【虎に翼 感想】第124話 見透かされても、心を守る
並木美雪の審判
調査官の音羽は本当に優秀だし、仕事に対して実直な人だ。先日の家裁での会議の発言は出過ぎていたと反省し、謝罪することができるのだから。
寅子だって “はて” をたくさん発動してきた。だから、部下を委縮させないよう最大限、配慮している。
森口美佐江そっくりの少女、並木美雪の審判が開かれた。
突然、泣き出して自分の行いを告白する美雪……美佐江を重ねてしまうからか、とっても怪しく思えてしまう……
だが事実関係としては、美雪の持っていた手帳を被害者の少年が奪って逃げていたことが原因だと判明したため、美雪は不処分となり、この審判は終了した。
一般的にはシンプルな案件だったとしても、寅子には難しい案件だったはずだ。どうしても美佐江を重ねてしまうのだから。
もともと美雪は寅子のことを知っていた。性格も熟知していてすっかりお見通しだったとしたら……とても恐ろしいことである。“赤いシリーズ” 第2章か。
美位子の裁判は一向に動きがなかった。裁判がどのくらいかかるのかということは、依頼者にとっては重要な関心事だ。なかなか進展しない中、ずっとストレスを抱えて生活しなければならないから。
轟は、時間がかかっているのはいい兆候だと励ましている。たしかに不受理だったらとっくに通知が届いているだろう。
美位子は動きがないことを、心のどこかで歓迎していた。それは、山田轟法律事務所にずっといられるということだから。
その理由を美位子は言いよどんでいたが、よねは勘づいているようだった。
昭和46年冬
涼子とよねが星家を訪れている。
司法試験に合格した人が全員、司法修習を受けて、裁判官、検察官、弁護士のどれかの仕事に就くわけではない。意外と知られていないことなのかもしれないと思ったから、そちらの方面から取り上げてくれてよかった。
涼子は無事合格したが、司法修習は受けるつもりは初めからなかったのだ。
時代に翻弄されて受験もできず、時代が変わっても合格できなかった不幸な人間ではない。弁護士にはいつでもなれるが、自分はあえてそれを選択していないだけ。
涼子は自分を “選ぶ側” に転換したかったのだ。
その強さの芯を、涼子はよねに見ていた。法廷劇で小橋ら男子学生に対峙していったときのよねに。もっともあの出来事は、優未が家出したときに反省済みではあるが。
「お気立てに難があると言ってただろ」
あぁよね……ずっと気にしていたのか……
涼子は決して法曹資格を無駄にするつもりもなかった。若者に法律を教えていくという。法曹を目指す若者を増やすことも立派な役割だ。
「格好悪いところも弱いところもそろそろ見せて欲しい」
よねが依頼者や女子部の仲間のために先回りして献身してしまうのは、無意識に自分の弱さを見せないようにしていたのかもしれない。それは寅子にも女子部の皆にもお見通しなことだ。
寅子に言われたせいか、よねもせんべいを食べながら、いつもより笑顔を見せられていた。
あの世に逝く前にまだまだリアルよねを見ていたい寅子なのであった。
美位子の心の中のよね
寅子の家に泊まったことからしても、よねが少しずつ自分をさらけ出していることが伝わる。
星家から事務所へ戻る道中、よねは考えていたのではないだろうか。あのとき美位子に対して何も言わなかったことは間違っていたと。
よねもずっと抱えていたのだ。一度でも “女” を利用して……利用されてしまったことを。
そして、無理をしてごまかしてきたことに気づかせてくれる存在の大切さにも触れた。
大切さに触れたまま朝を迎え、伝えなければとの思いを強くしたに違いない。
裁判に優劣はない。世間的に注目されるという意味では美位子の裁判は “大きい裁判” として扱われている部分はある。原爆裁判もしかり。
だが1つ1つの案件を見れば、当事者の苦悩は皆それぞれで、皆が苦しい思いをしているのだ。
やっとの思いで弁護士を探し、事務所まで相談に訪れるのは皆同じなのである。
そんな相談者の苦しみを傍らで見て聞いて、
「この人も辛い思いをしている」と安心したり、
「この人より私のほうが辛いのだ」とマウントをとることを繰り返していた。
毎日そんなことをしていたら気持ちが揺れ動いて辛いはずだ。
だけど、父親から鬼の所業を受け、地獄を味わい、自己肯定感が下がってしまっている美位子は、その日々の作業から抜け出せなくなっていたのだ。
美位子をここまで追い込んだのは、父親だし、母親だ。美位子は何も悪くない。
よねが伝えてくれてよかった。美位子の心は保たれていたようで、いつか必ず壊れる運命だった。美位子の心によねが入った。よねの芯の強さに助けられる人のなんと多いことか……
・・・・・・・・・・・・
酷な話かもしれないが、よねと轟からしたら依頼者は美位子だけではない。もちろん、彼女の境遇からして事務所に住まわせる判断はしているのだが。
美位子はどこかで、自分は特別扱いをされていると思い、それをよすがに生きていたのではないだろうか。
不安な気持ちで事務所を訪れる依頼者を、美位子は安心してもらえるよう迎える立場だったのに、いつの間にか自分が安心を得ようとしてしまっていた。
心配事があって相談に訪れる依頼者はナーバスになっている。だから事務所の者の言動に敏感になることがあるのだ。十分に注意しなければならない。
今のままでは、もし美位子と他の依頼者が事務所で二人きりになったとして、美位子がその人に不用意な発言をして傷つけるおそれだってある。
不純な気持ちで働かれては困るのだ。
よねの言葉は、美位子の心を守ろうとしたのはもちろん、他のすべての依頼者の心も守ろうとしたのだと、そう思っている。
朋一の敗北
ある朝、朋一が突然、実家を訪れてきた。
裁判官を辞めることを相談に来たのだ。
それは、“決意” “決断” というよりは、“降参” “観念した” という表現が正しいのではないだろうか。
残念なことだが、勉強会に参加していた者たちが掲げていた理想は結局、“エリート若手裁判官” という立場を受容して掲げることで成立していたものだった。最高裁判所から家庭裁判所、都心の裁判所から地方の裁判所へ異動しても掲げ続けられるものではなく、この者たちは結局、裁判官を辞めることになってしまった。
桂場からしたら、我が意を得たりといったところか。すっかり見透かされていたのだ。
できれば続けて欲しかった。桂場だっていつか長官を辞める。その後にまた状況は変わるかもしれないのだから。
家裁に行っても朋一は理想を曲げずに頑張ろうとしていた。だが、それも限界だった。妻、真紀から離婚を切り出されてしまったのだ。
「夫や父親の役目から解放してあげる。隣にいて何の支えにもなっていないことが辛い」
真紀はとても優しい人だと思う。夫を傷つけないよう、自分のいたらなさを前面に出して離婚を切り出したのだから。
思い返せば、お正月に星家と猪爪家が集まった日、真紀だけがかしこまっているというか、控えめだったのが気にはなっていた。
真紀からすれば、夫の家族だけでも気を使うのに、遠い親戚みたいな人たちも集まって、そこには夫と同じ裁判官や教師たちがいる。話に入れるわけがない。気兼ねなく話せそうなのは、栗きんとんの話を振ってくれる花江くらいだ。
朋一一家だけが遅れてきたのは真紀の気が進まなかったのが原因だとしたら……重い足取りで星家の近くまでやってきたら陽気なサックスの音が外まで聞こえてくる……妻がずっと無理をしていたことを、朋一は気づいていたのだろうか。
同じ職業とはいえ、何かといえば実家を頼り、気軽に立ち寄っては終電を逃し泊っていく。
家庭裁判所への異動の話も、真紀には報告するだけで終わっていただろう。
アドバイスなどできないにしても、一緒に悩み、苦しみ、道を探りたかったのに……もう限界だったのだ。
敗北だ。朋一も心が折れてしまった。何のために、誰のために頑張っているのか、もう分からない。
航一の言うように、朋一が悪いのではない。理想を全部捨てる必要はない。今は、自分の心を守ることを大事にしてほしいと願うばかりだ。
法律も、裁判所も、桂場もクソなのだ。
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航一が最高裁長官室へ向かい、ノックをすると桂場から入室を促される。
明日はいよいよ、あの予告のシーンですね。
「虎に翼」 9/19 より
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