」を血税で面倒を看るというものではなかろうか。すなわち、第一義的な受益者とされていた学生個人の権利のみが拡大し、義務が社会全体に転嫁されたのである。

 また、家庭の経済状況に依らない、すなわち所得制限のない無償化はどのような影響をもたらすだろうか。筆者は、高額所得層の教育熱が高まり、結果として貧しい家庭の子弟が高等教育を受ける機会が阻害される、すなわち格差の再生産構造が強化されると考える。「最難関とされる東京大学には、世帯収入の高い家庭出身の学生が多い」と言われることがある[12]。実際に所得の低所得層から大学(国立・私立を問わない)へ進学する割合は高所得層に比べて低く、所得階層別で見ても緩やかではあるが高所得層の方が国公立進学率が高い(私立大学進学率は20ポイント程の違いで高い)[13]。その背景としては家庭内学習費(物品、図書)や家庭教師費用、学習塾費などの学校外の補助学習費が所得に比例する形で増えることが挙げられる[14]。また一部の有名私立大学や医学部などを除き、基本的には国立大学の方が合格難易度(偏差値含め、旧センター試験や二次試験の科目数や問題難易度)が高く、人気もあると言える。

 この現状の中で、国立大学の授業料が一律無償化となり、私立大学も同額の補助を受けたとすると、どうなるだろうか。筆者は高額所得層が大学授業料として積み立てていた家計負担が減り、その分を大学合格、特に難易度が高く私立大学と比較して4年間で120万円の授業料負担が少ない国公立大学進学に向けて用いる土壌を整えると考える。一方で非高額所得層は、筆者が経験してきたところでいえば、確かに将来的な資金負担の不安は解消されるだろうが、目下大学に進学するために学習塾に通うだけの資金的余裕がなく、毎月家計のやりくりで精一杯である。大学浪人や予備校に通うことも難しいため、志望する大学からレベルを下げるという話もよく聞くものである。つまるところ、この政策によって最も潜在的な恩恵を受けるのは高額所得層であり、これは教育を受ける機会の均等、すなわちスタートラインを整えるどころか格差を再生産する装置と化す可能性があるのである。

 以上から、筆者は、①受益者負担の原則に基づき、高等教育費用は社会も分担するが第一義的には学生個人が負担するものであり、②逆進性・逆の累進には注意が必要であるものの、所得制限のない無償化は、目的の一つでもある格差の是正に反して作用する可能性がある、という点から一律の高等教育無償化には反対する。それではどのような政策が受益者負担の原則の基づきながらも、教育を受ける機会を均等にする、スタートラインから生まれという選ぶことのできない要素を除き、真に有為で志のある若者に道を開くかについて次項で論じる。

 

2       滅びに通じない広き門―福音となるか―

 前項において自由民主党、立憲民主党、日本維新の会、旧教育無償化を実現する会の政策について触れたが、同じ問題意識を持ちながら異なる政策を主張している政党がある。国民民主党は「人づくりこそ、国づくり」を掲げ、「教育や科学技術など「人への投資」を倍増し、経済全体の生産性を向上させて日本の国際競争力を強化」するとし、幼稚園・保育園から高校までの教育完全無償化や出産・子育て・教育にお金のかからない国を実現すると訴えているが、高等教育の無償化については慎重な姿勢である。異なる政策として挙げているのが、奨学金である。具体的には、「貸与型奨学金の所得制限を撤廃し、近い将来、奨学金の原則無利子化と返済不要の給付型奨学金を中所得世帯に拡大。卒業生の奨学金債務も減免」するというように、低所得~中所得層には給付型奨学金という選択肢を充実させるとともに、高額所得層にも無利子の貸与型奨学金の道を開くものである[15]。

 筆者は特定の政党に所属していないことを断りとして入れながら、本政策については国民民主党の方針が的を射たものであると考える。これであれば金銭的理由から進学をあきらめていた層も実質的な負担なしで高等教育を受ける挑戦ができ、かつ現在よりは世帯収入による格差の再生産が是正される可能性があるからである。

 問題は、どのようにして給付型奨学金の財源を確保するかという点である。これには少なくとも3つの手法が考えられ、筆者は3つ目を推す。まず、血税ないし国債をもってこれを賄うという方法であろう。この場合は、議論や交渉する手間や負担が最も少ないため実現性が高まるものの、権利のみが拡大して無自覚に将来的な義務が発生するため持続性と将来的な問題の発生というところに疑問符が付くだろう。

 次に基本的に支払う授業料を値上げした上で、大学内において増加した授業料収益を元手に給付型奨学金を設立し、低所得層に給付することである。すなわち、高額所得層が負担することにより、同学内の低額所得層の学費負担を実質的にゼロとするのである。この場合は高額所得層による反発や、給付型奨学金の枠数が当該大学に進学する学生の世帯収入に影響されるため不安定かつ限定的なものとなり、総ての低額所得層に行きわたらない可能性もある。最後に、私企業や公益財団法人による給付型奨学金の設立を奨励することである。特に大学卒業を採用試験や入社の条件としている企業に対しては、規模の差はあれど給付型奨学金を設け、大学を通じて学生に提供することを義務付けるべきである。筆者は大学に何等の寄附や奨学金の提供を行っていないにもかかわらず、大学卒業を必須条件としている私企業は高等教育のフリーライダーであると考えている。いわば、注文はつけるが、その費用をこれまで学生個人と社会に負わせてきたものの「ただ乗り」を今後は是正していくのである。もちろん法人税などを通じて間接的には支えているのかもしれないが、特に受益者に社会や企業が含まれるということから考えてもより私企業の負担分を実感する機会と実際の応分を増加させるのがよいと考える。

 以上3つを論じたが、筆者は前項において述べた問題意識や負担すべき者の筋道から考えて私企業の給付型奨学金の拡充によって低所得層に高等教育の道を開くことが有効であると考えている。

 マタイによる福音書には、「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」とある[16]。確かに高等教育を受けるにあたっての試験は「狭き門」であろう。その門をくぐるため、そして門の中での経験は筆者の人格形成に役立ったものと今になっても思っている。しかし、その門の広さや狭さは当人の努力ではどうにもならない、生まれながらの家や世帯収入に左右されてはならない。筆者は前述の高等教育費用負担策が優位の若者にとって、「命に通じる広き門」という福音になることを祈って本論考の筆を擱く。


文末脚注

[1] 朝日新聞「国民民主の前原誠司氏、新党「教育無償化を実現する会」設立を表明」(令和5年11月30日)(参照日:令和6年10月20日)(https://www.asahi.com/articles/ASRCZ5711RCZUTFK011.html)

[2] 教育無償化を実現する会「日本維新の会との合流について」(令和6年10月4日)(参照日:令和6年10月20日)(https://fefa-japan.jp/news/dkk20241004)

[3] 教育無償化を実現する会「「教育無償化を実現する会」基本政策」(令和5年12月21日)(参照日:令和6年10月20日)(https://fefa-japan.jp/policies)

[4] 日本維新の会「全世代にわたる教育無償化等の推進に関する法律案」(令和6年6月13日)(参照日:令和6年10月20日)(https://o-ishin.jp/news/2024/images/80a847479279b3d923b793e8a43ced6d097a4f18.pdf)

[5] 自由民主党「政権公約2024 #4未来を守る」(参照日:令和6年10月20日)(https://special.jimin.jp/political_promise/manifesto/04/)

[6] 立憲民主党「選挙政策2024詳細 子育て教育 未来を育む子育て・教育」(参照日:令和6年10月20日)(https://cdp-japan.jp/election2024/visions_all/education_related_support/)

[7] 文部科学省「国立大学と私立大学の授業料等の推移」(参照日:令和6年10月20日)(https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/005/gijiroku/attach/1386502.htm)

[8] 文部科学省「我が国の高等教育の将来像(答申) 第3章 高等教育の発展を目指した支援の在り方」(平成17年1月28日)(参照日:令和6年10月20日)(https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/attach/1335596.htm#:~:text=%E2%97%8B%20%E3%81%BE%E3%81%9F%E3%80%81%E9%AB%98%E7%AD%89%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%97%E3%81%A6,%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A8%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%82)

[9] 東洋経済オンライン「「運営費交付金」依存度が高い国立大学ランキング」(令和6年10月8日)(参照日:令和6年10月20日)(https://toyokeizai.net/articles/-/831810?page=3)

[10] NHK「国立大学への運営費交付金 今年度比3%余の増額要求へ 文科省」(令和6年8月27日)(参照日:令和6年10月20日)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240827/k10014560331000.html)

[11] 私学事業団「私立大学等経常費補助金」(参照日:令和6年10月20日)(https://www.shigaku.go.jp/s_hojo.htm)

[12] ダイヤモンドオンライン「東大生の親の年収「1000万円以上」が40%超、世帯収入が高い家庭出身の学生が多い理由」(令和5年3月4日)(参照日:令和6年10月20日)(https://diamond.jp/articles/-/318710)

[13] 文部科学省「高校生等への就学支援に関する参考資料(8)」(平成29年12月)(参照日:令和6年10月20日)(https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/132/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2018/02/19/1400916_0001.pdf)

[14] 東京大学大学総合教育研究センター山口晶子「第7章 文部科学省保護者調査から所得階層別学習費の分析」(参照日:令和6年10月20日)(https://www.he.u-tokyo.ac.jp/content/files/1347640_02.pdf)

[15] 国民民主党「国民民主党の政策4本柱 政策各論3 人づくりこそ、国づくり」(参照日:令和6年10月20日)(https://election2024.new-kokumin.jp/policies/specifics/specifics3/#item3-2)

[16] 日本基督教団札幌教会「「命に通じる門−狭き門より入れ」 マタイによる福音書7章13-14節」(参照日:令和6年10月20日)(http://www.jcu-sapporo.com/bible/20111113/)

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