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【虎に翼 感想】 9/24 答えは一つではない

異質” と “特別” 。この2つの言葉を美雪が並列に使ったことに違和感を覚えた。他人と異なることを、自身の優越感を満たすものにしてはならない。

美佐江の “特別” は、自分の力で成し遂げたものではなかった。
地元の名士という裕福な家に、見栄えのいい外見の遺伝子を持ち誕生したことは事実だ。勉強も頑張ったかもしれない。その学習の環境だって親が与えてくれたものにすぎない。
親の庇護の元で成立していた “特別” だったがゆえに、親元を離れたら全てなくなってしまった。

何があったのかは描かれていないから分からない。だが以前、美佐江が寅子に問いかけた、
「なぜ悪い人からお金を盗んではいけないのか」
「なぜ自分の体を自由に使ってはいけないのか」
と真逆のことが起こったと考えてよいのではないだろうか。

そして……もう一つの問い。
「なぜ人を殺してはいけないのか」
この問いを母親も寅子に投げかけていたと知り、母親との共通項を見いだして喜びを感じている美雪の様子が悲しかった。それは、優未がお腹ギュルギュルに父親を感じることや、汐見薫が朝鮮のルーツを感じることとは “異質” なものだったから。

美雪は美佐江の存在を自分の武器として携えていたように見えた。古びた手帳をいつまでも大事にし、そこに書かれてある特別な存在として周囲の人間を意のままに操る母親の行動をなぞることで、自分を特別な存在に押し上げようとしていたかのようで。

ナイフは “特別” の象徴だ。相手を傷つけるものでもあるし、自分を守る護身のものでもある。だが使い方を誤ると自分を刺してしまう結果になるのだ。

結果、ナイフを奪われた美佐江は死んだ。自分を殺すという方法で。

なぜ人を殺してはいけないのかの答えは一つではない。大人たちが教え諭すそれを認識しつつ、一人ひとりが自分の人生の歩み、他人との関わりの中で見出していくものだし、寅子の答えも寅子がこれまでの人生から導き出したものだ。
質問をすること自体が、「大人や世間は人を殺してはいけないと言うけど、それって私にも当てはまるの?」と、特別な自分を前提にした質問でしかない。

美雪は寅子のことを、母親を死なせた人と思っていたのだろうか。

美佐江はもうこの世に存在しない。だから手帳の中の出来事はこれ以上増えない。
寅子が向き合わずにいたらどうなっていたのか……手帳の出来事を全部なぞり終わったら、そこで美雪も死んでしまっていたのだろうか。
人は、一人ずつ見れば皆、異質なのだ。それなのに美佐江の醸し出す特別感に惑わされて、どこにでもいる子の一人だということを見失ってしまった。

森口美佐江という武器が通用しなかった。寅子の母親への後ろめたさを攻めようとしたが、相手は自分しか見なかった。

あのとき寅子は、優未を守るためとはいえ美佐江に背を見せてしまっていた。もう繰り返したくない。寅子は今日、ずっと目をそらさずに、真正面から美雪と向き合っていた。
寅子の口から語られる美佐江に対する後悔の言葉は、美雪の知らない母親のことを伝えてくれる言葉でもあったし、寅子が母親と向き合ってくれたことでもあったと思う。

もう母親にとらわれる必要はない。“特別” だと思い手放せないでいたものに価値を感じられず、美雪はナイフを投げ捨てて出て行ってしまった。

・・・・・・・・・・・・
美雪が試験観察となって半年が経過し、暮らしている施設の同年代の子たちとも良好な関係を築けているようだ。
寅子は自分が関わった子がいる施設に肉などの差し入れをしていた。そういう特別な体験は歓迎すべきことである。

「おばあちゃん、私といると、心が休まらない。お母さんを思い出し続けるのもかわいそう。だから一緒にいないほうがいい」
美雪は元々優しい子だったはずだけど、その気持ちを素直に口に出せるようになっている。そして、偽りの涙ではなく自然な感情で涙を流すようになっていた。
もう大丈夫だ。
美雪は不処分となり、ふたたび佐江子と暮らすこととなった。

祖母を心配する美雪の気持ち、それだけ佐江子にとって美佐江のことは重苦しく辛いことだったのだ。
それは森口父も同じだったのではなかったか。溺愛した娘が自分を置いて自死してしまった。東京へやったことも後悔しただろうし、在学中に妊娠したことを知り、自分の期待を裏切ったとも思ったのではないか。

放送週数が足りなかったことは残念でならない。美雪の件は、もっとじっくり描いて欲しかった。森口父と佐江子の関係性、おそらく離婚し、佐江子一人で美雪を育てるに至った背景なども知りたかった。
美佐江の手帳に書き遺されていた “かろうじて残る特別な私” が何なのかも謎のままだ。

分からないことだらけなのは当然だ。美佐江はもうこの世にいないのだから。
誰もが想像するしかないのだから、描かない。

それが、人が死ぬことの結果なのだ。


昭和48年4月
親に縛られて苦しんでいたもう一人の女性……美位子の裁判は、いよいよ最高裁判所の判決日を迎えることとなる。


「虎に翼」 9/24 より


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